第21話 *凛の想いの向かう先
それは中間試験最終日を明日に迎えようとしている日の夜だった。
「青より赤系の方が好みっぽかったよね……でもそれで言えば、オフショルやキャミの方があからさまに反応してたというか……あぁ、もう! どれがいいのよ、うぅぅ」
南條凛は自宅のリビングで、悩まし気に唸り声を上げていた。
その周囲には、ちょっとしたセレクトショップでも開けるのではという程の、様々な衣服が散乱しており、普段は玄関に置かれている姿見も運び込まれている。
これほどの量を広げるとなると、8畳の自分の部屋よりその3倍近い面積のあるリビングの方が適任だった。
『すまん、この設問のat the riceなんだが、onじゃないのは何でだ? 寿司だろう?』
『うぅ~、そこだけ主語がBobじゃなくてDebなのも分かんない……』
ふと南條凛がローテーブルに広げているゲーミングノートPCに目をやれば、例題についての質問が打ち込まれていた。
それに気づいた彼女は慌てて友人2人に対し、解説となるチャットを打ち込んでいく。
『それ、ただのジョーク、です。この場合――』
普段からマメな予習復習を欠かさない南條凛にとって、さほど難しい問題でもない。更に言えば、日々の積み重ねを怠らない彼女にとって、よしんば普段通りに過ごしたとしても、学年首位を維持するだけの才覚があった。
それほどの才媛でもある南條凛であるが、現在試験勉強よりも悩ましい問題が発生していたのである。
――今度のカラオケセロリ、一体何を着ていけば良いのよ……
困った様にため息を吐く南條凛の脳裏には、一人の友人の男子の顔が思い浮かんでいた。
同じ女子同士ならば、今までは相手の趣味趣向に合わせたものにしてご機嫌を伺ってきた。
もう一人の友人の女子――というより親友と言える女の子――平折に合うものを選べと言われれば、いくらでも良いものを選択できる自信がある。
しかし南條凛にとって、異性の、それも同世代の男子の友人が、どのようなものを好むか皆目見当もつかなかった。
そもそも彼女にとって、男性というのは、あまり良い感情を抱く存在ではない。
どちらかと言えば早熟で、その容姿が優れているという自覚があった彼女は、あまり良い視線に晒された記憶はない。
情欲混じりの嫌悪する様な視線か、自分を装飾品のごとく値踏みしようとする視線のどちらかが大半であった。
だが、彼は――倉井昴は違った。
最初のイメージは、から揚げだけを弁当箱に詰め込んだ変な奴、というロクでもないものだった。
話す様になった切っ掛けも、自分の油断から招いた、情けない姿を見られたというものだ。
そんな経緯もあって、南條凛は最初から倉井昴に対して取り繕うような態度は取らなかった。
むしろ世間がもつ南條凛とはかけ離れた姿を見せ、幻滅させたうえで倉井昴の弱みを握り互いに距離を置く……それが良いと思っていた。
だというのに、そんな南條凛本人もどうかと思う姿を見せて来たにも拘わらず、それどころか妙に世話さえ焼いてきたのだ。
親友とも言える少女、平折との仲も取り持ってくれたのは彼のお陰である。
ゲームの件、フィーリアさんと平折の事に関しては驚いたが、別段彼を恨んでたりはしていない。
むしろ、色々彼に甘えすぎてるのでは、という思いすらある。
――倉井昴は他の男子とは違う。
そう思う様になるのに、さほど時間はかからなかった。
しかしそれがどれほどの感情なのかは、南條凛も未だ測りかねていた。
「好き、なのかな……?」
南條凛は自分で問いかけてみるも、よくわからないという顔を作る。
少なくとも、嫌いでは無い筈だった。でなければ、あれほど大胆に迫る様なことはしやしない。
あれは――自分の中の八つ当たり、それと倉井昴がそうするだろうなという結果が分かっていたからこその甘えでもある。南條凛にとっての黒歴史とも言える部分だ。
万が一、無理に手籠めにされそうになったとしても、南條凛には力づくであしらう自信があった。
もし熱烈に自分を求められたら、受け入れてしまうかもしれない……そんな思いもどこかにあった。
それほど南條凛は倉井昴を憎からず思っているにもかかわらず、未だ感情を自覚し切れないでいた。
『ほ、他のマクロ思いついた! 作りたい……き、休憩を! 20分でいいから! ね?!』
『おい、テストは明日までだぞ……我慢しろ』
『えぇ~、同じのばかりじゃ流石に飽きるよ~』
『今まで飽きずにやってきた方が驚きだ』
南條凛の目前の画面では、友人達がチャットで仲良くじゃれ合っている。
だが双方が付き合っているわけじゃないということを、直接聞いて確認していた。
――なら、あたしがこの輪の中に居ても良いよね?
誰に聞かれるまでもなく、南條凛は独り言ちる。
『他に、いくつかマクロ作った、です。コピーします?』
『わ、すごい! 教えて教えて!』
『……いつの間に』
そう言って2人の間に入ってやり取りをし、再び勉強に戻っていく。
南條凛は勉強に戻る代わりに、再び服選びへと戻っていった。
……少しでも、倉井昴によく見てもらう為に。
傍から見れば、そんな南條凛の顔は、恋する乙女以外の何物にも見えなかったことだろう。
◇◇◇
「むぅ、切り過ぎたかな……」
翌朝の洗面所、南條凛は鏡の前でしかめっ面を作っていた。
少し気になっていた前髪を、自分で切り揃えたのだ。
切ってみたはいいものの、やはり腕はプロに劣るし、変に思われないかと不安になってしまう。
「……少し前髪切ったか?」
「ふふっ、せーかい。どう?」
「……似合ってるよ」
「よろしい!」
だというのに、そんなぶっきら棒な返事一つで、心が浮足立つのが分かった。我ながら単純だ、と南條凛は自分に呆れる。
にやけてしまった顔は見せられないので、足早に背を向け彼の前を歩く。
心がふわふわして、自分でコントロールできない。
「り、凛さん」
「平折ちゃん?」
そして暫くすると、顔を赤くした平折がとてとてとやって来て横に並ぶ。
何事かと顔を覗き込むも、互いににやけて赤くなった顔を、鏡の様に見ることになるだけだった。
「……くすっ」
「……あはっ」
それは傍から見れば、誰もが見ていて微笑ましくなるような光景だった。
「何笑ってんだ、あいつら?」
「バカ、昴! 美少女が微笑みあっているのはごく自然に発生するこの世の奇跡だぞ? 拝めよ!」
「はは、祖堅君が何言ってるか分かんないけど、何となくわかるようになってきた自分が怖いよ」
平折のいじめに関する件も片付き、周囲の友人にも恵まれている。
南條凛にとって、この空気は何よりも得難いものだった。
自分たちの関係はこれから、これからゆっくり育んでいけば良い。
そう、思っていた。
だから――
「おねえちゃん、すぅくん借りてくね?」
「ちょ、おいっ!」
「……ぁ」
南條凛の世界を掻き乱す、その女が気に食わなかった。
すぐさま追いかけたかったが、彼女の目の前で切なく悲し気な顔の親友を、放ってまで追いかけることは出来なかった。
――有瀬陽乃、平折ちゃんの異母妹……
例え血縁関係のある者だとしても、親友にこんな顔をさせる者が許せなかった。
親し気に倉井昴をすぅくんと呼ぶのも気に食わなかった。
再会したばかりだというのに、馴れ馴れしく手を繋いで去っていく有瀬陽乃を、どうしても好きになれなかった。
だけど、今はそれよりも親友の方が重要だ。
「ね、平折ちゃん、行こう!」
「ふぇ? ど、どこへ」
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