第20話 借りてくね?
そうこうしているうちに、中間試験が始まった。
色々あったものの、ゲーム内での勉強会は非常に有意義だったと思う。
おかげで今回のテストは今までで一番の手ごたえがあった。
それも全て、南條凛がチャットで疑問点を教えてくれたおかげだ。
「おはよー」
「うーす、昴! 吉田!」
「やぁ、みんな」
「おはよ」
「ぉ、ぉはようございます」
4日間にも及んだ中間試験も最終日を迎え、連日遅くまで勉強しているためか、皆の顔には疲れがにじみ出ていた。
俺も最後の追い込みという事で、寝不足だ。
「それにしても康寅は妙に元気だな」
「おうよ、今日で解放されるからな! それと、いつもより寝てるし、部屋も片付いたしな!」
「はは、祖堅君らしいね」
勉強しているのだかしていないのだか、相変わらずの康寅に皆の笑いが零れる。
皆の顔はやつれてはいたが、それでも康寅程ではないが浮ついたものがあった。
俺もそうだった。
……それと。
先日の平折と有瀬陽乃の件があったにもかかわらず、今までとあまり変わりのないこの空気が有難かった。
皆気を使って口にしないのか、それとも勉強で手いっぱいなのかはわからないが。
だが変わったものもあった。
「ん~、あたしも早くテスト終わらせて思いっきり寝たい!」
「いや凛、お前は……厚化粧になってるぞ」
「昴? そういうのは気付いていても言わない!」
「いてて、やめろ、鼻がもげる!」
南條凛の寝不足は、夜中にこっそりゲームをやっているからだった。互いに監視している時は大人しく勉強しているようだが、微妙にレベルが上がってるのは隠せない。
そんな軽口を叩いた俺に、にこにこ笑った彼女が俺の鼻を摘まんでひっぱる。その距離は近い。端正な顔を近付けられドキリとした俺は、思わず後ずさってしまう。
「もぅ、昴は変な所ばかりに気が付いて……他に気付くことはないの?」
「……少し前髪切ったか?」
「ふふっ、せーかい。どう?」
「……似合ってるよ」
「よろしい!」
そう言って満足気に頷いた南條凛は、嬉しそうな笑顔をみせた。気の置けない、思わず見惚れる自然な笑顔だった。
「なぁ昴、鼻痒くないか? つまんでやるぞ!」
「おい、止めろ康寅! 鬱陶しい!」
「ははっ、それにしても倉井君は南條さんと随分仲が良くなったんだね」
最近、というより、先日の南條凛の家での一件以来、南條凛の俺に対する呼び名が倉井から昴に変わった。
他にもやたらとスキンシップをするようになってきたし、今みたいな下らないやり取りも増えた。今まで皆の前で被っていた猫を、俺の前でだけ脱ぎ捨てるのを、周囲に隠さなくなってきたのだ。
坂口健太の言う通り、傍目には仲が良く見えるのも当然だろう。
南條凛は今更強調することではないが、美少女だ。それこそ平折や有瀬陽乃と並んでも遜色はない。
そんな彼女と仲良くなれるのは嬉しいと思う反面、こうも積極的に来られると、男としては非常に困る。ドキドキするなというほうが難しい。
きっと揶揄って遊んでるとは思うのだが――だから、心の中での呼び方は、未だに凛ではなく南條凛だった。
俺は機嫌良さそうに前を行く南條凛の背中を見て、はぁ、と大きくため息を吐く。
「え、えぃ!」
「……平折?」
「あの、その、鼻……~~っ、な、なんでもっ」
「あ、あぁ……」
いきなり、一連の出来事を見ているだけだった平折が、急に鼻を摘まんできた。
何かの悪戯のつもりなのだろうか?
その割にはやらかした本人の顔がどんどん赤くなっていき、「ぁぅ」と鳴きながら、とてとてと南條凛の背中を追いかけた。
「何だったんだ……?」
◇◇◇
――キーンコーン、とチャイムがなる。
「よし、後ろから答案用紙を集めてこい」
その音と共に、4日間に渡った中間テストは終わりを告げた。
待ちに待った解放感からか、教室中からはそこかしこから歓喜の声が上がってくる。
それと同時に、俺にはテスト後に控えている問題が差し迫っているということでもあった。
――有瀬陽乃に連絡しないとな。
約束では明日、彼女のおねえちゃんの相談、とやらがある予定だ。
中間試験があるからと先延ばしにしていた問題でもある。
正直気が重い部分もあるが、避けて通るわけにもいかない。それに、テスト期間はある程度心を落ち着かせるのに十分な時間にもなった。
色々考えることはまだ残っているが、今日くらいは打ち上げと称して騒ぐのも悪くない――そう思って、隣のクラスに顔を出す。
「昴ぅー、終わった! 終わったぞーっ! くぅー、どっか遊びに繰り出そうぜ!」
「あらいいわね。あたし最近できたパンケーキのお店が気になってるのよね」
足を踏み入れるなり、鞄を持った康寅と南條凛がやってきた。遅れて平折もとてとてとやってくる。
「そうだな、まずはお昼がてらにそのお店――」
「おい、あの子誰だよ?」
「え、吉田さん? でもここにいるし制服も……」
「そっくり……双子??」
窓際にいる生徒達から、そんな声が上がってきた。
俺達の顔に緊張が走り、互いに頷きあう。
窓から外を覗けば、校門に佇むお嬢様然としたセーラー服を着た平折によく似た女の子――平折に変装した有瀬陽乃が、皆の注目を集めていた。
その姿を確認した俺達は、一も二も無くその場へと駆け出した。
最近落ち着いてきたとはいえ、平折は余所のクラスからも見に来るものが居たほど注目を集めた女の子だ。
……あの人気モデル有瀬陽乃の異母姉だと思えば、あの時の反応も納得か。
平折に変装しているとはいえ、その有瀬陽乃が校門で誰かを待っているという姿は、非常によく目立つ。
「……あっ!」
慌てるように駆け付けた俺達を見つけた有瀬陽乃は、とてとてとこちらに近寄ってくる。
その走り方は姉妹だから似てしまうのか、それとも平折を真似ているかはわからない。
「……何しにきた?」
「おねえちゃんとすぅくんに会いに……ダメかな?」
「ダメじゃないが……おい!」
「えへへ、よかった」
そう言ってはにかみながら俺の手を取るものだから、ますます注目を浴びることになった。
「おねえちゃん?」
「吉田さん、妹いたんだ」
「なにあれそっくり、双子?」
周囲はというと、有瀬陽乃のその言葉で色々と納得している風ではあった。だが、依然として注目を集めているのには変わらない。
だが有瀬陽乃はそんな事知ったことかと、俺の手を掴んだまま走り出す。
「おねえちゃん、すぅくん借りてくね?」
「ちょ、おいっ!」
「……ぁ」
唖然とする平折達を残し、俺は強引に有瀬陽乃に連れられて行った。
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