どうしたらいい?

第19話 平折のお願い


 俺達は食卓を囲んでいた。

 昨日の残りのカレーにハンバーグ。それに小松菜のおひたしに良く言えば具沢山、悪く言えば冷蔵庫の残り物ごった煮みそ汁。

 それでも十分に豪華と言える夕食だ。


「……ん?」

「……ぁぅ」


 しかしハンバーグを口に運んだ俺と平折は、揃って苦虫を嚙み潰したような顔になった。


「表面は焦げてて、中は半生だな……」

「……ご、ごめんなさぃ」

「もしかして強火からそのまま弱火にしたのか? 中火で蒸し焼きにすれば大丈夫なのだが」

「ひ、火が強くて焦げちゃいそうだったので慌てて弱めてとろ火に……」


 何ともやりがちな失敗だった。


 どうやら平折はそれほど本格的な料理には慣れてない様子だった。

 ハンバーグの種はレシピを参考にしたのか良く出来ていたのだが、焼き方となるとまだまだその辺りの経験値が低いのだろう。

 だけど俺の為に用意してくれたかと思うと、残すという選択肢は無い。


 しかしさすがに、半生の肉は食当たりが怖いので焼き直す。

 そんな俺を、平折は随分と申し訳なさそうな顔で見ていた。


「次からは気をつければいい」

「つぎ……ぅん!」


 フォローを入れるとにぱっと笑顔を見せ、釣られて俺も笑顔になった。


 焼き直したハンバーグはちょっぴり焦げ残っていたが、それでも今までで一番美味しかった。




◇◇◇




 夕食後風呂も済ませた俺は、試験勉強の為ゲームにログインした。

 勉強の為にゲームだとか、自分でもやってる事が滑稽で笑ってしまう。


「狩りに行きたい!」

「マクロぽちぽち、飽きた、です」

「……お前らな」


 ログインして早々、挨拶代わりに掛けられた言葉がそれだった。

 お互いゲームで遊ばない様監視し合っているので、ここの所本格的なゲームはしていない。デイリーミッションなどは見逃してはいるが、フラストレーションが溜まっているというのはわかる。

 だが試験はもう明後日までに差し迫っていた。ここは我慢してでも勉強に専念するところだろう。


「テストさえ終わったら、存分に出来るだろう? 我慢だ我慢」

「約束のカラオケセロリのコラボも、行きたいです」

「わぁ、コラボフードいいよね、私も……ってちょっとその話は何?! 聞いてないんだけど!!」

「……あっ!」


 そんな会話と共に、隣の部屋から「ふぇ?!」という情けない声が聞こえてきた。


 ……そう言えば色々と間の悪さが重なって、平折に南條凛とのお願いの事を話しそびれていたっけか。


「クライス、さん……?」

「クライス君……?」

「あーいや、その、実はな……」


 変に言い訳することもなく、素直に謝りながらカラオケセロリの事を説明した。

 うっかり忘れていた俺が全面的に悪いので、平身低頭謝り倒す。彼女達のお叱りの声も真摯に受け止める。


 だから「バカ!」「忘れっぽい!」「朴念仁!」と言われるのはいい。


「わざと私に言わないで、サンク君と2人っきりで会いたかったんじゃないの?」

「僕、男の人とデートしたことないので、それはそれで楽しみかも、です」


 なんて南條凛が煽るものだから、平折は拗ねた。拗ねてしまった。それはもう普段の頑固さも相まって、子供の様な拗ねっぷりだった。

 その後は何を言っても「へぇ」とか「ほぉ」とか言わない機械の様になってしまって、南條凛からスマホで直接「な、何とかしなさい!」とメッセージが来る始末だ。


 米つきバッタの様に謝り倒した結果、平折のコラボフードを奢るという事で手打ちとなり、ホッと一息を吐く。


「ま、クライス君って昔からそういう所あるもんね。思えば先日、私をカラオケセロリのコラボに誘った時も、私の中身が誰か知らずに誘っていたもんね」

「っ?! そ、その話、詳しく、です! フィーリアさんが、誰か知らずに誘ったってことですか?! 普段からそんな、ナンパの様な事を、してるですか?!」

「あ、いや、当時はフィーリアさんがそもそも女子だと知らずに――」


 そして今度は、南條凛から不審な目で見られる事態になってしまった。

 南條凛からは「女たらし」とか「釣った魚に餌をやらなさそう」とか謂れのない言葉を浴びせられ、どうしていいかわからない。「隣のクラスの月島さんが、興味もってるって言ってた、です。どういう事、です?」と言われても、そもそも面識がない相手だし勘弁してほしい。


 結局南條凛にも、コラボフードを奢る事で許しを得ることになった。


 しかし相変わらず2人は俺の普段の態度がどうこうという話を続けており……何だか世の理不尽さに、少しだけ涙が出た。


「やぁみんな、この時間帯に狩りに出てないなんて珍しいね」

「アルフィさん。実は今、中間テストの勉強中で互いに監視してるんですよ」

「そうなのかい? 手が空いているならレベル上げを手伝――」

「気分転換に行きましょう」

「え?」

「ふぇ?」

「いいのかい?」


 この場の空気に耐えられなかった俺は、素早く3人をパーティに誘ってクエストを受注していく。「さっきと言ってる事が違うぞー」とか「誤魔化した、です!」と言われているが心の平穏の為に無視をする。


 それに、いざ久方ぶりに狩りへと出かければ――


「もっと敵をかき集めろ、です!」

「あはは、範囲魔法どーん!!」

「き、君たち凄いテンションだね……」

「はは……」


 そちらに夢中になり、俺の目論見は成功するのだった。




◇◇◇




 その後、密度の濃い1時間を過ごし勉強に戻る。


 前々日の夜の1時間は大きいが、それでもストレス解消に寄与したかと思えば悪くはない。

 もっとも、はしゃぎ過ぎて少々疲労感に包まれているのも事実なのだが。


 気分を入れ替える為、ぐぐーっと大きく伸びをする。


「ぁ、ぁの」

「……平折?」


 その時、遠慮がちに部屋のドアが叩かれた。

 ドアを開けると、わざわざ着替えたのか、フィーリアさんの格好をした平折がいた。

 もじもじと何かを言い辛そうな雰囲気だ。


 南條凛と3人でカラオケセロリにコラボに行くことを、言い忘れていたことかなと思い、頭を下げる。


「すまない、本当に忘れていたんだ」

「ぃ、ぃえ、そうじゃない、です……」


 しかし平折はそれを否定した。平折の父の事だろうか? しかしそれはある程度話は通してあるし、このタイミングで言ってくる事なのだろうか?


 立ちっぱなしも何なので、部屋に招き入れる。平折はそこが指定席だと言わんばかりに、俺のベッドにぺたんと腰掛けた。

 俺も椅子に座って平折と向き合い、言葉が出るまでじっくり待つ。


「……」

「……」


 モニターに映るキャラのマクロがとっくに終わり、離席を示すアイコンが付いた頃、平折はゆっくりと口を開き始めた。


「い、今の私は、あの時と違います」

「あの時?」

「初めてこの恰好で会った時……」

「……そうだな」


 見た目も中身も、そして俺達の関係も随分変わった。

 少し懐かしくもさえある。


「お願い、決まりました」


 そんな事を思う俺に、平折はいつになく強い口調で声を上げた。


「も、もう一度あなたと2人で、そこへ行きたいですっ!」

「……平折」


 思えば、あの時は互いに散々な内容だったと思う。碌に話もしなかった。互いに意図を探り合っていただけだ。

 きっとそれは、平折にとっても後悔があるものなのだろう。


 それに考えてもみれば、あそこは平折との関係が変わった特別な場所だ。


「ダメだ」

「……ぇ?」

「お願いじゃなくてさ、元からそれは約束していただろう?」

「……ぁ、……はぃっ!」


 チャットのログ上でだけど、確かにその約束はした。

 今度はもっと良いものになるよう、思い出を重ねよう。

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