第17話 思い出の神社
――明らかに誘われてるよな、これ。
他にも画像は届いていた。
自撮りでカメラを意識した顔と目線、背後には古ぼけた拝殿に紅葉、良く見知ったはずの神社はしかし、有瀬陽乃という存在を添えることで、まるで観光地の有名な社殿の様な様相を見せていた。
ご丁寧に『待ち受けにするならこっちの方にしてね』なんてメッセージ付きだ。
何だか罠の様にも感じてしまう。無視するのも一つの手だ。
しかしこうして俺に送ってきたという事は、平折にも送っているという可能性もある。
俺はそれが無視できなかった。
平折は引っ込み思案なところがあるが、思いがけない所で行動的だ。
それも気になるし、何よりあの場所は人気が無い。
精々いても遊びに来ている子供たちくらいだろう。
有瀬陽乃が姿を見られても騒がれる心配はない。
『少し寄り道して帰る』
改札を出た俺は、平折にそれだけのメッセージを送って神社に向かう事にした。返事は期待していない。
それに俺は平折の事を抜きにしても、有瀬陽乃には聞きたいことがあった。
どうして平折異母姉の事を俺に相談するのか?
どうして昨日、再会した時に抱き付くほどの態度を取ったのか?
あれが演技だとしたらその意図は読めないが、少なくとも俺にとって、有瀬陽乃――ひぃちゃん――にそれほどの親愛の念をもって喜ばれることについて、思い当たる節がなかったからだ。
――平折はかつて一度だけ俺と出会っていたなんてことを言ってたっけ。
その言葉は有瀬陽乃の関係や態度と、無関係とは思えない。
神社は駅からは家を通り過ぎ、さらに20分は歩いた場所にある。さすがに距離があるので近くまでバスを使った。
陽はかなり傾き始め、あと1時間もしないうちに夜になるだろう。
神社はちょっとした丘にある森の中だ。
秋の夕暮れはどこか寂し気で、冷たくなった風が木々を揺らす。
入口の鳥居を潜りぬけると、一気に陽の光が遮られ薄暗くなる。周囲から聞こえる葉擦れの音、虫や小動物の息遣いが耳に入り、まるで異世界に入り込んだかと錯覚してしまう。
だというのに、拝殿のある所まで登ってくれば一気に開け、夕日が飛び込んでくる。
その幻想的とも言える場所に、一人女の子がいた。
「……ぁ」
「平折……?」
見慣れたうちの制服に長い黒髪、憂いを帯びた瞳が俺を捉えると、いつものように青いチェックのスカートを翻しながらとてとてと懐いた小動物の様に近寄ってくる。
「1人か?」
「はぃ……」
その顔は安堵したのか、嬉しそうにはにかんでいる。
「……」
「……」
俺達は無言だった。
周りを見渡すも人影はどこにもなく、せいぜい木々の騒めきが聞こえるだけ。近くは田畑も多く、人の気配はまるで感じられない。
夕日に照らされた目前の少女が、物悲しそうに呟く。
「2人っきり、ですね……」
「そうだな……って、おい!」
急に正面に回ったかと思うと、手に指を絡めてきた。
その少し大胆な行動と、指に感じる柔らかさと秋風に晒された冷たさに、ドキリとしてしまう。胸元には彼女の熱い吐息が吹きかかる。
「からかうのは止めてくれ、有瀬陽乃」
「……驚いた、どうしてわかったの? 自分でも結構自信あったのに」
「どうしてって……平折と全然違うだろ。アイツはもっと色々ちまっこいし、顔もぽやっとしている。それにもしこんなことをしたら、どこかでヘマしてこけかける」
「随分おねえちゃんの事が詳しい……というか、見ているって言ったほうがいいかな?」
「そうか?」
「そうよ」
平折に扮していたのは有瀬陽乃だった。パッと見、惑わされた事は黙っておく。
正体がバレた彼女は、あっさりとカツラを取ってそのふわふわした髪がまろび出る。
それより俺は色々限界だった。
「いいから離れてくれ」
「あら、顔が真っ赤。すぅくん凄くモテそうなのに、こういうの慣れてないの?」
「……誰かと付き合ったこととか無いんだ。察してくれ」
「へぇ……」
そう言って探る様な目で見てきたかと思えば、急にころころと笑いだす。
「もったいない、わたしが彼女になったげようか?」
「……こんな有名人な彼女とかたまったもんじゃない。それより何の用だ? その制服はどうしたんだ? 平折の相談は試験が終わってからって話だっただろう?」
「制服は衣装を扱う人の伝手でちょっとね。あと、別にすぅくんを呼び出すつもりで、あれを送ったわけじゃないわよ」
嘘つけ、と思う。
このタイミングであの画像を送られて気にならない方がおかしい。それにわざわざ平折の姿に扮して待ち構える説明にもなりやしない。
本人もそれがわかっているのか、悪戯っぽい顔でチロリと赤い舌を出す。
――やっぱり確信犯か。
「ま、急にこの場所が懐かしくなったってのは本当……今まで避けていたからね。でもね、すぅくんに会いたかったってのも本当だよ」
「そうか……?」
俺は怪訝な顔で眉間に皺を寄せる。
そう言い放った有瀬陽乃の顔は、記憶にあるガキ大将じみた不敵な顔とは違い、さすが現役モデルと感嘆してしまうような、見るものすべてを魅了する様な微笑みを向けてきた。
さすがにそれにはドキリとしてしまう一方、やはり平折とは全然違うな、なんて思ってしまった。
だからこそ、深まる疑問もあった。
「なぁ、俺と有瀬陽乃――ひぃちゃんって、そこまで仲良かったっけ?」
「んー、別段取り立てて言う程でもなかったよね」
「……だろう?」
「そうね」
俺の中にある記憶と、差して変わらない返事がきてますます混乱してしまう。
だけど有瀬陽乃はどこか懐かしむような、そして痛ましいような表情をみせる。それが――何故か平折と重なり思考の混迷を極める。
「こっちに来て」
「おいっ!」
有瀬陽乃は強引に俺の手を取ったかとおもうと、森の中へと引き込んだ。
どういうつもりかと思ったが、そこは幼い頃に良く使った森の中の道で、どこかに案内されていると思い、素直についていく。
しかし記憶の中の道以上にどんどんと奥深く、そして丘を登っていけば、さすがに不安になっていってしまった。
そろそろ戻ったほうが……と不安になりかけ言おうとした時、彼女は止まった。
「ここよ?」
「ここは?」
そこは切り立った崖がある場所だった。崖と言っても精々3メートルか4メートル。その下は藪や草木が茂っており、落ちたとしても切り傷程度に済むような場所だ。
子供ならともかく、俺達が落ちたとしても笑い話になる様な場所だった。
「憶えてない?」
「生憎と」
「でしょうね、無理もないか」
「いったいどういう……?」
そう言った有瀬陽乃は回り込み、俺の背中に手を当てた。平折が抱き付いたりするときに、最初に手を当てる場所だ。そして何かを確認するかのように撫でまわす。
どういう意味か分からず狼狽する俺に、有瀬陽乃は物語を語るかのように話し出した。
「昔、この近くにはおねえちゃんが大好きな女の子がいました。だけどそのおねえちゃんはいつも暗そうな顔で、その女の子もおねえちゃんには近寄ってはいけないと言われて育ってきました。だけどその女の子は、無表情で何かを我慢しているけれど、よく自分に笑いかけてくれているおねえちゃんを、笑わせたくてしかたがなかったのです」
平折と有瀬陽乃の事だと即座に分かった。
有瀬陽乃はくるりと俺の前に回ったかと思うと、自嘲気味に微笑み崖に視線を移す。
「ある時、気に掛けてた大好きなお姉ちゃんを連れ出すことに成功した女の子は、調子に乗っていました。そして事故に巻き込まれ、とある男の子も一緒に巻き込んでしまうのです」
それはまるで、懺悔の様な声色だった。
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