過去
第13話 今だけ、甘えてもいいですか?
平折の表情は優れなかった。
だけど有瀬陽乃を嫌悪しているといった様子はなく、どちらかと言えば怯えに似た色さえ見受けられた。
その顔にはあまりにも複雑な感情が渦巻いており、俺にはそれを読み取る事が出来ない。
一方で、有瀬陽乃の表情も良いものとは言えなかった。
申し訳なさと切なさが同居しており、更には愛しい者へと向ける親愛の念が感じられた。
今すぐ駆け寄りたいけれど、遠慮している……その複雑な心境が伝わってくる。
平折と有瀬陽乃は、ただただ牽制し合うかのように見つめ合っていた。
「……大丈夫、お父さんはいないから」
「……そう、ですか」
安心してと、どこか諭すかのように言う有瀬陽乃の言葉に、平折の気が緩むのがわかる。
だがそれとは別に、俺は依然としてこの状況がよくわからなかった。
「おねえちゃん……て言ったな」
何とかその言葉を絞り出す事が出来た。
確かに目の前の有瀬陽乃は、平折に向かってそう言った。
平折は俺の義妹だ。同じ屋根の下で暮らす家族だ。
だから、その平折がどうして
そんな俺の顔を見て、有瀬陽乃はようやく自分が言った事が失言だったと気付き、バツの悪い顔を作る。
「実は姉妹なんです……じゃ、ダメかな?」
「全然似てないだろう?」
「いやいやいやいや待て待て待て! 何言ってるんだ昴、さっき昔の吉田と瓜二つだっただろう?!」
「そ、そうよ! あたしも平折ちゃんの双子か何かだと思ったわ!」
そう断言した俺に、康寅と南條凛が即座にツッコミを入れた。
南條凛はしっかり見ろと言わんばかりに、カツラと帽子を有瀬陽乃に被せ、そして平折をあぅあぅと鳴かせなかがら髪をぐしゃぐしゃにしてひっ詰める。
「うわ、自分でも言うのもなんだけど、おねえちゃんそっくり……」
「あぅ……」
「これは……僕も驚いたね」
「そうか?」
せっかくセットした髪を乱され涙目の平折を、有瀬陽乃は鏡を覗きこむかのようにそんな事を言う。
坂口健太だけじゃなく、南條凛や康寅も言葉が出ないようだった。
確かに平折と有瀬陽乃はよく似ている。
だけどちゃんと見れば身長も体格も顔立ちも違うし、俺にはそこまで似ているとは思えない。だけど姉妹と言われれば、成程と納得するほどの類似点は感じられた。
しかしそれよりも気になる事があった。
「……写真集に載っていたプロフィールでは、有瀬陽乃は5月生まれの16歳、そして平折は2月生まれの16歳。姉妹というにはさすがに無理があるぞ」
「あはは、ですよねー」
そう言って、有瀬陽乃は平折にお伺いを立てるかのように顔を見る。
どこか諦めた顔で頷く平折に許可をもらい、そして困った顔で秘密を打ち明けた。
「私たち、異母姉妹なんです」
その告白に、俺の思考は真っ白になってしまった。脳が理解するのを拒否していると言っても良い。
胸の中では何か嫌なものが渦巻き、辛うじて残っていた理性を動員して我に返ると、真っ先に脳裏に浮かんだのはかつての弥詠子さんと出会った頃の平折だった。
「あはは、ほら、娘は父親に似るっていいますか……」
「ちょっ、平折ちゃん本当?! いや確かに2人は似て……いやでもっ……」
「そ、そのっ! わ、私も気付いたのは最近ですから……」
色々事情は気になるところだった。だけどそれを聞くには、あまりにもデリケート過ぎる問題でもあった。
康寅に至ってはショックの許容量を超えて、口と目を開きっぱなしにしながら頭から湯気が出そうな勢いだ。
正直に言えば、もっと話を聞きたかった。
だけどここは休日の駅前、悠長に会話をすることは、周囲の環境が許してくれそうにもなかった。
「あの帽子の子って有瀬陽乃……?」
「いや、似てないだろ」
「でもさっき帽子を取った時……」
「ジロジロ見るのは失礼じゃない、違ったらどうすんの」
そんな周りの声を聞いた有瀬陽乃は、あちゃーと声を出して頭に手をやり、もう片方の手でスマホを取り出した。
「すぅくん、おねえちゃん、連絡先教えてよ」
「あ、あぁ」
「わ、私は……」
少々放心状態にあった俺は、言われるがままに連絡先を交換した。
平折はどこか渋った様子で……いや、どうしていいか分からないといった様子だったが、悲しそうな顔をする有瀬陽乃にほだされたのか、結局連絡先を交換していた。
「じゃあね、また連絡するから!」
そう言って駅へ消えていく彼女を見送った。
この場に用事が無い俺達も、勉強会に戻ろうと図書館へ向かって歩き出す。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
図書館への道も、勉強会に戻ってからも、俺達はひたすら無言だった。
みんなも先程の出来事が衝撃的で、その事で頭がいっぱいという様子だった。
もはや勉強どころではないという心境だったが、それでも無心でノートにペンを走らせていくうちに、いくらか冷静さは取り戻していく。
しかし気まずい空気は依然として横たわったままだ。
午後3時半過ぎ。
予定よりは早いけれど、集中力が欠けた勉強会は、そこでお開きになった。
「あ、皆。今日の事は当分秘密で。いいわよね?」
駅での別れ際、南條凛が皆にそう念を押す。
俺達の誰もが、心の整理がついていなかった。
反対意見は誰もおらず、康寅でさえ神妙な顔で頷いている。
ただいっぱいいっぱいになってた俺と違い、こういう気遣いが出来る南條凛は凄い奴だと思う。
「ありがとな、凛」
「別に、あんたの為に言ったわけじゃないわよ」
「……そうだな」
「……」
◇◇◇
「……」
「……」
皆と別れ電車を降り、家までの帰り道も、俺達は無言だった。
お互い何を言って良いかわからないという、気まずい空気だった。
こんな時同じ家だという事が、もどかしさを募らせる。
「ただい――」
「あ、あのっ!」
「――平折?」
家に戻って早々、平折に腕の裾を強く引っ張られた。
振り返ってみれば、その顔は不安と焦燥感に彩られている。
「あの……怒ってますよね……」
「なっ……」
その時俺は、初めて平折の気持ちまで考えが及んでいないことに気が付いた。
平折は力なく笑い、目には涙を浮かべている。
本気で思い悩んでいる顔だった。
平折の立場で考えれば、散々はぐらかす様に言いあぐねていたことを、有瀬陽乃の口から伝えられたという形だ。
俺が何も言わず黙っていれば、平折がそう思ってしまうのも仕方がない。
失敗だった。
もっと平折の気持ちを考えてやるべきだった。だって俺は――
「んなわけないだろ」
「わぷっ」
それ以上言うんじゃないと、それと自分の中で生まれた様々な思いを込めて、強引にぐしゃぐしゃと頭を撫でまわす。
自分でも、随分不器用な事をやっていると思う。
だけど気持ちが伝わったのか、えへへと目を細める平折が、そんな俺でも大丈夫だよと許してくれているかのようだった。
なんだかいつの間にか立場が逆転しており、俺もおかしくなって笑いが零れる。
「今だけ、甘えてもいいですか?」
「あぁ」
くるりと背中に回った平折が、ぎゅっと抱き付いてくる。
平折にされるがままに、玄関で立ち尽くす。
なんだか、甘える時はこうすることが多いな、なんて思ってしまった。
『おねえちゃんの事で相談があります』
有瀬陽乃からのメッセージが来たのは、そんなときだった。
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