第12話 爆弾


 何だかんだで、俺達は互いに監視するという名目でログインしていた。

 ちなみに平折は俺の部屋に来ていない。さすがにノートPCと勉強道具を置く物理的スペースは無い。


「店売りしてる素材をひたすら加工するマクロを作るの。時間はかかるけど金策になるし生産職のレベルも上がるし、こういう時にお勧めだよ」

「なるほど、です。1回のマクロで20分はかかる、です」

「お前らな……」


 一応真面目に勉強をしてはいるのだが、その一方で平折によるマクロ放置で生産職の金策やレベル上げの方法の講義も行われていた。

 その概要を聞いただけで即座にシステムを理解して実践する南條凛も凄いと思うし、この状況の抜け穴の様なプレイを発見する平折も凄い。是非その能力を勉強に向けてもらいたいと思う。


「ここってatじゃなくてon?」

「最初の式をYに代入でいいの?」

「ここの『いとあわれ』の訳だけど……」


 しかしチャットを通じて質問することも出来、有意義な部分もあった。


 そして特に何事もなく、約束の勉強会がある休日が訪れた。




◇◇◇




 待ち合わせ場所はいつもの学校の最寄り駅の改札前に9時半。

 普段と同じ場所だが時間は違う。それに制服でなくて私服。ただそれだけなのに、どこか近似した異世界に迷い込んだかのように錯覚してしまう。


「皆、まだですね」

「そうだな」


 待ち合わせ場所で周囲を見渡してみるも、まだ他に誰も来ていなかった。

 時計を見れば9時18分。早すぎるという時間帯でもない。


 ちなみに隣に居る平折の恰好は、秋の空を連想させる色合いのチェック柄ワンピースに落ち葉色のジャケット。

 そして勉強で長い髪が邪魔にならない様に、左右におさげ。

 先日、南條凛に選んでもらった服だった。秋らしい落ち着いた雰囲気で、少しだけ大人っぽく見える。


「あら、まだ2人だけ?」

「あ、凛さん」

「俺達も今来たばかりだ」


 やってきたのは南條凛だった。白と黒のボーダーのトップスにデニムジャケット、それにふくらはぎまで届くミモレ丈の黒いチュールスカート。

 これと言って特筆すべき点の無い服だが、彼女が着ることによってその服の良さを十二分に引き出されていた。平折もおもわずほぅ、とため息を吐いてしまう程だ。


 ちなみにこれは、先日平折が南條凛の為に選んだ服だった。

 もっとも平折のセンスはアレなので、俺も随分と口を出して誘導した記憶がある。


「で、倉井? 感想は?」

「美人は何を着ても似合うな」

「誉め言葉として受け取っておくわ。で、あんたのそれ……」

「あぁ、この間凛と平折に選んでもらったやつだな」

「ふぅん……馬子にも衣装、かしらね」

「精進するよ」


 そんな言葉を交わし、くすくすと笑い合う。


「やぁみんな、待たせちゃったかな?」

「おーっす、寝坊してめっさダッシュし…うおぉおおぉおっ!! 吉田と南條さんの私服姿! くぅ、来てよかった!」

「祖堅君……まぁ、いつもの制服と違って私服だっていうのは珍しいと思うけど」

「あ、あはは……」

「康寅お前……ほら、馬鹿やってないで行くぞ」


 興奮した康寅は、嘗め回すかのように平折と南條凛を見ていた。その無遠慮な視線が恥ずかしかったのか、平折は俺の背後に隠れてしまう。

 そんな康寅をいさめながら、図書館に向かって歩き出した。




 図書館は、駅から学校とは反対方向の住宅街にほど近い山の手の方にあった。

 市営の大きな建物で、土地柄駐車場がやたらと広い。

 朝のこの時間にもかかわらず、それなりの人が利用していた。


 俺達は空いてる大机を見つけ、そこに陣取り教材を広げていく。


 ……


 いざテスト勉強が始まれば、皆は集中してそれに取り掛かっていった。


 カリカリ、シャッシャッという独特のペンを走らせる音が周囲に響く。

 時折誰かが口を開きはするが、「そこはhave to」「数式を一度分解」といった、必要最小限の言葉が交わされるばかりだ。

 人がそれなりに居るのにやたら閑静だという特殊な空気が、俺達に無駄に喋らせることをはばからせた。


 ――なるほど、確かにこれは捗るな。


 皆でどこかに集まって試験勉強をすることに、どこか懐疑的な思いがあったが、なかなかどうしてこれは感慨深い。


 それだけじゃない。


 目の前で眉間に皺を寄せて参考書を開いている平折が、南條凛に解き方を懇切丁寧に教えてもらっていた。

 なんだかゲーム内とは逆の感じなのが面白く、思わずクスリと笑いが零れてしまう。


「昴、何か面白い問題でもあったか?」

「いや別に。何となくだよ」

「そうか……オレはちょっと腹が減ってきちゃったよ」


 グゥ、と康寅の腹が鳴る。あまりに良いタイミングでなるものだから、皆も笑いを堪えることができなかった。

 時計を見れば11時半を回ったところ。たっぷり2時間以上は勉強しており、さすがに集中力も切れかけていた。


「少し早いけど、お昼にしてもいいわね」

「僕も賛成だ。頭を使うと部活後の様にお腹が空くね」


 そうして一旦駅前まで戻り、お昼を摂ることになった。


 入ったのは放課後たまに利用する某ハンバーガーチェーン店。

 俺達はそれぞれ好みのセットを注文し、康寅だけは質より量といわんばかりに110円のハンバーガーを単品で4つも頼んで、皆を呆れさせていた。


「いやー、それにしても皆、真面目にひたすら勉強するなんて思いもよらなかったぜ」

「何言ってんだ康寅」

「でもこういうのも悪くないわね。1人でやるより断然捗るわ」

「そうですね」

「分からないところを誰かに聞けるだけじゃなく、教えることによって復習になるのもいいね」


 店の一画を占有した俺達は、ハンバーガー片手に勉強会についての話をしていた。

 康寅はもっとキャッキャウフフとしたイベントが欲しいとか言っているが、一体勉強会に何を求めているのだろうか?


 なんだかんだ概ね皆も好感触で、やってよかったと思う。

 もちろんそれは、勉強が捗っているというのもある。それに――


「平折ちゃん、そのナゲットのソースって甘いやつ?」

「凛さんのは辛口でしたっけ? 一口交換しませんか?」


 親友同士、平折と南條凛が仲良くしている様を目に出来るのは、とても温かい気持ちになった。

 ほんの数か月前までは想像もしなかった光景だ。これからも仲良くやっていけたらなと思う。


「ふぅ、美少女が仲睦まじい様子はたまんないね。昴、オレ達も負けてらんねぇ、ポテト交換っこしようぜ!」

「あ、おい、勝手に……康寅が頼んだのはハンバーガーだけだろう?」

「ははっ、祖堅君、僕の激辛ハバネロポテトもどうぞ」


 坂口健太に真っ赤なポテトを突き付けられ、うげぇ、と仰け反る康寅。

 それを見て「何やってんのよ」と南條凛も平折も笑い声をあげる。


 良い雰囲気だった。

 平折のイジメや南條凛とサンクの件も片付き、全ては良い方向に向かっていると思う。


 だけど問題というのは、予期せぬところからやって来るものだった。


 それはお昼を食べ終え店から出たところで、ばったり偶然と遭遇してしまった


「……すぅくん? ぁ……会いたかった!」

「……えっ?」


 出会いがしら、目に涙を浮かべた地味な女の子に抱き付かれてしまった。


「……ぁ」

「うそ……っ?!」

「ど、どういうこと?!」

「吉田さんが2人……?!」


 黒いパーカーにデニムのパンツ、それに長い髪をひっ詰め押し込んだ帽子に眼鏡。


 その子は昔の平折によく似た地味な女の子だった。


 南條凛も康寅も坂口健太も、まるで幽霊を見たかの様な顔で彼女と平折を交互に何度も視線を動かし見比べる。

 よほど似ているのか、目を見開き固まってしまっていた。


 確かに平折によく似た女の子だった。

 だけど平折の背はもっと小さいし、身体もこんなに肉質的な感じではないし、感じる熱ももっと低い。それに顔立ちも平折はどこかぽやんとした感じがあるが、この子はどこかキリリと締まっている。


 俺から見れば完全に別人だった。


「……君は誰だ?」

「あ、そっか。今は変装してたんだっけ」


 そう言って、帽子と一緒にカツラと眼鏡を脱ぎ捨てれば、意外過ぎる顔が現れた。


「……え、嘘」

「ど、どうなってんだ?!」

「え、吉田さんが……?!」


 南條凛と康寅、それに坂口健太は、今度は違った意味で驚愕の声を上げることになった。


「ひぃちゃん――有瀬陽乃」


 現役スーパーモデル、有瀬陽乃の姿がそこにあった。

 その事実に理解が付いて行かず、南條凛達3人の思考は、完全に停止してしまっていた。


 有瀬陽乃は、唯一平常心を持っていた平折に向かい合い、切なそうな、それでいて申し訳ない様な顔で本日最大級の爆弾を落としていった。


「ごめんなさい……でも、ちゃんと会いたかった――おねえちゃん」

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