第11話 思い出せない理由
「俺、は……」
言葉に詰まってしまっていた。
ひぃちゃん――有瀬陽乃、彼女について知っている事は非常に少ない。
昔、神社に行けばよく一緒に遊んだ女の子で、物おじせず周囲を引っ張り回していたという記憶くらいだ。
どちらかと言えば我儘な所があった子だと思う。だけど当時の俺はそれを不快に感じた事はなかったし、もし本当に嫌なら何度も神社に訪れてなんていない。
それに当時の俺は――
「ひぃちゃんの顔とかハッキリ覚えていない。周囲を振り回す女の子も居たかな、くらいの記憶だけだ」
「そう、ですか」
「平折はひぃちゃんを……有瀬陽乃を知っているのか?」
「……はぃ」
そう言って、平折は俺の腰に回した腕にぎゅっと力を込めた。
何故だかそれは、俺を引き留めている様でもあり、俺に縋っているかのように思え――それ以上の質問を拒絶しているかに感じてしまった。
背中に感じる存在が、ひどく脆いモノの様に感じてしまう。
「……んっ」
時間にして十数秒、深呼吸をして気持ちが切り替わるには十分な時が流れ、平折は俺から離れた。
背中に感じる熱が遠ざかる事に、物寂しさを感じてしまう。
俺はいまいち状況を呑み込めていなかった。
どうしてこのタイミングで平折がひぃちゃんの話題を出したか分からなかったし、今の返事で平折がどう思ったかもわからなかった。
だけど、いくつか気になる事はあった。
「なぁ平折……俺達って、実は昔会ったことがあるのか?」
「……一度だけ」
「それって……っ!」
「きっと、憶えていないと思います」
そう言って平折は困ったような顔で笑みを浮かべた。
俺にはその表情の意味がわからなかった。眉間に皺が寄っていくのがわかる。
そんな俺を見た平折は困った顔のまま、しかしどこか慈愛を感じさせる表情で俺の顔――先日殴られた頬に手を添えた。
「すぅくんは、いつだって無茶をするんです」
「それ、は……」
添えられた平折の手は少しひんやりしていた。
それによって、考え過ぎて熱を持ち始めていた俺の頭が冷やされていくのがわかる。
少し冷静になり今の自分の状況が客観視されると、今度は違った意味で頬が熱くなっていく。
にわかに動揺し始めた俺を、平折はどこか不思議そうな目で見ていたが、しばらくすると自分が大胆な事をしていたことに気付いたのか、慌ててその手を放して俺から離れた。
「ん……こほん。帰りましょうか」
「お、おぅ」
咳ばらいを一つした平折は、話はここまでとばかりに家へと向かって歩き出す。
平折はそれ以上何も話さなかった。
きっと昔一度だけ会った事というのにも、ひぃちゃん、有瀬陽乃が密接に関係しているに違いない。
だから……続きを話すにはまだ役者が揃っていない――そんな気がした。
◇◇◇
家に帰り自分の部屋に戻った俺は、有瀬陽乃の写真集を取り出した。
『見つけてくれたすぅくんへ ひぃちゃんより』
表紙にはそんな文字が躍っている。
何かの記憶の取っ掛かりになればと、パラパラとページを捲っていく。
誌面の中の有瀬陽乃は、どこか神秘的な雰囲気で、独特の魅力がある女の子だった。
康寅が夢中になってサイン会に行こうとした気持ちもわかる。
彼女はひぃちゃんなのだろう。だが、どこか暴君じみた印象のある彼女から、目の前の有瀬陽乃は想像し辛い。
――平折も見違えたしな。
ふと、最近物凄く魅力的に変わった身近な女の子の事を思った。
確かひぃちゃんと遊んでいたのは、丁度小学校に上がった頃だっけか。10年近く経っている。成長して変わっていても可笑しくはない。
そんな感想を抱きはしたが、何かを思い出すきっかけにはならなかった。
……
そもそも――俺は当時の事は思い出さ無い様、むしろ積極的に忘れるよう努めてきたのだ。それは父親と弥詠子義母さんが再婚してからは、より一層その傾向にあった。
――丁度その頃、俺の産みの母を亡くしたばかりだったからだ。
父は寂しさからなのか仕事に没頭するようになっていた。
俺の事まで気が回っていなかったのだろう、学童保育なんて申し込みさえしておらず、家で一人ぼっちになってしまう時間が激増していた。
とにかく一人になる時間が嫌で、子供たちの遊び場である神社に足しげく通う様になったのだけは覚えている。
相手は誰でも良かったのだろう。騒いで寂しささえ紛らわせればそれでよかった。ひぃちゃんと出会っていたのはそんな頃だ。
正直誰かと遊ぶのではなく、気を紛らわせるのが目的だったので、彼女だけでなく、どんな人がいたかなんてほとんど覚えていない。
だから写真集を眺めていても、特に大したことは思い出せなかった。
「ま、可愛い娘だとは思うけどさ」
「へぇ……やっぱりこういう娘が好みなんですね……」
「……っ?! 平折?! あ、いや、そういう意味じゃなくて……っ!」
「ノックや私の声に気付かないくらい夢中じゃない意味って、何なのでしょう?」
すぐ隣にはいつの間にか平折が居り、一緒に写真集を眺めていた。
どこか不貞腐れた表情で自分の胸をペタペタと触り、涙目で「牛乳の裏切者」と呟いている。
俺はそんな視線に耐えられず、慌てて机の奥へと写真集を仕舞った。
余談ではあるが、有瀬陽乃はモデルも務めているだけあって、非常にスタイルは恵まれていた。
「いいんですけどね。私だって男の人はそう言う事が必要だってわかっていますし?」
「まて平折、お前はちょっと勘違いしている!」
そんな平折の姿を見てみれば、白地に赤い花をあしらったカットソーに水色のティアードスカート。いつぞや一緒に服を買いに行って、俺が選んだ格好と一緒だった。
このコーデを前に、写真集を前に呟いた言葉はいささかデリカシーに欠ける。
――平折にも何かしら言ったほうがいいのだろうか?
どう言ったものかと頭を悩ませているも、平折が抱えるノートPCが気になった。
「平折、さすがにテスト終わるまでゲームはどうかと思うが」
「ふぇっ?! ち、違っ……そ、そう! これはですね、凛さんを監視するのに必要かなって……っ!」
「……」
「うぅ……あぅ……」
今度はジト目で俺が平折を見つめる番だった。
きまりが悪いといった顔の平折は、俺と目を合わそうとしない。
「……」
「……」
「……ぷっ」
「……くすっ」
そんなやり取りが何だかとても可笑しかった。そしてお互いテストが終わるまではゲームは我慢と確認する。
ちなみに――試しにログインしてみれば、南條凛が狩りに出かけていて、相互監視の為に皆でログインする事となった。
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