第9話 目のやり場
この日は南條凛に連絡して、時間を示し合わせてログインした。
「あーその、こんばん……わ? あは、あははははは……」
「こ、こんばんわ、です……」
「……」
「……」
画面の前ではゴスロリ男の娘と狐耳和服袴っ娘の美少女2人が、ぎこちない挨拶を交わしている。
お互い何を言って良いかわからず、距離感を探り合っている様子だ。
そして――
「……ぁぅ」
「俺を見られてもな」
リアルの俺の隣でも、どうしたものかとオロオロしている平折の姿があった。
最近定位置になりつつある俺のベッドの上から、迷子の様な不安気な瞳でこちらを伺ってくる。
その気持ちは分からなくもないが、これは平折と南條凛の問題だ。2人で話なりしない事には前に進まない。
だけど俺達はゲームをしていた。だからこそ、俺にも出来る事があった。
「ま、あれだ。こういう時は狩りにでも行こう」
「さ、さんせーい! そうだね、なんかこう、ぐわーってした感じのハードなのがやりたい!」
「ぼ、僕も! 余計なこととか、考えない、忙しいやつが、いいです!」
俺の提案に、2人は渡りに船とばかり乗ってきた。
何を話していいか分からない時こそゲームだろう。だってこれは俺達共通の趣味なのだから。
俺達が向かった場所は、先日クリアした死者の砦の地下にある拷問部屋の様な場所だ。
そこで画面の処理落ちが心配になる程の数の、武器を持った骨や腐った動く肉塊といったアンデッドモンスターを相手にする。
「おい、ちょっと多すぎないか?!」
「あっはっは、もっと集めたい気分だよ!」
「もっと、どーんとこい! です!」
2人はいつもよりテンションが高かった。普段ならしないような、大胆な行動やネタとも言える戦術を取ってしてやらかす。
はっきりいって効率という面ではぐだぐだだった。だけどそれが何だか馬鹿馬鹿しくて、自然と口元が緩んでいくのが分かる。
そんな俺と同じ気持ちなのか、ベッドで陣取る平折からも、時々クスクスと笑い声を漏らしていた。画面の向こうにいる南條凛も、同じように笑っているに違いない。
きっといつものように戻るのは、時間の問題だろう。
それよりも俺は、別の問題を抱えていた。
平折は俺のベッドの上でぺったんと女の子座りをしながら、俺の枕をクッション代わりに抱きかかえ、目の前にノートPCを置いてゲームパッドというプレイスタイルだ。
それだけならいいのだが、平折はプレイをしていると「あっ」とか「やっ」という声を出しながら、身体も一緒に動かしてしまう癖がある。
そうすると自然と丈の短いスカートが捲り上がってしまって、際どい部分見えそうになってしまう。本人はガードのつもりで枕を抱いているつもりだが、正面はともかく横のガードは完全に疎かになっていた。
――一言、注意したほうが良いのだろうか?
だがどうやって? 「下着が見えそうだぞ?」「足元が大変になってる」「スカートはもう少し長い丈の方がいいんじゃないか?」……そのどれにしても、言えば平折は顔を赤くして逃げていくような気がした。
平折と一緒の部屋でゲームをするのは楽しい。
ちょこちょこと小動物の様に忙しなく身体を動かしてしまうところや、感情の昂ぶりから漏れてしまう声は、何だか微笑ましくてずっと見ていたくなる。
だから、この部屋から居なくなるのは、寂しいと思ってしまった。
「……?」
「いや、何でもない」
俺の視線を感じたのか、平折はどうしたの? という顔で首を傾げた。
――これを無自覚でやるから堪らないな。
平折はオレを信頼している。きっとそれは自惚れでは無い筈だ。
俺にとってそれは嬉しくもあり、誇らしくもあった。
だからその信頼を裏切ることが、ひどく恐ろしい事と思ってしまった。
「ふぅ、楽しかったね! 良いドロップも出たし、満足満足!」
「同じく、です! でもこれ、僕が貰っていいです?」
「あぁ、もってけ。耐性アップの指輪なんてタンクをやる奴が持ってた方が良いだろ」
いつしか狩りは終焉を迎えていた。手持ちの回復薬MPといったリソースも使い果たし、レアドロップも出た。
そこには心地良い疲労感と充実感があった。そして俺達は今まで通りの空気を取り戻していた。
「しかし試験も近いな。さすがにゲームを控えたほうがいいか」
「うっ……わたし全然勉強進んでいない……ど、どうしよう」
「点数さえ取ってれば、問題ない、です!」
「そんな難しい事をさらりと言われても……と、また明日な」
「あはは、取れない勉強しないと……学校でね!」
「また、です!」
別れの挨拶をしてログアウトする。
平折も疲れたのか、両手を上げてぐぐーっと伸びをしてノートPCを仕舞う。
そんな部屋に戻ろうとする平折を呼び止めた。
「あ、待ってくれ?」
「……はぃ?」
「今回の件でお詫びという訳じゃないが、平折に何かしたいんだ」
「ふぇ?!」
この件が落ち着いたとは言え、平折に不義理を働いていたのも事実だった。
だから平折にも誠意を示すために何かしたかった。
「……」
「……」
話を振られた平折は、どうした事かと目をぱちくりとさせた。突然の事でどうしていいか分からないといった様子だ。
ほっぺたに人差し指を当てて悩むことしばし。
「……今すぐじゃなくても、良いですか?」
「あぁ、全然かまわない」
「ぅん……じゃあ何か考えておきます」
「思いついたら何でも言ってくれ」
きっとこれも自己満足なのだろう。
だけど、これで少し肩の荷が下りた気がした。
足取り軽そうに自分の部屋に戻る平折を見て、そう思った。
◇◇◇
「ぉ、ぉはよぅ……」
「お、おはよっ……」
「……」
「……」
「……くすっ」
「……あはっ」
翌朝、いつもの改札前で平折と南條凛が挨拶を交わす。最初はどこかぎこちなかったが、すぐさま互いに変に緊張しているのが可笑しくなったのか、直ぐに笑いを零し始める。
どうやらこちらでも問題なさそうだった。
そんな儀式めいた2人の挨拶を見守った後、俺も挨拶をする。
「あー、おはよう凛」
「ん、倉井もおはよ……それと、ありがと」
「別に……そういや康寅や坂口は?」
「今日はまだ見てないわね……って噂をすれば」
後ろを振り返ってみれば、康寅と坂口健太が俺達に向かって手を振っていた。何だか珍しい組み合わせだった。
「うーっす!」
「やぁ、おはよう」
「ほらな坂口、いつもの吉田さんだろ?」
「あぁうん、そうだね……」
挨拶早々、2人はよくわからない事を言いだした。
そして坂口健太はジロジロと平折を見ては狐につままれたような顔をする。
……そういえば昨日、康寅も平折について何か言っていたっけか。
「あんた達、平折ちゃんを見て何なの? まさかまた変な噂が……」
「ち、違うよ! 何て言ったらいいのか……これは僕だけじゃないのだけれど……」
「もったいぶるわね」
「坂口達が昨日、昔のイモダサかった頃の平折を見たって言うんだよな。オレも人の事言えないんだけど」
それは昨日、康寅が見たといっていた平折に似た人を見たという話だった。
どうやら複数人でそれを見ているらしい。
皆が皆、昔の平折に似ているという……それほど似ているのだろうか?
「――……ぇ?」
何か心当たりはないのかと平折を見てみれば、愕然とした様子で少し青褪めた顔で放心していたのだった。
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