第7話 卑怯


 この日の南條凛は、徹頭徹尾どこか態度がおかしかった。

 平折を強く意識するあまり、どこか避けるような態度を取ってしまっていた。


「テストの試験範囲だけど、平ぉ……んんっ、じゃなくて、倉井はどう思う?」

「……ん、どうなってもいいように、満遍なく手を広げるのが理想的だが……」

「……あ、オレ全然勉強してないわー、なぁ今度勉強会でも開かねぇ?」

「……それはいいかもしれないね。僕も苦手な教科があるし」

「……あぅ」


 本人もその事を自覚しているのか、しきりに俺に何とかしなさいよと小突いてくる。

 とはいうものの、南條凛がどういうつもりか図り損ねていたので、何も言えずにいた。


 そんな俺と南條凛を見て、皆も早く何とかしろよと言いたげな視線を投げかけてくる。


「倉井、いいから付き合いなさい」

「わかった、だから強引に手を引くのは止めてくれ」


 放課後になって早々、南條凛が俺のクラスへと乗り込んできた。

 その顔にはどこか焦燥感めいたものさえある。


 教室の皆の何事かという好奇な視線と、康寅達の良いからちゃんと謝ってこいという声援を背に学校を連れ立った。


 ……平折のジト目が、痛かった。




◇◇◇




 南條凛のタワーマンションへと招かれるのは4度目だった。


「で、どういうことかしら?」


 ソファーに深く腰をかけ、腕と脚を組んだ南條凛は、据わった目で俺を詰問してきた。

 言い訳を許さないかのような表情だ。顔立ちが整っているだけあって、その迫力に背筋が自然と伸びてしまう。


 今日一日の出来事を振り返ってみれば、彼女にとっては散々な態度になってしまっていた。


 昼間の会話でもそうだ。

 周囲もそんな空気を感じ取っていて、何だかやり辛そうな顔を浮かべていた。


「その、言い訳になるが、別に騙すつもりは無かったんだ。平折の頬の件もあって、中々言い出す機会がなかっただけで……すまない、謝るよ」

「……そうね、あの状況だったし、倉井の事は悪意を持ってそんな事をする奴じゃないってことは、よぉくわかっているわ。でも――」

「凛……?」


「あぁぁあぁぁあたし、ゲームで平折ちゃんにどんだけ恥ずかしい事を言ったと思ってるのよーっ!?」


 そう言って南條凛は、顔を真っ赤にして悶え始めた。ぼふんとソファーに身を投げ出して、クッションに顔を埋めて足をバタバタ。時折「のおぉおおぉおぉっ」とか「うきゃぁああぁあぁっ」というくぐもった声が聞こえてくる。

 少し幼げともいえる行動に、俺もうろたえてしまう。


「平折ちゃん本人に向かって『助けたい』とか『仲良くなりたい』とか『周囲が気に入らない』とか! あぁ、もう! 割と赤裸々な心の裡を語っちゃってるんですけどぉ?!」

「あの、なんだ。平折もまだサンクが凛だとは気付いて――」

「それも問題なのよ! てっきり向こうは知ってたものだと思ってたけど、そうじゃないし! 大体平折ちゃんとフィーリアさんだと全然キャラが違うから、同一人物だなんて気付かな――」

「凛」

「……っ! な、何さその顔」

「平折が普段と違うから、いけない事か? 変だと思うか?」

「んなわけないでしょう?! だってその、あたしだっていつもと違うし……」

「そうか、良かった」


 俺が一番懸念していたのはそこだった。

 確かに普段の平折とゲームの平折はキャラが違う。しかしどちらも平折という女の子を形成する大事な要素だ。

 普段でもゲームでも平折と南條凛の仲は良い。その仲が拗れることだけが心配だった。南條凛が双方の平折を受け入れているならば、それはもう杞憂だろう。


 俺は安心からか、顔が緩んでしまうのがわかる。


「……倉井は卑怯よ」

「ん……黙っていて本当に悪かった」

「そういうんじゃ――あぁ、もうっ!」

「凛……? ――っと!」


 ボスッと結構いい音が鳴る勢いで、手に持つクッションを投げつけられた。

 別段もう怒っているという訳では無さそうだが、機嫌が良いという訳でも無さそうだった。


 ――女子って難しいな。


 最近つくづくそんな事を実感してしまう。


「あぁ、そうだ。凛」

「何さ」

「お詫びという訳じゃないが、俺に出来ることがあったら言ってくれ。今回の件で何かしたいんだ」

「ふぅん……?」


 きっとこれは自己満足みたいなものなのだろう。

 だけどケジメとして、何かしらの誠意を彼女に対して見せたかった。


 ジッと見つめる俺を、南條凛は何かを推し量るかのような瞳で見つめ返してくる。

 とても真剣な瞳だった。俺という人間を見定めるかのような光彩を放っていた。


「何でも?」

「何でも」

「……付き合ってる彼女と別れて、というような無理難題でも?」

「いや、彼女なんて居たこと無いからそれは……」

「くすっ、そうね、そうだったわよね」

「凛……?」


 いきなり妙な質問をされたかと思うと、急に機嫌がよくなり笑い出した。先ほどからコロコロと感情が変わるので、付いていくのが大変だ。

 女心と秋の空とはよく言ったものだと思う。


「そうね、やって欲しいことは2つあるわ。1つは平折ちゃんにあたしとサンクの事を説明して、ちゃんとフォローを入れること」

「わかった。今日にでも何とかする」

「もう1つはこれ。ここに行きたい」

「これは……」


 そう言って南條凛が見せてきたのはスマホの画面だった。


『FCO×カラオケセロリ コラボフード開催中!』


 それは俺が初めてフィーリアさんとして平折と出会った奴のモノだった。

 なんだか不思議な縁を感じてしまう。


「あんたと平折ちゃんと……皆で行きたい……」

「そん――」


 そんな事でいいのか、と言い掛けて口をつぐんでしまった。

 南條凛に顔はどこまでも真剣で、それでいて怯えにも似た色を放っていた。

 まるで子供が怒られるかもしれないけれど、おねだりをしているかのような表情だ。


 ……それは南條凛の家庭環境を考えると、なんとも形容しがたい想いが胸に沸く。


 きっと南條凛にとっては、凄く勇気のいるおねだりなのかもしれない。

 その想いを軽く扱うことに、ひどく抵抗を感じた。


「――あぁ、皆で一緒に行こう」

「…………うんっ」


 はにかんで返事をする南條凛は、眩しいくらいの無邪気な素顔をさらけ出した。


 ――卑怯なのは凛の方じゃないか。


 熱くなる顔を背けながら、そんな事を独りごちた。

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