正体
第6話 どういうこと?
俺はスマホを手に固まってしまっていた。
別に騙すつもりなんてなかった。
平折の右頬の件も片付き、機を見て言おうと思っていた矢先、平折が俺と幼馴染だなんて言うものだから意識が完全にそっちに行ってしまっていた。
だが今更その事を言おうとしても、ただの言い訳か。
結局のところ、どれだけ言葉を重ねたとしても、事実として俺が不義理を働いていた事には変わりが無い。
手に持つスマホからは依然としてその後の反応は無かった。
「どうしたもんかな」
「……ふぇっ?!」
「っと、おはよう?」
「あ、あの、私……っ」
ガリガリと平折を撫でていた方の手で自分の頭を掻いたら、その拍子に平折にも手が当たってしまって起こしてしまった。
今の平折の体勢は、完全に俺の肩を枕にしてしなだれかかっていた。仲の良い兄妹でもなかなかすることの無い密着具合だと思う。
その事に今更気付いたといった様子の平折は、慌てて俺の枕を手繰り寄せ、顔を押し付けるようにして隠す。
「ご、ごめんなさいっ」
「あ、俺の枕――」
平折は首や耳を真っ赤に染め上げ、そんな事を言って俺の部屋を後にする。
残された俺は、色んな意味でどうしたものかと独りごちた。
◇◇◇
なかなか結論が見つからないまま、気持ちをリセットするつもりで夕飯作りに取り掛かった。
メニューは市販の冷凍ピラフがあったので、それと卵を使ってのオムライス。
時刻は7時半過ぎ、この時間帯からでも手早く作れる冷凍食品は重宝している。
ちなみにキッチンの様子を見るに、平折が使った形跡はなかった。
おそらく夕飯はまだなのだろうと思い、2人分作ることにした。いらないと言われればラップをかけて、明日の弁当にでもすればいい。
それに南條凛とサンクの事を、平折にも話しておきたかった。
オムライスが出来上がり、平折の部屋の前に立つ。
自分でも思った以上に緊張している自覚がある。
大きく1つ深呼吸をし、コンコンと2回ノックした。
「夕飯作ったんだが、良かったらどうだ?」
「~~っ?!」
「平折……?」
ドタバタと、部屋からは何か騒がしい音が聞こえてきた。
そんな音がしばらく続き、たっぷり数十秒は待たされて、ガチャリとドアが開いた。
「た、食べる」
「そう、か……」
平折はまだ制服姿のままだった。さすがにブレザーは脱いでいるものの、いつもはきっちり首元まで留められているブラウスのボタンがいくつか緩められおり、普段見ることは無い鎖骨が見えてドキリとしてしまう。
あまりそこをじろじろ見るものじゃないと目を逸らせば、平折の部屋にゲーム画面が映し出されているノートPCが見えてしまった。
その詳細はよくわからないが、サンクらしきゴスロリ男の娘のキャラも見える。どう見てもチャットをしていた様子だった。
――これはバレたか。
俺は気まずい様子で下に降り席に着く。目の前の平折は目を合わそうとしない。
「……」
「……」
なんともいえない空気だった。自分が招いた事態だった。
カチャカチャと、スプーンと皿が奏でる音だけが部屋に響く。
早々に食べ終えた平折は小さな声で「ぁりがと」とだけ言って部屋に戻った。
1人になった俺は自分の残り一気に掻き込み、食器とフライパンを洗い始め、そしてそのままの勢いでお湯を沸かしお風呂に入る。
なんとなく、気持ちを整理する時間が欲しかった。
平折や南條凛は、黙っていた事をどう思うのだろう?
仲の良い2人が、このことでギクシャクはして欲しくはない。
悪気があって黙っていたわけじゃないが、結果としてそうなってしまっている。やはり頭を下げるしかないだろう。
もし許してもらえなければ――さっきの平折の様にずっと目も合わせてくれなくなるのだろうか?
そう思うと、ひどく胸が軋みをあげた。
……
色々考えていたら、結構な長風呂になってしまっていた。
部屋に戻り、習慣になりつつある南條凛に教えてもらったスキンケアをする。
目の前には愛用の目覚まし時計と真っ暗画面のデスクトップPC。
時刻を見れば9時半を回っており、いつもならとっくにログインしている時間だ。
正直、ゲームをする気にはなれなかった。
だが南條凛にもなにがしかの弁明をするにしても、早いほうが良いだろう。
それにスマホで直接やり取りするより、ゲーム越しである程度お伺いを立てたほうが良いかもしれないという、そんな打算的な気持ちもあってゲームを立ち上げた。
「こんば――」
「待ってた、です」
「あ、クライス君やっと来た!」
「やぁ、良い所にきたねクライス君」
「――え? サンクにフィーリアさん……それにアルフィさん……?」
悲壮感にも似た思いと共にログインしたにもかかわらず、平折と南條凛の態度はいつもと同じだった。それだけでなく即座にパーティまで飛ばしてきて、一体どういうことかと困惑さえしてしまう。
それにログイン時間が不定期なアルフィさんが居たのも意外だった。
一応フィーリアさんとアルフィさんは昔からの知り合いではあるのだが……
「ギミック、難しい、です!」
「えっとね、ほら、死者の砦のスカルドラゴン! サンク君とアルフィさんの攻略!」
「僕もそこで詰まっちゃっててね、フィーリアさんを見かけたからお手伝いをお願いしたってところさ」
「ああ、なるほど」
死者の砦のスカルドラゴンというのは、最新ダンジョンにほど近いところの一見さんは漏れなく床との親交を深めることになるギミック満載のボス敵だ。俺もフィーリアさん平折と随分と苦労して攻略した覚えがある。
どうやらさっきまで3人で野良を交えながら何度か挑戦したのだが、
今日が初めての顔合わせのハズの
……まぁ、南條凛のコミュ力を考えれば、さほど難しいことでもないのか。
今もあの攻撃の時はどうすれば、誘導場所はどこはいいとか和気あいあいと話し合っている。
とにかく、なんだか拍子抜けだった。絶対何かを言われると思っていたのに、どこまでも通常運転だった。
――もしかして凛は平折に何も言っていないのか?
平折の性格を考えると、もし南條凛がサンクだと知ってしまえば、明らかに動揺しそうだ。だというのにこれは……
「自分は、弓と黒魔術、育ててる、です。アタッカーも、できます!」
「ていうわけで、ここはクライス君がタンク役でいい?」
「ははっ、僕は剣しか使えないからね」
「あそこはタンクの動きが肝になるところだからな、ここは引き受けよう。他に注意点だが――」
詳しく考えるのは後にしろと言わんばかりに、先程……ログインした時から
今ここで、その事について話すつもりはないということなのだろうか?
それに甘える形になり、頭の中を切り替える。
「よし、じゃあ行ってみるか」
「「「おぉーっ(、です)!」」」
この日は日付を変わっても、クリアするまで付き合わされた。
◇◇◇
「はっ、はっ、はっ」
早朝の住宅街を走る。日課のランニングだ。
結局昨日は色々と聞きそびれたりもして、なんだか胸の中にモヤモヤとしたものが残ったままだった。
そんな思いを振り払うかのように、いつもより走る速度は速かった。
「ただい――」
「お、おはよぅ……っ!」
「――おはよう、平折」
「き、昨日は気が抜けたというか、寝ちゃって……あぅぅ……」
どうやら平折が昨夜の夕食時に目を合わせてくれなかったのは、至近距離で寝顔を晒してしまったからのようだった。
俺は大丈夫だ、あまり見てないとか気にするな、そう言った思いを込めて頭を撫でる。
平折は「んっ」と声を漏らし、分かったと言いたげな顔で目を細めて頭を手にすり寄せてきた。
その行動にどこか安心した自分がいた。いつもと同じ日常に戻ったような気になった。
「……」
「……」
結局何も言い出せないまま一緒に登校した。
それはどこまでもいつもと同じ空気だった。
「おはよー」
「うーす、昴、吉田さん」
「おはよう、吉田さん、倉井君」
いつもの合流場所に着いた時も、同じやり取りだった。
このまま昨日までと同じような時間が続いていくのかと、錯覚してしまった。
だけど――
「倉井、後で話があるんだけど」
「あぁ……」
その幻想は、南條凛のその台詞でかき消されてしまった。
彼女の目はどこまでも真剣な光を放っていた。
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