第3話 康寅の誘い


 謹慎が明けた。

 風邪でもないのにも関わらず、平日に2日も学校に行ってなかったので、なんだか曜日感覚がおかしくなってる気がした。


「家の鍵、閉めたか?」

「ぅん」


 平折に声を掛け、連れ立って駅までの道を歩く。

 早朝の住宅街はすっかり秋の様相へと変化していた。

 目に入る木々は色付き始め、田畑の作物も豊かな実りを付けている。

 隣を歩く平折との距離は近く、どこか機嫌も良さそうだった。


 あの日、平折がフィーリアさんとして出会った頃はまだまだ残暑が厳しかったが、今では肌寒いくらいだ。

 季節と共に、俺達の関係も様変わりしたと思う。


 そして平折も随分変わった。見た目も……中身も。

 けどそれは、きっと良い方向にだろう。


「んっ」

「……ぁ」


 先ほどから何度か、ちょこちょこ平折の手が俺の手に当たっていた。

 繋ぎたいのだろうか、と思い手を握る。


 隣を見れば恥ずかしそうにしながらも、はにかむ平折。

 身内びいきもあると思うが可愛いと思う。


 きっとこれも、平折の甘えなのだろう。

 特にこの謹慎中、平折はべったりだった。

 帰ってきたら俺の部屋へわざわざ挨拶しに来るし、ゲームをする時も俺のベッドを占領していた。


 甘えられるのは悪い気はしない。

 ただ、先日思い出した出会った頃の平折の表情が気に掛かってしまっていた。


 だけど、今はそんな怯えの色はどこにもない。

 それよりも、義妹とはいえ平折は魅力的な女の子でもあるわけで、多少困ってしまう事態になる方が悩ましかった。




◇◇◇




「おはよー」

「やぁ、おはよう」

「うーっす、昴、吉田さん」


「おは……って、康寅に坂口も?」


 学校最寄りの駅を降り改札を抜けると、南條凛の他に康寅と坂口健太の姿があった。

 康寅がいるのはわかる。せっかく平折や南條凛という美少女と仲良くなったのだから、積極的に一緒に居たいという、わかりやすい奴だからだ。

 だけど平折の件が解決した今、坂口健太までここに居る事に違和感を感じてしまった。


「どうして坂口が? もう色々と解決したと思うのだが」

「おや、つれないね。せっかく仲良くなったんだし、僕も輪に入れてくれてもいいじゃないか」

「別にそれは構わないけど……で、それはともかく、足はどうなんだ?」

「……ははっ」

「坂口?」

「いや、失礼。足は大分と良くなったよ、痛みはほとんどない。テスト明けには完全に元通りさ」


 何がおかしいのか、坂口健太は声を上げて笑い、そして興味深そうに俺を見てきた。

 特段仲が良いというわけではないので、それがどういう意味かはわからない。


「おーい昴、坂口! 置いてくぞー!」

「あぁ、今行く」


 康寅の声に呼ばれ、首を傾げながらも先を行く3人を追いかけた。




 登校途中、非常に多くの視線を感じてしまった。


 平折に南條凛、坂口健太、それに先日暴行事件を起こして謹慎処分になった俺と康寅。目立つなというほうが難しい。


 普段から目立つ3人と違い、俺と康寅は悪目立ちだ。煽られたからとはいえ、いきなり殴りかかった俺に対する世間の目は厳しいんじゃなかろうか?


「変な顔してどうしたの、倉井? もしかして顔やお腹の傷がまだ痛むの?」

「ちょ、おい! 凛!」


 そんな怪訝な顔をしていた俺をみた南條凛は、無遠慮に俺の顔に触れてきた。更にはペタペタとお腹を触ってくる。

 必然的に彼女と至近距離で顔を見合わせ密着してしまうことになり、目の前からは平折とは違った甘い髪の香りが鼻腔をくすぐる。

 お腹を撫でる手はくすぐったいけれども、気恥ずかしさの方が上回るほど、動揺してしまった。


 南條凛はといえば、そんなどぎまぎしてしまってる俺を見て、楽しそうな表情を浮かべていた。


「凛、揶揄わないでくれ。こういうのに慣れてないって言ってるだろう?」

「くすくす、あんたは相変わらずね。それだけ女慣れしてないってことだからいいけど……ま、確かに周囲の目は気になるわね。あんた、ある意味あたしより目立ってるし。ま、堂々としてなさい。別に悪い感情を向けられているわけじゃないでしょう?」

「……え?」

「意外そうな顔ね? あんたあの一件で株を上げたみたいよ。昨日も一昨日も、あんたの事を聞かれまくったんだから」

「殴り掛かって返り討ちされたのに?」

「殴り掛かって返り討ちされたのに」


 そんな訝し気な表情をする俺を見て、南條凛はくすくすと悪戯っぽく笑う。


 揶揄われているのだろうか?


「昴ー、その腹触らせろ! でへへ、南條さんと間接握手!」

「うわ、止めろ康寅! くすぐったい上にキモイ触りかたするな! って、どさくさに紛れて平折まで?!」

「はぅ、かたい……」


 こんな風に騒ぎながらも賑やかに登校する俺達を、坂口健太は少し後ろの方から、眩しいものを見るかのような顔で微笑んでいた。




◇◇◇




 平折達と別れ、自分の教室へと向かう。朝の教室は喧騒に包まれていた。

 しかし俺が教室に入った瞬間、ぴたりとざわめきが止む。


 ――う、やはり先日の件が……


「ね、倉井君。吉田さんと幼馴染だったんだって?」

「それマジ? あ、だから殴りかかったのか?」

「でも普通幼馴染ってだけでそこまで……まさか?!」

「てか南條さんのことも、凛って呼び捨てにしていたことが気になるんですけど!」


 しかしその静寂も一瞬、興味津々といったクラスメートの中でもお喋り好きな奴らが、大挙して押し寄せた。

 それはかつて、美容院に行った次の日の事を髣髴とさせる。


「いやその、確かに平折とは古い付き合いで――」

「平折って言ってるな」「呼び捨てか」「そういや倉井だけ吉田さんのこといつもと変わらない目で……」


「り、凛に関しても、なんていうか苗字で呼ぶなと――」

「南條さんを呼び捨て?!」「他に南條さんを凛って呼ぶ男子いたっけ?!」「おい、どういうことだ!」


 俺はしどろもどろになりながら、まるで言い訳の様に弁明していく。

 実際、言い訳以外の何物でもないのだが。


 以前と違って南條凛の助け船が来なかったおかげで、一部でより誤解を深める返答をしたかもしれなかった。



 ………………


 ……



 そして昼休みになった。

 休み時間毎に質問攻めにされた俺は、まるで避難所に駆け込む様に、隣のクラスへと逃げ込んだ。


「くすくす、なかなかの人気者じゃない」

「はは、災難だったね、倉井君」

「くぅ、女子に色々話しかられるとか、羨まけしからん!!」

「ぁ、ぁの、大丈夫……?」


「お前ら……」


 しかしそこに既に集まっていた皆に、冷やかしの言葉を頂戴してしまった。


 ――見ていたなら助けてくれてもいいのに。


 そうとは思うが、悪戯っぽく舌を出す南條凛と、俺の顔と交互に皆を見やる平折の顔を見るに、大体どういう事か察してしまった。

 俺に出来るのは、肩をすくめてため息を吐く事だけだった。


「ま、あれは昴と吉田さんが幼馴染と黙っていた罰だと思え」

「僕もそれを聞いたら、あの時の倉井君の行動に納得だったよ」

「……そうかい、別に黙っていたわけじゃなかったんだけどな」


 どうやら平折はこの謹慎期間中に、俺と幼馴染という事を周囲に広めていたようだった。

 ちらりと視線を平折に移せば、少しだけバツの悪そうな顔をしている。

 別に嘘というわけでないし、それで構わないのだけれど、何故だか外堀を埋められているかのように錯覚してしまう。


「そういや話は変わるけどさ、昴、放課後暇か? 帰りに梅谷に付き合ってくれよ」

「……まぁ特に予定は無いけれど」


 予定も無いし、特に約束をしているわけじゃないのだが、いつもは平折と一緒に帰るのが半ば習慣になっていた。

 どうしたものかと平折を見てみれば、大丈夫だよというような顔で、にっこりと微笑まれる。


「一体何があるんだ?」

「これこれ、これを見てくれよ」


 梅谷というのは、県外にある大都市の事だ。俺が南條凛に紹介された美容院があるのもそこだった。

 ここからなら電車で結構な距離があるし、気軽に寄れるような場所じゃない。一体何があるというのだろうか?


 問い掛けに対し康寅はスマホを弄って、とあるページを俺に見せてきた。



『有瀬陽乃、写真集サイン会のお知らせ』



「……これは」

「おぅ、これは行くっきゃねーだろ!」


 それはあの有瀬陽乃のイベントのお知らせだった。


 ――そういえば撮影とかで梅谷で見かけたっけか。


 康寅はどうした事かと興味津々な周囲にも、スマホの画面を見せていく。


 複雑な心境だった。

 有瀬陽乃と何かあるわけではないと思う。

 だけど画面を覗いた平折を見れば、何て言って良いか分からない複雑な表情で固まっていた。

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