第2話 思い出した瞳
『やぁ助かったよクライス君……って、あぁ、また仕事の電話だ』
「あーその、お疲れ様です」
その後たっぷり3時間、俺はアルフィさんのダンジョン攻略に付き合った。
アルフィさんはここしばらくログイン出来ていなかったという事もあり、装備的に少し厳しいものもあったが、トレハンを兼ねての攻略は楽しかった。……初見殺しのギミックを黙ってニヤニヤしていたのは文句を言われたが、それはそれで楽しかった。
何だかんだで、俺は昨日色々な事があった。
だけど平折や南條凛と一緒にゲームをして、幾分かそういったストレスが発散される実感があった。
アルフィさんも仕事で色々あるのだろう……だけどそういったストレスが発散されてくれればなと思う。
そして俺は、最近思う事があった。
「たまには仕事でも、自分がこうしたいってのを言ってみてもいいんじゃないですか? なんていうか一度ぶつかってみるというか、そういうのと向き合うというか……」
『クライス君……』
「あ、いや、そんなこと簡単に出来れば無理ないっすね……すいません、生意気言って」
『ははっ、それで突っ走って謹慎処分を受けてしまった、という所まで1セットで、その意見を聞かせてもらうよ』
「う……すいません」
『でも参考になったよ。ではまたね』
そう言ってアルフィさんはログアウトしていった。
時計を見ると、既にお昼を回っていた。
数秒、時計の針が刻む音を聞いていると、途端にアルフィさんに言った青臭い台詞に恥ずかしくなり、ぼりぼりと頭を掻いてしまう。
その気持ちを誤魔化すように立ち上がり、小腹を満たそうとキッチンへと向かった。
ガサゴソと物色をするもカップ麺しかなく、ポットでお湯を入れて食べた後、ごろりとリビングのソファーに寝転んだ。
――平折、どうしているかな?
気になるのはやはり、一人で登校した平折の事だった。
それに、今朝夢で見た『ひぃちゃん』についても気に掛ってしまっている。
確かに昔、そんな子と遊んだ記憶があった。
目を瞑れば、朧気ながらにその子の事を思い出すことが出来る。
どんな顔をしていたかは流石に曖昧だが、よくしゃべり、動き、誘い、そして皆を振り回す――まるでガキ大将の様な女の子だった。
思えば俺も、彼女に誘われてその輪に……
だがその姿は、とてもじゃないが平折と重ならない。どう考えても別人だ。どちらかといえば、南條凛の方が重なる。
それがどういう事か混乱に拍車をかけ、そしていつしか俺は眠りへと落ちていった。
◇◇◇
夢を、見ていた。
それは鮮明な夢だった。
今でもよく覚えている、平折と初めて出会った時の記憶の夢だ。
『よろしくね、昴くん。平折もあいさつなさい?』
『……』
今とさほど変わらない、線の細い弥詠子さんに連れられて、おどおどしていたのを覚えてる。
『ん……よろしく』
『~~っ!』
当時の思春期に片足をつっこんだ俺は、やたら女子と話すのが気恥ずかしかった。
ぶっきらぼうに声を掛けて手を差し出すものの、弥詠子さんの後ろに隠れられてしまったのを覚えている。
失敗した。怖がらせてしまった。
幼心にそんな事を思った。
ただただ不器用で、そんな風に接することしか出来ない自分に嫌気が差した。
そして、ちゃんと笑顔で手を差し伸ばしていたらだなんて――
――違うっ!!
ああ、それは違う。
これは夢だ。
きっと過去の出来事だ。
既に終わってしまった出来事の事だ。
だけど――これはあまりにも鮮明な夢だった。
当時の平折の顔は、どこまでも俺に怯えた顔をしていた。
それは先日ナンパされた時や、坂口健太に呼び出された時の顔に酷似している。
そうだ、当時の俺はそんな平折に気付きもしないで、積極的に声を掛け近づいていた。
『おい、お前』
『お前も早く来い、こっちだ』
『これ、お前の分だから』
よかれと思って色々とやっていた。その全てが平折に不快な思いをさせていたとも気付かずに。
不器用と言えば、聞こえはいい。だけど、俺はそんな怯える平折に手を――
「――平折っ!」
「ぴゃうっ」
「――っ?! 痛っ!」
「~~ぁぅ……」
それでも、と思い手を伸ばして飛び起きた俺は、頭に強い衝撃を受けて目を覚ました。
目の前では涙目で額を抑える平折の姿。
どうやら飛び起きた拍子に、互いに頭をぶつけてしまったようだ。
一体どういうことか状況を飲み込めなかった。
だけど先程まで見ていた夢から、まじまじと目の前の平折を見つめてしまう。
今朝の寝起きの時とは違う手入れのされた艶のある長い髪。折り目正しく着こなした制服にその上から着用されたエプロン。そして涙目になりながらもこちらを見つめる瞳には、怯えの色などどこにも確認できなかった。むしろ、どこか気恥ずかしそうにしている瞳だ。
「け、今朝寝起きの顔を見られましたから!」
「……え?」
「だ、だからその、仕返しと言いますか、わ、わたしも寝顔をみてやろうって……ぁぅ……」
「えーっと……」
もじもじと、そんな悪戯を告白されるような顔で告げられた。
――俺の寝てる顔を見ても楽しくないだろうに。
どうやら俺は随分長い間リビングで寝ていたようだった。
周囲を見てみれば、灯りはまだつけられていないが、窓からは西日が差し込んでいる。
幾分か落ち着きを取り戻して平折を見ると、そんなことをたどたどしくあわあわ言うのは、いつもの見慣れた平折だった。
その事に、ひどく安心してしまう。
「あの、中々珍しいものを見せていただいたと――」
「平折」
「――ふぇっ?!」
自分でも随分身勝手な行動だとは思った。だけどどうしても確かめたくて――いや、安心したくて、平折の手を取り、引き寄せた。
至近距離で目と目がぶつかりあう。
「これは……嫌じゃ、ないか?」
「~~っ?!」
随分卑怯な質問だと思う。
突然の事に面食らった平折は、目を見開き潤ませながら口をパクパクとさせている。
きっと平折には突然何をしているんだって思われてるかもしれない。
「……」
「……」
どこかぎこちない沈黙が流れる。
その間に、少しだけ自分の頭が冷えてくる。
――何をやってんだ、俺は……
こんなの、あの時の自分のように、平折の気持ちを考えていない行動だ。
同じことを繰り返してはいけない……そう思い、手をそっと離した。
「あぁ、いや、そのエプロンは……?」
「ぇ……ぁ……そ、その、今日からまたお母さんがお義父さんの所へ行くって……」
「夕飯、作ってくれるのか?」
「……ぅん」
そう言って、平折は恥ずかしそうに首を動かした。
……自分でも強引な話題転換だったと思う。
だけど冷静になって、先程までの俺の顔は泣きそうな顔をしていたと思う。
そんな顔を見られていたかもとおもうと、恥ずかしさまで込み上げてきた。
この場に居ると恥ずかしくて仕方がないので、自分の部屋に戻りたくなってくる。
「ゆ、夕飯っ!」
「……え?」
「ぃ、一緒に、作り、ません……か?」
だけどそれは平折が許してくれなかった。
顔を真っ赤にしながらも、安心してしまうかのような穏やかな笑みを浮かべ、逆に俺の手を握ってきた。
それが何より嬉しくて……穏やかな気持ちにさせられてしまう。
「あぁ」
だから俺は、そう頷くしか出来なかった。
そして、2人して無言のままキッチンに向かう。
まな板に既に広げられていたのは、じゃがいも、にんじん、たまねぎ、そして薄切りの牛肉に各種調味料。
どうやら平折は肉じゃがを作るつもりの様だった。
育ち盛りの俺にはそれだけでは物足りないので、付け合わせに色々と作っていくことにする。
手際よくたっぷりのお湯で小松菜でお浸しをつくり、鳥もも肉を一口大に切って、ニンニクやネギと一緒に強火でさっと炒め、そしてアルミホイルで包んで弱火で蒸し焼きにしていく。
隣を見れば、平折はジャガイモの皮むきに悪戦苦闘していた。
どうやら不器用なようで、それでも一生懸命作ろうとしてくれる平折に、なんだか胸に温かいものが広がっていく。
流石に包丁を持つ手が危なっかしいのでピーラーを渡したら、悔しそうな顔でこちらを睨まれた。
……
「いただきます」
「……ぃただきます」
平折の肉じゃがは、どれも形が歪で不揃いだった。
当の作った本人は、どこか悔し気に俺の作った付け合わせを睨みつけている。
だけど、その肉じゃがはとても美味しく感じた。
「なぁ平折……また一緒に作ろうな」
「ぁ………………はぃ!」
笑顔を綻ばせる平折に、過去よりもこれからの未来をどうするか――そんな南條凛の言葉を思い出した。
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