第3章 幼馴染
第1話 着せ替え人形
――PiPiPiPiPiPi……
「――……っ」
久方ぶりに、目覚ましのアラームで目を覚ました。
まだ眠気があったが、ベッドの中で大きく伸びをして深呼吸すると――平折の香りを感じ取ってしまった。
昨夜遅くまで、ここに陣取りゲームをしていたからだろうか?
自分とは違う、少し甘い香りに平折の残滓を否応にも意識させられしまう。
気恥ずかしさを振り払うように頭を振り、手早く着替えを済ませて外に出た。
日課のランニングだ。謹慎中だが、これくらいは許してくれるだろう。
今日はいつもと違って隣駅の公園ではなく、近場にある古い神社を目指した。
そこはこのあたりのいくつかの街が交わる場所にあり、ちょっとした森も広がっている。
ちょっとした広場にある拝殿とその周辺は、子供にとって恰好の遊び場だ。
事実俺も、幼い頃はよくここを訪れていた。
昔は随分広いと感じたが、記憶の中よりかは狭く感じる……それだけ俺も大きくなったのだろう。
「すぅくん、か……」
神社の位置柄、他の小学校の子供たちも来ていた。
もしかしたら平折もその中に居たのだろうか?
平折に聞けば教えてくれるのか?
……だけどこれは、俺が自分で思い出さないといけない気がする。
あの頃は、男子とか女子とかそういったものに気を掛ける様な年頃でもなかった。
俺は学年が上がるにつれ、ここに寄りつかなくなった。
――なんだかここに、大切なものを置き忘れている気がする……
ザァァァと、それを肯定するかのように秋の冷たい早朝の風が木々を揺らした。
◇◇◇
その後、もやもやとした気持ちを吹き飛ばそうとして家まで走った。
おかげでいつもより汗でびしょびしょだ。
「ただいまっと」
早くそれを洗い流そうと靴を脱ぐと、二階から降りてくる平折と鉢合わせた。
寝起きのせいか髪はボサボサで、顔も眠いのかトロンと気の抜けた表情だ。
――そういや、ついこの間までこんなだっけ。
ここ最近は見せなくなった平折の油断しきった姿が、何だか懐かしくなって思わず目尻が下がってしまう。
「おはよう、平お……り……?」
「ぉは~~~~っ?!」
寝惚けまなこに俺を捉えた平折は、状況を把握すると、どんどん顔を真っ赤に染め上げていく。そして慌てて洗面所へと駆け込んだ。
すぐさまブォオォォォっと聞こえてくるドライヤーの音が、今は入って来るなと言っている。
どうやら義妹とはいえ、寝起きの顔を見るのはマナー違反になるようだ。
◇◇◇
「……ぃってきます」
「おぅ、いってらっしゃい」
学校に向かう平折を見送り、自分の部屋へと向かう。
風邪でもないのに平日家に居ると言うのは、なんだか不思議な気分だった。
――平折、大丈夫かな?
昨日ですべて解決してるとは思うが、ついつい気になってしまう。
南條凛もいるし、大丈夫だとは思うが……
部屋に戻った俺は、PCを立ち上げゲームにログインした。
見慣れたホームの宿舎が広がる画面の前には、既にログインしていたフィーリアさんゲームの平折が離席状態で放置していた。監視の為、家で大人しくしている証拠にログを残せということだ。
監視という割に、平折本人は学校だ。
これじゃ監視の意味ないよな、とくつくつと笑いが零れてしまう。
ゲームとはいえ部屋の中だと鬱屈した気分になりそうなので、見晴らしのいい広場のベンチにまで移動することにする。
『今から課題』
とフィーリアさんに個人チャットを打ち込み、リアルの俺は机に教材を広げ始めた。
謹慎とはいえ、その間の授業に遅れてはいけない。その分の課題はたっぷりと出ていた。その分量はかなり多い。罰則という意味合いも強いのだろう。
――ま、サボるわけにはいかないよな。
気合を入れなおして、課題へ取り掛かっていった。
…………
……
「数学終わり、次は英語を――……ん?」
『やぁ、こんな時間に珍しいね、クライス君』
「アルフィさん」
『学校はどうしたんだい? サボりかい? あ、僕は今日は久々の休みなんだ……最近えぐかったよ……』
突如、俺に話しかける人物がいた。
金髪碧眼のいかにも王子様と言いたくなる、長身の爽やかイケメン剣士――アルフィさんだ。
その言葉は顔に似合わずブラックな仕事を匂わす哀愁が漂っていた。
アルフィさんはフィーリアさんと同じくらい長い付き合いのあるゲーム内フレンドである。
大人びており、よく仕事の愚痴を言っているので、おそらく社会人だと思う。頼れるお兄さんといった感じだ。
愚痴を度々零すくらい仕事が忙しいのか、基本的にインする時間はまばらだったりする。
そういえば最近会ってなかったな……
『で、何かあったのかい?』
「いやその、実は謹慎を喰らってしまって……」
『えぇっ?! 一体何をしたんだい?』
「何て言うか、
『えぇぇぇっ?! 大丈夫……じゃないから、謹慎になってるんだね……』
「はは……それでですね――」
事のあらましをぼかしながらアルフィさんに説明、いや愚痴を言っていく。
こういう時、黙って聞いてもらって心の裡を吐き出して、相槌をうって貰うだけで随分気が楽になっていくのが分かる。
……アルフィさんがよく愚痴を零すのが少しわかった気がした。
『それにしても、クライス君がそんなに熱血漢だったとはね。それともシスコンを拗らせてたのかな?』
「自分でもびっくりでしたよ」
『しかしクライス君がそこまで必死になっちゃう妹さんかぁ……それだけ可愛いのかな? ちょっと気になるね。芸能人で言えば誰に似てる?』
「んー……有瀬陽乃?」
『……へぇ』
「あーいや、やっぱ似てない。はは、忘れてください」
ほぼ条件反射で打ち込んでしまった。
自分でもびっくりだった。
そもそも平折と有瀬陽乃とは、髪型からして違う。見比べたら他人だと丸わかりだ。
だけどあの時――どうしてなのか似ていると思ってしまった。
アルフィさんには否定したけれど、今でもどこか引っかかってしまっている。
『……クライス君は高校生だっけ?』
「そうですけど」
『やっぱりそれくらいの男子だと、有瀬陽乃……彼女の様な女の子って好きだったりするのかい?』
「え……それはまぁ、実際可愛いと思いますし、男子なら嫌いな人を探すほうが難しいんじゃないですか?」
『もしその中身がとんでもない我儘で、周囲の事を考えてなくて、昔の事をずっと引きずっていたり、蛇のように執念深かったり、そのくせ自分から本当に言いたいことは言えない――あんなやつ、ただの面倒くさい着せ替え人形だよ』
「アルフィさん……?」
その言葉には、怨嗟とも言えるものが込められていた。
だから俺は完全に面食らってしまっていた。
いつものアルフィさんは、仕事のブラックな愚痴をよく零すことはあっても、誰かの事をここまで悪しざまに言うような人ではなかった。
普段が温厚だけあって、これほど具体的で唾棄すべき存在だというような発言に、何て言って良いか分からない。
もしかしてアルフィさんは、有瀬陽乃と関わりのある仕事をしている……?
『っと、すまない、愚痴が過ぎた。気を悪くしたなら謝るよ、ごめん』
「いえ、その……仕事のストレスとか、そういったものはどこかで吐き出さないといけないと思うので……」
『はは、そうだね! となればゲームだ! 実は最近忙しくて最新ダンジョンの攻略がまだなんだ、手伝ってくれるかい?』
「えぇ、いくらでも手伝いますよ」
そう言ってパーティを飛ばしてきたアルフィさんと一緒に、ダンジョンに向かう用意を始める。
先ほどの空気はどこへやら、いつもの様相を取り戻したアルフィさんは、他のフレンドも誘うよーっと陽気に言ってくる。
だけどその姿は、どこか無理しているかのようにみえた。
だけど、自分の事でさえ手いっぱいな俺は、かける言葉は持ち合わせていなかった。
それに――
――あんなやつ、ただの面倒くさい着せ替え人形だよ
その言葉がひどく気になってしまった。
そして何故だか、もう一人の女の子の顔が強烈に思い起こされてしまった。
南條凛――両親の望む姿を演じ続ける、俺の恩人とも言える少女。
どうしたわけか有瀬陽乃を、南條凛とも重ねてしまっていた。
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