第43話 一緒に……
その後、俺は駆け付けた生活指導の教師にキッチリとお世話になった。
どんな事情があろうと、俺が暴力を奮ったというのは事実だ。それに対する罰は受けなければならない。
謹慎2日――随分中途半端だが、それが俺に課された処分だった。
それに対し、相手の方は停学1か月だった。
随分厳しい沙汰だと思うが、どうやら他にもいろいろとやらかしていたらしい。
南條凛は先程の録音だけじゃなく、他にも様々な証拠を持っていたとか。
ちなみに康寅もきっちり謹慎1日処分になっていた。
巻き添えにしてしまった感は否めないが、康寅に助けられたのは事実だ。今度何か奢ってやろう。
「いててててて」
「ほら、大人しくしなさい。ったく、あんたが本当にバカだっていうのがよぉくわかったわ!」
俺はといえば、参考人として同行していた南條凛に、保健室にとんぼ返りして手当てを受けていた。
停学になった相手と比べて、俺の処分が随分甘いとも言えるのは、彼女の功でもあると言える。必死に擁護してもらったのだ、頭がますます上がらない。
蹴りを入れられた腹と違い、顔は見えないでしょうというのが彼女の弁だ。
手当をしてもらえるのはありがたいのだが、必然的に至近距離で顔を合わせることになってしまい気恥ずかしい。
何度も言うが、南條凛は美少女なのだ。思わず目をそらしてしまう。
「凛も投げ飛ばしていたよな? 何か処分は……?」
「あたしはお咎めなしよ。普段の行いのおかげね。平折ちゃんの方はわからないけど……まぁあっちも大したことにはならないと思う。精々注意、ってところじゃない?」
「そうか……」
先程の平折の行動にはびっくりさせられた。
まさかあの大人しい平折が、あんな大胆な行動を取るとは思いもしなかった。
――まったく、平折には驚かされてばかりだな。
「ま、たとえアイツラに対する学校側の処分が軽くても、あれだけ大勢の前でやらかしたことをバラしてあげたんだもの。他の皆は彼女達をどういう目で見るかしらね?」
「……そう考えるとえげつない事をしたな」
「あら、当然よ。なんたってあたしの友達を侮辱したんだもの。許せるわけがないじゃない」
「あぁ、そうだな」
そう言って、南條凛はドヤ顔でふふんと笑う。きっと向けられる悪意が自分だけなら、ここまでの事はしなかっただろう。
それだけ平折の存在が彼女の中で大きいのだろうか? そう思うと自然と笑顔になってしまった。
「~~っ! あ、あんたはそのっ!」
「うん?」
「なんであんなバカな事したの?! アイツラはあたしにフラれた腹いせだって言ったじゃない。ほっとけって」
「あのなぁ、目の前で凛達の事をああまで言われて黙っていられる訳がないだろう?」
――まったく何を聞いてるんだ、こいつは?
俺にとって南條凛は同志でもあり恩人だ。特別な存在だとも言える。
だから激情に駆られて、あんな行動をしてしまった。
バカな事をしたとは思う。だけど後悔は無い。
きっと平折だって許せなかったからこそ、あの行動に出たんだろう。
言われた事がさも意外だったのか、南條凛は口をパクパクさせながら、どう反応して良いかわからないといった状態だ。
――そんなに驚く事だろうか?
「あ、あぁぁあんたって……あぁ、もう!」
「うん?」
「はい、手当おしまい! それよりもあんた、あたしに言ってない事、あるよね?」
「それは……」
「『平折』……何度かそう呼んでたわよね?」
「あぁ……」
そういえば意識していなかったが、南條凛の前でも『平折』と呼び捨てにしていた気がする。
南條凛から見て俺は、そこまで平折と仲が良いとは思っていなかったはずだ。そんな女子の名前を呼び捨てにするなんて、何かあると考えるのが自然だ。
そもそも、今までの南條凛との関係が歪だったのだ。
平折の件はこれで解決したと言ってもいい。
ならば、いつまでも彼女に対して不義理を働く事もない。
「ふぅ……」
「……」
気を落ち着かせる為に大きくため息を一つ吐き、南條凛の目を見据えた。
こちらの緊張が伝わったのか、彼女も居ずまいを正して見つめ合う。
「わかった。実は俺と平折は――」
「お、幼馴染、です……っ!」
「――平折ちゃん?」
意を決して秘密を告白しようとした時、それを遮ったのは当の平折本人だった。
その顔は、どこかふくれっ面で機嫌があまり良くなさそうだった。
「平折……話は終わったのか? いや、それより……」
「幼馴染、になります……よね?」
「……そう、なるな」
「へぇ……なるほどね」
幼馴染――平折の口から放たれたのは、そんな単語だった。
その通りだと二も無く頷くには微妙な歳からの付き合いだが、あながち嘘と言う訳でもない。
なにより、この場はそれで収めたいという平折の気持ちが伝わってきた。
南條凛はその言葉の意味の真偽を確かめるかのように、俺と平折を交互に見る。
全てが本当というわけじゃないが嘘でもない――だから俺達はその瞳に頷き返した。
「……そう言う事ね」
「凛さん……」
南條凛は色々と聡い少女だ。何かしら思う所もあるが、色々と察したところもあるのだろう。
ふぅ、っと大きく零したため息に、色んな思いが込められている気がした。
「ならあたしも頑張らないとね」
「んっ……」
まるで挑むかの様な瞳で平折を見ていた。
◇◇◇
平折のふくれっ面は、放課後家に帰るまで続いていた。
電車の中や帰路中に何かを話しかけようとするも、プイすと顔を背けてお冠だ。
――参ったな。
確かにバカな事をしたし、平折に心配をかけたと思う。
色々と言い訳したいが、聞く耳を持たない状態だとどうしようもない。
家に帰っても不機嫌は続いており、それは夕食の時も続いていた。
おかげで弥詠子さんも困り顔をしていた。
どうしたものかと考えながら、ごろりとベッドに寝転ぶ。
平折の事もだけど、今日は色々なことがたくさん起きた。
「幼馴染、か……」
どういうつもりでそんな事を言ったのだろうか?
その事を考えているうちに、いつしか眠りに落ちていた。
だからこれは、夢だという自覚があった。
懐かしい夢だった。
幼い俺が皆と遊ぶ夢だ。
男子とか女子とかあまり気にしないくらい、小さい頃だ。
その子達とはいつも一緒に遊んでいた。
『すぅくん!』
その中でも一番仲の良かった子が、そう俺を呼んでいた。
確か、その子の名は――
「……ひぃちゃん」
自然とその名前が口から零れていた。
そうだ、ひぃちゃんだ。確かにそう呼ぶ子がいた、気がする。
……どういうことだ? 遠い昔、俺は平折と会って――
――ガチャッ。
「……っ! 平折……?」
「……」
扉が開けられる音で、意識が強引に覚醒させられた。
目の前には先程まで考えていた、すこし頬を膨らませた平折の姿。
ハイウェストで絞った桜色のワンピースに白のカーディガン、あの日フィーリアさんとして初めて出会った時と同じ恰好だった。
その手にはあの時と同じ鞄ではなく、ノートPCを携えている。
……ノートPC? 平折がいつも使っている奴なのだろうか?
突然の事に驚いたし、うっすらとメイクもしているのか、いつもより可愛らしい姿に動揺しつつも見惚れてしまう。
「し、心配しました!」
「あ、いや、その……」
「け、怪我までしちゃって!」
「……すまん」
その平折は唇を尖らせて、怒ってますよと非難する。
だけどその顔は、言いたいことをやっと言えたと、どこかすっきりしたような表情だ。
先ほどまで険しかった顔が、どんどんとほぐれていくのが分かる。
やはりその恰好は、何かを言う時の平折にとって特別な恰好なのだろうか?
「謹慎中は大人しくしてるか、監視します」
「へ?」
「んっ!」
「……ノートPC?」
そう言って平折は俺をPCがある机の上へと追いやり、自分はポスンとベッドに陣取りノートPCを立ち上げる。
「ログ、私が学校行ってる間も残しておいて、ください……」
「あ、あぁ……」
恥ずかしいのか、早口になりながら、そんな事を告げる。
確かに家で大人しくしている証拠としてゲームにログを残すのは、ある意味監視だろう。
なんだかそれがとても俺達らしいなって思い、笑いが込み上げてきた。
色々気になる事はある。だけど、今はこの時間を大切にしたかった。
だから――
「平折、ゲームしよう」
「……はいっ!」
今までと違い、同じ部屋でゲームをする。
一緒に居て何をしているんだと思うが、そこにある空気はとても穏やかだった。
むしろしっくりくるとさえ感じ、そして――
――なんだかひどく懐かしい気がした。
※※※※※※※※
これにて2章は終了となります。
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