第40話 独占欲


「……」

「……」


 何とも不思議な沈黙だった。

 俺を覗き込む南條凛の瞳には、何かを期待するかのような色があった。


 一体俺に、何を求めているというのか?


「ま、いいわ。教室に戻りましょう。皆も待っているだろうし」

「そう、だな……」


 ――『今はこんなもんか』


 南條凛はそう呟き、『よし!』と自分に活を入れる。


「色々頑張らないとね」

「……あぁ」


 そう言って笑いかける顔は、ドキリとさせられてしまう程の魅力があった。




◇◇◇




 俺達は購買に寄り、飲み物とパンを買って教室に戻る。

 教室では既に平折に康寅、それに坂口健太と南條凛のグループの女子が弁当を広げていた。


「遅いぞ、昴」

「悪ぃ、混んでてな。ほら、コーラ」

「おっと! それならしゃーねーな」


 そう言って炭酸飲料コーラを受け取った康寅は、喉が渇いていたのか一気に飲み干す。

 当然の事ながらゲップをしてしまい、女子から『祖堅さいてー!』という有難い言葉を頂き涙目になっていた。


「その、あの、僕は休日でも部活の次の試合ばかり気になってしまって……」

「は、はぁ……」


 坂口健太はというと、必死に話題を探そうとして平折に話しかけていた。

 とにかく何かを話していないとと思っているのか、矢継ぎ早に話題を繰り出していく。

 平折はそれに律儀に聞いて相槌を打っているが、その顔はどこか疲労の見える困り顔だ。


 ――坂口は平折の様子に気付いていないのか?


 余程話が途切れていないのか、2人の弁当は手つかずのままだった。

 彼の自分本位な行動に、なんだか胸がムシャクシャしてくる。


 俺はその会話を打ち切るかのように、強引に2人の間に割って入って、腰を下ろす。


「坂口、飯くらい食わせてやれ。話すなら既に食べ終えている奴にしろ」

「……ぁ」

「……倉井君っ! あぁ、すまない……」


 そして俺は、既に食べ終えこちらを伺っていた女子グループに水を向けた。

 彼女達は坂口健太とお近づきになる機会を狙っていたようで、ここぞとばかりに質問攻めにしていく。


 そんな周囲の反応に、如何に自分が平折にだけかまけていたかというのを実感した坂口健太は、俺に向かって小さく手を上げて『すまない』とだけ呟いた。


 ――そういうところ、か……


 一方で平折には助け船を出したハズなのだが、遅れてやってきた俺と南條凛の顔を交互に見やり、ブスーっと唇を尖らせた。

 助けるのが遅くなったことがご不満なのだろうか?


「悪かったよ、ほら」

「……ぁりがとぅ」


 平折に頼まれていた牛乳パックを渡し、俺は購買で買ったパンを開けた。


「……」

「……」


 平折と2人、無言で昼食を摂りながら目の前で繰り広げられる光景を眺める。

 俺は質問攻めにされタジタジになる坂口健太に、聞かれてもいないのにそれに答える康寅が女子のヒンシュクを買う、その光景に、思わずクスリと笑いが零れてしまう。

 最初は少々不機嫌だった平折だが、その光景を見るにつれ、徐々に機嫌が良さそうなものへと変わっていっている。


 ……


 ――もし、平折ちゃんと坂口君が付き合ったらどうする?


 不意に、先程南條凛に言われた言葉を思い出した。

 目前の愉快なやり取りが行われている光景とは裏腹に、なんだか嫌な思いが胸に広がっていく。

 隣を見れば、平折と目が合った。


 平折はどこか照れ臭そうにはにかんだ笑みを浮かべたが――なんだか南條凛の言葉から気まずさを感じてしまい、俺は目をそらしてしまった。




◇◇◇




「また明日ねっ」

「くぅ、オレもそっち側に家があればなーっ!」

「……じゃあな」

「さ、さよなら……っ」


 駅で挨拶を交わし、皆と別れて電車に乗る。

 これが最近の日課になりつつあった。

 色々あったけれど、帰り道も平折と一緒になったのは良い事だろう。


 ちなみに坂口健太は居なかった。

 部活に関することのミーティングがあるらしい。


「……」

「……」


 20数分程電車に揺られ降りるまでの間、俺達の間は無言だった。


 いつもの事と言えばそうなのだが、最近は南條凛や康寅、坂口健太の誰かと一緒に居ることも多くて話題も絶えない事が多い。

 だからこの無言が、何だか珍しい事のように感じてしまう。

 そして無言だというのに、別に気まずい感じというものはない。


 こうやって肩肘張らずにいられるのは、平折が家族――義妹だからなのだろうか?


 なんだか俺と平折の特異性を、考えさせられてしまう。

 そんな難しい顔をする俺を、平折が困ったような顔で覗きこんでいた。



『初瀬谷駅~、初瀬谷駅~』



 駅を出てからも俺達は無言だった。


 すっかり日が暮れるのが早くなった住宅街を、少し足早に自宅を目指す。

 そのせいか、いつもなら隣に居る平折は、俺の少し後ろを着いてきている。


 家も近づいてきた頃、ふいに制服の袖を引かれた。


「平折……?」

「あ、あのっ!」


 その顔は、何か思い詰めたかのように余裕がなかった。

 今にも泣きそうな……そんな表情にも見えてしまう。

 一体どうしてそんな顔をしているのか分からなかった。


 ――もしかして、俺が知らないところで坂口と何かあったのか?!


 その考えに至った時、ますます俺の顔が険しくなっていく自覚があった。

 そして平折の瞳も、どんどん潤んでいく。


「う、噂とか出鱈目ですから……っ」

「……え?」

「さ、坂口君とは何もない、ですから……っ!」

「……あぁ」


 どうやら平折が気にしていたのは、自身の噂の事だったようだ。

 もしかしたら例の彼女達に、余程過激な噂を流されているのかもしれない。


 まったく……


「大丈夫だ、わかってるって」

「本当、ですか……っ!!」


 そう言って、俺は平折の手を握る。

 俺は分かってる、心配するなと思いを込めて。


 不思議なことに平折の手を握っていると、そこから坂口健太の件で荒んでいた心が綻んでいくかの様だった。

 平折も同じなのか、不安そうな顔が緩んでいくのがわかる。


 しかし俺は――綻んだ心に、独占欲じみた想いが芽生えていくのを感じてしまった。


「平折は――」


 俺の何だというのか。坂口健太に渡したくないという幼稚な想いが芽生えていく。

 それは独占欲にも似た感情だった。


 義妹、とでも言うつもりなのだろうか? だからどうした、という想いも胸に広がる。


「――平折だからな……」

「ぅ、ぅん……」


 どこか嬉しそうに手を握り返す平折に、何とも言えない笑みを返してしまった。

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