第39話 問い掛け
それから数日が経った。
坂口健太は、すっかり俺たちに馴染んでいた。
「中間テストも近いよね。おかげで連休も勉強で潰れちゃうし、部活も出来なくてストレスが溜まっちゃうよ」
「かーっ! オレも今回、追試と補習をパスしないとヤバイなー。昴、何か良い方法無い?」
「ねぇよ、今から地道に勉強しろ」
だよなーと笑う康寅を中心に、笑いが拡がる。
坂口健太は、俺や康寅の友人という形でこちらに訪れていた。
平折や南條凛、それに近しい人達もそれを受け入れ、その事情も大体察している様だった。
「僕は南條さんの勉強方法が気になるかな? ずっと成績は首位だしね」
「別に普通よ。平時から予習復習を欠かさないだけ」
「へぇ……えぇえぇぇっと、よよ吉田さんはその、勉強、して……ますか?」
「ふぇ?!」
驚き慌てる平折が、助けを求めるかのように俺を見つめてくる。
この数日ですっかり見慣れつつある表情だった。
周りの皆も『あぁ、またか』と慣れた表情だ。
涙目の平折に対し、迷惑ならハッキリ言えばいいのにという想いがあったが、肩をすくめるだけに留めた。
スムーズに周囲に溶け込んだ坂口健太であったが、平折に対しては極度に緊張してしまうようだった。
意気込み過ぎているのか、こういう事に慣れていないからなのかはわからない。
この明らかに平折に対して意識していますよという態度は、俺達もさることながら、平折もどうしていいかわからずにいた。
「やっぱり坂口君って吉田さんの事……」
「あからさまっしょ」
「でもこの間本人ははっきり否定してたぜ?」
「……チッ」
おそらく坂口健太本人は、気持ちが先走っているのだろうなというのはわかる。
その辺の事に鈍い康寅でさえ、その事に気付いている。
だけど周囲は、そうとは思ってくれなさそうだった。
そしてそれは、平折に対して良く思っていない奴らの神経を、逆なでするのに十分なものだった。
南條凛も彼らの反応には気付いており、時折俺と目が合い頷きあう。
坂口健太の件は予想外だったが、結果として彼らに対する牽制になっているのは幸いだった。
しかし俺は、最近気になることもあった。
こちらに向ける悪意の視線に、女子だけでなく男子のものも増えてきた気がしたのだ。
◇◇◇
その日の昼、俺は久々に非常階段に呼び出されていた。
相手はいつもの如く南條凛だ。
ついでとばかりにその男子の視線について聞いてみた。
「あぁ、そいつらは以前にあたしが振った奴らよ」
「……それは結構な数が居そうだが?」
「自分がモテると勘違いしていたり、プライドの高いお馬鹿さんね。ほら、最近はあんたや祖堅君、坂口君がいるから」
「なるほどな」
南條凛は男女わけ隔てなく接する女の子だ。それでも普段は女子のグループで行動する。だというのに、ここ最近そのグループに特定の男子が混じっているのが許せないという事なのだろう。
――なんだかな……
「ま、坂口君に気後れして、あたし達に話しかけてこないところでお察しよ」
「坂口より上だという自信が無いから、話しかけられないのか」
「そういう事。それに今はあんたも居るし」
「へ? 俺?」
「あら、気付いてないの? 割と女子の間で噂になってるわよ。ま、このあたしがプロデュースしたんだしね。自信を持ちなさい」
「……揶揄うなよ」
そう言って南條凛は、悪戯っぽく人差し指で鼻をつついてきた。
目の前でその柔らかそうな髪をふわりと靡かせ上目遣い。
先ほどの言葉と共に、俺の方が勘違い・・・してしまいそうになる。
言われた台詞の内容よりも、冷やかしの行動の方がよほど気恥ずかしく感じてしまった。
「ま、そっちはあたし絡みだし今はいいわ。それよりも坂口君ね。現状はバカ達の抑えになってるからいいんだけど……」
「何か問題でもあるのか?」
「……もし、平折ちゃんと坂口君が付き合ったらどうする?」
「……は?」
一瞬、何を言われたか理解出来なかった。
平折と坂口健太が恋人同士になる――つまり、周囲で囁かれている噂が現実になったらどうしようかという質問だ。
「いや、それは無――」
「平折ちゃんはともかく、坂口君が平折ちゃんに本気にならないって、言い切れる?」
――――。
言葉に詰まってしまった。
現状、坂口健太は妙な正義感や使命感から平折の傍にいる。
そして慣れていないのか、意識しすぎなのか、あの緊張ぶりだ。
釣り橋効果、という言葉もある。
戸惑う俺に、南條凛はいつに無い真剣な眼差しで見つめてきた。
まるで俺の胸の内を暴こうとするかのような眼差しだ。
――俺は……
「人の気持ちなんて、他人がどうこう出来るものじゃないだろう。もしそうなれば当人達が判断することだ」
なんだか胸がむしゃくしゃした。
自分でも苛立っているのがわかるし、言葉に棘があるのも自覚している。
俺と平折は義兄妹だ。
それ以上でも、以下でもない。
だけど……
「人の気持ちはどうしようもない、ね……」
なんとも言いようの無い気持ちで、頭をくしゃりと大きく掻き乱す。
そんな俺へ問いかけるように、神妙な顔で覗き込む南條凛が、ひどく印象的だった。
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