第34話 ほんとバカっ!


 平折と南條凛は良く目立つ。

 それは学校内だけでなく、この大都市の繁華街においてもそうだった。


 周囲を見渡してみても、2人の美貌はキャッチの人さえ声を掛けるのを躊躇う程に際立っている。


「何だ、お前は?」

「横入すんじゃねぇよ」

「カノジョ達はオレらと遊ぶんだよ」


 それなのに絡むというのは、そういう空気が読めない手合いなのだろう。


 相当しつこく絡んだのか、南條凛の顔を見てみれば、疲労にも似た色が見て取れた。

 そして、それ以上に驚きの色が瞳を染め上げていく。


「悪い、遅れた。大丈夫だったか?」

「へ……? もしかして倉井……?」

「ぇ……ぁ……」


 平折に至っては目を丸くして、信じられないものを見るかのような瞳をしている。


 ――先ほどの有瀬陽乃、だったか……同じような瞳だな。


 そんな事を思いつつも、美容院でそれほど変わったのかと、なんだか気恥ずかしいものがあった。


「さ、行こうか、平折・・

「え、や、ちょっと!」

「……ぁっ」


 この手合いの連中は話が通じるとは思えない。

 萎縮して身を強張らせていた平折の手を取り、男達の輪を強引に出ようと押し退ける。


「ふざけてんじゃねぇ!」

「おい、待てよ!」


「こっちは用なんて無いんだが?」


 当然ながら、すんなりと通してくれるような相手ではなかった。

 無理やり肩を掴まれたと思ったら、あっという前に取り囲まれてしまった。


 ――ちょっと考え無し過ぎたか。


 今更後悔しても遅い。

 だけど平折が俺以外の男に迫られて身を固くしているのを見たら、飛び出さずにはいられなかった。

 自分の軽率な行動に呆れはするが、後悔は微塵もしていなかった。


 しかしそのおかげで、平折と南條凛の2人は男達から引き離せることが出来た。そのままどこかへ逃げてくれればいい。


「先に行っててくれ。この見た目も頭も軽そうな奴らと話をしてから行くからさ」


「てめっ、いい度胸だ!!」

「いいぜぇ、お話しようじゃねぇか!」


「……っ!」

「あの、バカッ!!」


 相手は単純だった。これほど分かりやすく挑発すれば、もはや激情に駆られた彼らの目には2人ではなく俺にしか映っていない。


 ガッ! という鈍い音がしたかと思えば、左の頬に衝撃が走った。

 躊躇なく拳を振りかざすところを見るに、こういう事に慣れた手合いなのだろう。


 その挙動すら観測することが出来なかった俺は、きっと間抜けな面を晒しているに違いない。


「いってぇ……」


「はっ、コイツ口だけの雑魚だべ!」

「女の前だからってカッコつけるからこうなるんだよ!」


「~~っ!」

「あぁ、もぅっ!」


 精々強がってみるも、如何ともし難かった。

 残りの男達もニヤニヤとした笑みを浮かべ、拳を振り上げる。


 見た目と気持ちが変わったといっても、喧嘩が急に強くなるわけじゃないよな。


 ――ちょっと前までの俺なら、絶対にこんな事しなかったのにな。


 こんなところで美容院から出て、早速自分が変わったということを実感してしまう。

 何だかそれが無性に可笑しくなってしまって、こんな状況だというのに笑いが零れてしまった。


「は? 何笑ってんだ?」

「こんなところで強がって見せようたって、ダセェんだよ!」


「あんた達の方がよっぽどダサいっつーの!」


「……え?」


 俺に殴りかかろうとした奴が、目の前でくるりと回転したかと思うと、遅れてドスッっと地面に何か叩きつけられる音が聞こえてきた。


「ふんっ!」

「……っ、あぁああぁあぁああぁっ!! 」


 そして、足元からカエルを轢きつぶしたかのような声が聞こえてきた。

 目線を下に移動させると、床に寝転がって股間を押さえつける男が2人。


 犬の糞でも踏んだかの様な嫌な顔をしている南條凛を見れば、何をしたか想像に難くない。


 思わず、昨日合気の技で、訳も分からず組み伏されたことを思い出した。


 残りの男達は突然の事に呆気にとられつつも股間に手を挟んで引いている。

 俺も自分の鼠径部も縮み上がってしまうような感覚に襲われた。


「行こっ、倉井!」

「あ、おいっ!」

「……っ!」


 そう言って南條凛は、有無を言わさず俺の手を引っ張った。


 ――助けられたのか?


 しかし彼女の顔は不機嫌さを隠そうとせず、何故か俺が今から怒られるのではと錯覚してしまった。




◇◇◇




 駅前にある広場にまで連れてこられた俺は、殴られた頬の手当てを受けていた。

 隣接するお手洗いで濡らされたハンカチが、熱を持った頬に気持ちいい。


 打たれたとはいえ所詮は素人の拳。若干腫れてはいるが、明日には治る程度のものだ。

 多少赤くなっているが、今でも目立つほどのモノでない。

 つまりは騒ぐほどの怪我というものじゃなかった。


「あぁもう、ほんとバカっ! 何考えてんの?!」

「う……その、すまん」


 だというのに、ぷりぷりと頬を膨らませた南條凛に有難いお説教を受けていた。


「ほんと、あんたには驚かされることが多いわ! あたしが合気道有段者って知ってるよね?! どうしてあんな事したのよ!」

「そりゃあ、平折・・も女の子だからだろ」


「……っ! は、はぁぁっ?! え、いや、その、あたし、あんたより腕が立つ……うぅ~、もうっ!」

「あ痛っ!」


 何故か頭を叩かれ、より一層彼女を怒らせることになった。

 平折も頬を膨らませ、ご機嫌斜めだとアピールしている。


 ちょっとした理不尽を感じるが、きっと実力行使されたとしても、南條凛1人でどうにか出来ただろう。


「でも、怪我が無くて良かったよ」

「……っ! と、当然よ!」


 自己満足かもしれないけど、よかったと口元が緩んでしまう。


「とりあえず、腫れも落ちついてきたし、あんたも着いてきなさい」

「へ? いや、俺がいたら邪魔じゃ――」

「あぁ、もう! さっきみたいにならないように、虫除けになれって言ってんの!」

「いいのか?」


 せっかくの平折と南條凛の交遊だ。

 俺が居ると迷惑なんじゃという想いが過ぎる。


 だが俺の意見は聞かないとばかりに先を歩きだした。

 拒否権は無いと言いたげな背中だ。


「平折、いいのか?」

「……っ! ぷぃっ!」


 もう一人の当事者である平折に顔を向ければ、未だ怒っているのだと、わざわざ可愛らしい擬音を口にして南條凛を追いかけた。

 何となく、置いていかれてはたまらないとその後を追う。


「……あーすまん」

「……べつに。あと、……がと」

「……平折?」

「な、なんでもないです……っ」


 なんとなく、そこまで怒っていないというか拗ねているかのような感じだった。

 平折と並び、南條凛を追う速度を上げる。


 そして彼女には聞こえない声で囁いた。


「その、髪……似合ってます……」

「……っ! あ、あぁ、ありがとう……」


 俺は、殴られていない方の頬まで真っ赤に染まってしまった。


「……早く来なさいよ!」

「あぁ、今行く」


 前を行く南條凛が急かしてきた。

 どうやら中々やってこない俺と平折のやり取りを見ていたようで、訝し気な表情で目を細めていた。

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