第33話 『見た目も変わるとね、気持ちも変われるよ』


「……」

「あの、何か……」


 何故か見知らぬ美少女に、美容院の店先でジロジロ見られるという状況に陥っていた。

 年齢は俺と同じか少し下ってところか? ……どこかで見た様な気はするのだが、生憎とこんな信じられないような目で見られる覚えは無かった。


 ――誰かと勘違いされているのだろうか?


「あなた、もしかしてす――」

陽乃ひのちゃん、時間大丈夫? 撮影の時間までギリギリじゃないの?」

「――真琴さんッ! そうだった! あーうー……キミ、このっ、もぅっ!」

「はいはい、後はあーしに任せて」


 俺をジロジロ見ていた女の子は、店の中から出てきた美容院のお姉さんと思しき人に、時間が厳しいと促された。

 何か俺に言いたいようだったけど、自分の用事を優先したのか、慌てた様子で飛び去って行く。


 真琴さんと呼ばれた美容院のお姉さんはと言えば、まるで出来の悪い妹を見送るかのように嘆息し、だがその吐息には隠しようのない優しさがにじみ出ていた。

 それだけで、この真琴さんの人柄がうかがい知れた。


 その真琴さんはと言えば、先ほどの陽乃ちゃんと呼ばれた美少女に代わって、俺をジロジロと見てきた。


「君がもしかして昴……君?」

「えっ……どうしてそれを?」

「あぁ、やっぱり。あーしは真琴。凜ちゃんから話は聞いているよ」

「な、なるほど」


 そう言って、真琴さんはニカっと人好きのするような笑みを俺に向けてきた。


 ――南條凛のやつ、わざわざ連絡までしていてくれたようだ。


 真琴さんの年は俺よりいくつか上に見えた。年上のお姉さんって感じの人だ。

 明るい色の染め上げた頭を巻き髪にしており、同世代ならギャルっぽく感じるものだが、落ち着いた雰囲気の色気のあるお姉さんと言った空気を醸し出している。


「それにしても昴君は凜ちゃんだけじゃなくて、陽乃ちゃんとも知り合い? 凄い交友関係だねー?」

「陽乃ちゃん……? いえ、さっきの彼女とは初対面というか……誰なんです?」

「えっ?! 知らないのっ?! ほらこれ、ここ! ここにも載ってるし!」

「これは……」


 真琴さんが見せてきたのは、お店に置いてあるティーンズ女子向けのファッション雑誌だった。

 陽乃と呼ばれたその美少女は、誌面の中で色々な服を着こなして、まるで煌めく星の様な輝きで存在していた。

 それは平折や南條凛とも違う、様々な光彩を魅力的に放っている。


 有瀬陽乃――どうやら有名なモデル等をしている娘らしい。


 こんな有名人と知り合った覚えなど、どこにもない。


 そういえばどこかで見たかと思えば、昨日本屋で大々的に売り出されていた写真集のポスターの子だっけか?

 いや、でもそれだけじゃ……


「ん~、その顔は訳が分からんって感じだね」

「すいません」

「ま、とにかく! 今は君のことだ。入って入って!」

「は、はぁ……」


 そう言って真琴さんに、ぐいぐいと美容院の中に引きずり込まれた。


 美容院の中は、明るく落ち着いた雰囲気だった。

 待合場所などの机や椅子、それに柱や随所に置かれた花瓶などはアンティーク調に統一されており、まるで品のあるどこかの古いお屋敷に迷い込んだのかと錯覚する。

 当然ながらそのような場所には慣れておらず、緊張感からより身体を固くしてしまった。


「なぁに、緊張してる?」

「いえ、その……はい」


 不意に真琴さんは、悪戯っぽい笑みを浮かべながら顔を覗き込んできた。

 何やらふむふむと頷きながら席へと案内してくれる。


「うんうん、いじりがいがある顔をしているねー。さぁどう料理しましょうか? 辛口? 甘口? それともいいとこ取りの中辛?」

「俺はカレーっすか?!」

「あはは、それだけ色んな自分に成れるってことだよ」

「は、はぁ」


 今度はそんな気さくな感じで話しかけてきた。

 ユーモアあふれる会話は、徐々に心の硬さまで解していってくれる。


 こうした話術もプロとしての技なのだろうか? それとも真琴さんの人柄なのだろうか?

 おそらく後者なのだろう。だからこそ、南條凛も真琴さんを紹介したに違いない。


 そんな頼れそうな人だから、少し弱気になっている部分を聞いてもらいたくなった。


「俺、変われますかね?」

「もちろん! なりたい自分ってのがあるならね」

「なりたい自分……」

「その明確なビジョンさえあれば、何にだって変身させてあげるよ。それこそ女の子にだってね」


 と、自信満々に答える真琴さん。まるでそう言う事も手掛けた事があるかのような口ぶりだ。


 ――なりたい自分か……


 そう思い、頭に浮かんだのはフィーリアさんゲームの平折だった。

 きっと平折には、なりたい自分のイメージというのが、しっかりと存在していたのだろう。


 じゃあ俺はといえば……


「頑張り屋な妹に頼られるような兄貴、かな……」

「へぇ」


 無意識にそんな言葉が零れ落ちた。

 傍から聞けばひどく抽象的な言葉だ。

 それに、何だかシスコンを拗らせているかのようで恥ずかしい言葉だ。


 失言だった、と気付いた時には、目の前でどんどん赤くなる自分の顔を眺める羽目になってしまった。


「いいじゃん! カッコイイよ、お兄ちゃんっ!」

「真琴さん……?」


 だというのに、真琴さんは馬鹿にしたり揶揄ったりすることもなく、むしろ自信を持てとはっぱをかけてくる。


「昴君は、その娘の為に変わりたいんだね」

「いや違っ……いえ、そう……です」

「そっかそっかー。誰かの為に自分を変える……うんうん、青春だね。てことは、そういう誰かを守るキャラか……オルシュたんよりかはピンチの時に颯爽と駆け付けてくれるエステにゃんの方が……」

「ま、真琴さん?」


 そして真琴さんはブツブツとオルシュたんが身を挺して庇うシーンがどうだとか、エステにゃんと共闘することになるシーンが胸アツだとか、訳の分からないことを呟き始めた。

 ええっと、何の話だろうか?


「あーごめんごめん、あーしの好きなゲームやアニメのキャラの話! あはは、そういうイメージのものを現実で作り上げるのも、この仕事の醍醐味でさぁ!」

「は、はぁ」

「あれだよ、ゲームとか漫画のキャラのイメージで言ってくれても全然オッケーだからね! あ、昴君はコスプレとかに興味ない?」

「いえ、特には……」


 何となく一抹の不安がよぎったが、真琴さんに色々とお任せする事にした。


 ちなみにカットをしながら真琴さんは、昔からゲームやアニメ漫画が大好きで、南條凛ともよくそれらの話題で盛り上がる事とかを教えてくれた。

 あと、コスプレイベントに南條凛を誘ってもなかなか靡なびいてくれない、とも。


 そんな話をしていると、すっかり打ち解けたかのような雰囲気になってしまっていた。


 きっと、こういう所が南條凛が信頼しているところなんだろう。


「はい、これでどう?」

「……え?」


 真琴さんは、腕も確かだった。

 目の前の鏡に映る自分に驚きを隠せない。

 短くも刈り揃えられているが、どこか流れの様なものがあって、爽やかなイメージを受ける。


 とにかく、自分じゃ無いみたいだった。


 それと同時に何とも言えない気恥ずかしさが湧いてきて、平折や南條凛の前にこの姿をさらすのに、戸惑いの様なものを感じてしまう。


 今なら平折が、どれだけ勇気を振り絞って初めてフィーリアさんとして俺の目の前に現れたかがわかってしまった。


 ――あいつ、やっぱ凄いな……俺も頑張らないと。


「お、良い顔するね。たかが髪型だって言うけれど、見た目の印象が変われば人は変われるよ」

「そう、かもしれませんね」

「人は誰にだってなれるんだ……だからコスプレ道は奥が深いんだよ」

「そ、そうかもしれませんね」


 きっと、真琴さんはそうことが大好きなんだろう。

 この仕事は彼女にとって天職なのかもしれない。


「はい、本日はカットのみ。6500円になります」

「うっ……10000円札からで……」


 真琴さんは確かに凄い技術をもっていた。

 そして、それだけのものに納得するだけの対価が必要だった。


 ――そう言えば1~2か月もすれば髪も伸びてくるな……


 バイト、探したほうがいいかも。




◇◇◇




 美容院を出た後、せっかくなので街をぶらつく事にした。


 買い物にしろ遊びにしろ、大抵の事は地元で解決してしまう。

 いつもとは違う街並みをブラつくだけでも、目新しくてわくわくする。


 あと、見た目も変わったことによって、心持ちも変わったというのもあり、新鮮さも一入ひとしおだった。


『見た目も変わるとね、気持ちも変われるよ』


 ――平折の言葉の通りだったな。


 普段では入らないような道やお店を覗いてみたり、何か新しい事をしてみたくなる。

 そんな好奇心に誘われて、若者向けの店が集まる繁華街に足を踏み入れてみた。


 だから、それを見かけてしまったのは、きっと偶然ではなく必然だったのかもしれない。


「ちょっと、離しなさいよ!」

「や、やめて……下さい……」

「なぁなぁ、そんなこと言わずによぉ」

「俺達さ、良い店もしってるんだからさぁ」


 それは当然だと納得してしまう光景だった。

 平折と南條凛が、いかにもなチャラそうな男達に絡まれてしまっていた。


 気が強い南條凛はしっかりと断り振り切ろうとするのだが、男達は逃さないとばかりに周囲を囲んでいた。

 実際彼女一人なら何とかなるだろう。しかし平折がすっかり萎縮しまっており、その場に釘付けにされてしまっている。


 相手が誰だとか、どうやってこの場を凌ぐとか、そんな事を考える前に身体が動いてしまっていた。


「平折! 凛!」

「……っ!」

「え……?」


 俺は強引に男達を掻き分け、2人を守るように躍り出た。

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