第28話 胸を縛る言葉


 その日のフィーリアさんは、やたらとはしゃいでいた。


「どうよこのミニスカバトルメイド! いやーこのナイフとか差せるレッグホルスターがたまんないよね! あと胸元開き過ぎ、うはっ!」


 やたらと胸が強調されてスカート丈の短いメイド服っぽい衣装を着ており、聞いてもいないのにこだわりポイント教えてくる。

 そのテンションの勢いは止まることを知らず、サンク南條凛までもがその餌食になっていた。


「うんうん、やっぱ似合う! クライス君もそう思うよね?」

「えっへん、です!」

「あ、あぁ……」


 こちらは黒地に所々赤いアクセントが入った豪華なドレス――いわゆるゴスロリドレスを着せられていた。

 中性的な顔立ちもあって非常に似合っているのだが……それ、男キャラだよな? 南條凛的にその男の娘路線でいいのだろうか?


 とはいうものの、サンク南條凛フィーリアさん平折のテンションに負けず、きゃいきゃいとアバターコーデについて盛り上がっていた。


 ――この調子なら、週末の買い物も上手くいきそうだな。


 色々と平折の頬の件で心がささくれ立っていたが、目の前の仲の良い2人を見ていると、その棘が取れていくのが分かる。


 ちなみに、ログイン前に南條凛に今日どうするか聞いてみていた。


『んー何となく、吉田さんの件があるからちょっとね……』

『気持ちはわかるが、気分転換になるかもよ』


 あまり気乗りしない様だったが、蓋を開ければこの通りだった。

 今日南條凛を強引に誘ったのは俺のエゴだったが……結果的には良かったか。


 そして女子らしい会話の盛り上がりは、俺の方にまで及ぼうとしていた。


「クライス君は、コーデ、しないです?」

「いや、俺は……」

「わたしも前々から言ってるんだけどねー」


 俺はゲームでは見た目よりも、装備の数字や実績の方を重要視していた。

 平折もそれは承知しているし、いつもならここで引き下がるのだが……まるで自分の事を吐露するかのように呟いた。



「見た目も変わるとね、気持ちも変われるよ」



 ……



 その言葉は否定できなかった。

 事実、平折はその見た目を変えてから、徐々に色々と歩み出していった。


 もしかしたら平折はこれまでも、フィーリアさん別の誰かになる事によって、気分を切り替えていたのかもしれない。


「着る服によって、気分とか、色々変わる、です」


 サンク南條凛の言葉にも説得力があった。

 先日彼女の家で見せられたファッションショーを思い出す。

 きっとアレらはそういった演技猫かぶりをするのに必要な道具なのだろう。


「そうだな、ちょっと考えてみるか」

「おぉ~、です!」

「ふぇっ?!」


 自分を変えようとするなら、今までと違った事に挑戦するのもいいかもしれない。


 ――平折を見習ってな。


 だというのに、いつも言っている平折本人が驚いている様子だった。


「今すぐじゃないぞ、おいおいだ」

「う、うん……あ、それよりも! 私とサンク君には足りないものがあります!」

「足りないもの?」

「わかんないかなぁ?」


 隣をみれば、サンクもコクコクと頷いていた。

 目の前にはミニスカ戦闘メイドのケモ耳っ娘に、ゴスロリ姿の男の娘。

 考えても何が足りないかわからず、首を傾げてしまう。


「もぉ~、ヘッドドレスだよ、ヘッドドレス!」

「ヘッドドレス?」

「頭に着ける、ヒラヒラしたやつ、です」


 あぁ、なるほど。確かに2人の頭には何も付けていない。

 イラストとかで見るメイドやゴスロリにはそういうものがあったっけ。


「とにかく! 今日はそれを作る素材を採りに行きたいと思います!」




◇◇◇




 その後、ゲーム内では延々と素材集めを手伝わされた。

 たっぷりと2時間半はぶっ続けだったと思う。

 集め切ったところで、へとへととなってお開きとなった。


 俺がログアウトしたと同時に平折の部屋の扉が開く音がした。

 階段を降りる音が聞こえたので、おそらく風呂に向かったのだろう。


 それを確認したところで、俺は南條凛に電話を掛けた。


「もしもし、南條か――」

『ちょっと、さっきのにょろにょろ何なのよ!! きー、悔しいーっ!!』

「な、南條……?」


 先ほどのにょろにょろとは、ゲーム内で戦った蛇神の事だ。

 様々なギミックと特殊能力があり、初見殺しとして知られている。


 まぁ、何だ。南條凛はまだまだ初心者だ。

 見事にそれらに引っかかり、床掃除に励むことになっていた。


 それをフィーリアさん平折とニヤニヤしながら眺めてたりもしてたわけだが……


『まったくいい性格だわ、2人とも!』

「悪かったって」


 ぷりぷりと声を荒げながら『あのギミックは意地が悪い!』『 何も知らないとクリア無理!』と文句を言うものの、なんだかんだで楽しそうに話すので、俺も釣られて笑ってしまっていた。


『それで? あたしにわざわざ電話って何さ?』

「あぁ、それが――」


 帰り際平折から聞いた情報を話していく。

 途中何度も『は? それマジで?』『そのバカ共、あたしの吉田さんに手をあげちゃってんの?』『ふぅん、命の大切さを知らないんだ?』などと苛立ちを隠そうともせず、物騒な相槌を打っていく。


 一通り話し終えた頃には興奮の熱も下がったのか、俺達の間に沈黙が訪れていた。


『……』

「……」


 お互い情報を元にどうすればいいか考えていた。


 恐らく坂口は白だろう。利用されただけなのかもしれない。

 今後彼がどう動くかわからないが、平折に何か迷惑を被るような事はしないだろう。


 問題は坂口のクラスの女子なのだが……


『ま、そこまで分かればその女子たちを調べ上げるのに苦労しないわ。えぇ、事前情報がいかに大切かさっき思い知らされたばかりだもの』

「ははっ、そうだな」


 しばらくは南條凛に任せた方がいいだろう。

 何か俺の手が必要になれば言ってくれるに違いない。

 それほど、南條凛に対する信頼感があった。


『でさ、話は変わるけど……うーん……』

「ん、なんだ?」


 その南條凛が何か言い辛そうに口ごもる。

 何でも聞いてくれと先を促したのだが――


『あんたが言ってた、昔イジメに会ってた子って……フィーリアさん?』

「――――っ」


 一瞬、思考が固まってしまった。


 何故それを?

 どうしてこのタイミングで?

 それより何でわかった?


 色々と思う所はあった。

 だが南條凛は聡明な女の子だ。


 ――これまでの流れでわかったとしても、おかしくはないか。


 どう説明したものか――


『ごめん、野暮な事聞いたわ。今言った事は忘れて……おやすみなさい』

「…………ごめん」


 ようやく動き出した口が絞り出したのは、そんな言葉だった。

 通話は既に切れていたので、届いたかどうかはわからない。


 ……


 ベッドに腰掛けて、暗くなったスマホを手に、後ろめたさが募っていく。


『~~~~♪』

「っ?!」


 そんな事を考えていたらスマホが鳴った。

 もしかしたら南條凛だろうか?


 だがその後ろめたさから何を言っていいか戸惑い――取るまでに若干の時間が掛かってしまった。


『あ、あの!』

「……平折?」


 だが、掛けてきたのは平折だった。

 もうお風呂を上がったのだろうか?

 いやそれよりも同じ家なのだ……何故わざわざ電話を?


『今時間、大丈夫……です、か?』

「あ、あぁ」


 一体どういうことか思って返事をすれば、程なくコンコンと控えめに俺の部屋がノックされた。


「開いて……る……ぞ……」

「~~っ」


 部屋へと入ってきた平折は、初めて見る姿だった。


 白地に赤い花をあしらったカットソーに、水色のティアードスカート。髪は耳のあたりで左右2つに結わえ、幼さの残る無邪気さと、楚々とした大人が同居する妖しげな魅力に溢れていた。

 それはどことなくフィーリアさんゲームの平折を髣髴とさせる。


「い、一番最初に見せたくて……」

「あぁ……」


 先日一緒に買った服だった。

 髪型も服に合わせたのか、非常によく似合っていた。


 ――女の子って、服一つでこうまで印象が変わるのか。


 初めてフィーリアさんとして平折に会った時も衝撃だったけれど、目の前の平折はそれにも勝るとも劣らない衝撃だった。

 その衝撃のせいか俺は何と言っていいかわからず……馬鹿みたいに口を開けて惚けていた。


 どこか不安げな様子の平折はとてとてと俺の前までくると、あろうことか隣に腰掛けた。その距離は非常に近い。


 風呂上がりのその肌は微かに上気しており、洗い立ての髪からはシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。

 それが平折を異性として、強く意識させられてしまって……困る。



『見た目も変わるとね、気持ちも変われるよ』



 先ほど言ったフィーリアさん平折の言葉を思い出す。

 だとすれば、今平折はどういう気持ちなのだろうか?


「ど、どうしたんだ?」

「あの、南條さんとの買い物……」

「それが?」

「私、大丈夫かなって……」


 そう言って、自信なさげにまつ毛を伏せる。


 あぁ、そうか。

 南條凛はとびっきりの美少女だ。


 周囲に知り合いもいない状況で2人っきりで会う……気後れして当然だ。

 それは学校で平折と南條凛の間に入れない、他の女子の気持ちとそう変わらないのかもしれない。


 つまるところ、平折は自分に自信が持てていなかった。


 ……


「似合ってる……可愛いよ」

「……ふぇっ?!」

「南條の隣に居ても見劣りしないくらいだ……胸を、張れよ……」

「あぅ……」


 告げる言葉はぶっきらぼうだった。

 気恥ずかしくて目も逸らしている。

 だけど自信を持てと――乱暴に平折の頭を撫でた。

 せっかくの髪が乱れるのにも関わらず、どこか平折は嬉しそうだった。


「平折……」

「んっ……」


 そして、俺に甘えるかのように頭をすり寄せてくる。


 信頼して身体を預けてくる平折を見て、ふと――



『平折の良いお義兄ちゃんになってくれてありがとう』


 弥詠子さんの言葉がよみがえり……胸を締めつけられた。

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