第26話 我慢するなよ
「ん……くすっ」
「なんだよ、南條」
「なかなか良い顔するじゃないって、感心してたのよ」
「……そうかよ」
握手をしたまま、何故か南條凛に笑われた。
そして俺の目をまじまじと上目づかいで覗き込んでくる。
先ほどまでは平折の事で頭に血が上っていたので気にしてなかったのだが、よくよく見れば南條凛と手を繋いでいるとも言える状況だ。
その事を意識してしまうと途端に気恥ずかしくなってしまい、慌てて手を放して目を逸らす。
「………………てる」
「……南條?」
その拍子に何か南條さんがつぶやいた様だったが、よく聞こえない。
南條凛本人も自分でびっくりしている表情だったので、詳しく聞くのも躊躇われてしまった。
ただ、何か納得したような顔が印象的だった。
「あんたは変われるわ、絶対」
「お、おぅ」
そして告げた言葉の声色は優しく、その見たこともない笑顔に、不覚にも自分の頬が熱くなるのを感じてしまった。
◇◇◇
南條凛は平折の件に関しては独自に調べるという。
具体的に誰がどういう意図で犯行に及んだのかという、詳しい情報が欲しいからだ。
俺も気になるがなにぶん女子の間での出来事、俺に出来る事は少ないだろう。
ここは南條凛に任せるしかない。
それよりも俺には気になる事があった。
坂口健太――サッカー部所属の同学年。
180cmを超える身長に部活で鍛えられた引き締まった身体、爽やかな顔立ちでひたすら部活に打ち込む姿が女子に人気だという。更には成績も悪くない。
どう見てもモテそうな人物なのだが、今まで彼女が居たとか浮いた話の一つもない。
そんな彼が、どうして平折に好意を抱くという噂が立ってるのか、疑問で仕方がなかった。
平折はどこの部活にも所属していないし、クラスも違う。そもそも接点がない。
一目惚れという線もあるが、人物像を聞くにそれも可能性が低そうだ。
――火のない所に煙は立たぬ。
何かしら噂になる理由がある筈だ。
そう思い、午後の授業の休み時間の間に、坂口のクラスへと覗きに行った。
「なぁ坂口。今度の土曜、星女との合コン、来てくれよ~。頼むよ~」
「たまにはハメ外すのも必要だし、息抜きにさ」
「あはは、ごめん。僕はあまり興味ないし、その日は練習があるから」
それでもとしつこく誘う友人たちに、困った顔で断りを入れていた。
様子を見た限り、噂通りの人物に思えた。
だからこそ余計に平折との繋がりが分からず、疑問が深まってしまう。
「っ!」
そんな時、ブルブルとマナーモードにしていたスマホが震えた。
『今日委員会があって、帰るの少し遅れます』
平折からだった。
『委員?』
『図書委員です。放課後30分程』
内容はそれだけだった。
最近平折とは家との最寄り駅である初瀬谷駅、行き帰りを共にしている。
先に帰れとも待ってて欲しいとも書いていない。おそらく俺の意思に任せる旨だろう。
先日のナンパに今日の陰口……それらを聞いた今、先に帰るという選択肢なんて俺には無かった。
◇◇◇
放課後になった。
一応、隣のクラスに顔を出してみるが、既に平折も南條凛もその姿は見えなかった。
「昴、残念だったな。太陽も月も沈んでしまってるぞ」
「いや、そういうわけじゃ……」
「へへ、隠すなよ。それよかどっか寄って帰んね?」
「そうだな……いや、今日は図書室で調べものするからいいや。康寅も来るか?」
康寅は「うげぇ」と変な声を出してそそくさと逃げ出した。
図書室で調べものなんてない。ただ、平折の図書委員という言葉が頭に残ってたから出ただけだ。
初瀬谷駅で待つという選択肢もあった。
事実、そちらのほうがショッピングモールもあるし時間つぶしには合理的だ。
杞憂だと思う。南條凛だってついている。自己満足だとわかってる。
だけど昼間に聞いた言葉のせいで、どうしても素直に帰る気がしなかった。
結局、康寅に咄嗟に言ってしまった言葉通りに、図書室にやってきてしまった。
図書室の人影はまばらで、せいぜい数人が静かに読書や勉強をしており、静かなものだった。
調べものなんてものはないが、授業で出された課題はある。せっかくならそれで時間を潰せばいい。
『図書室で課題しとく』
行き違いになっては困ると思い、簡潔にそれだけを平折に送ると、すぐさまスマホが通知を伝えてびっくりしてしまう。
『あんた、今度色々プロデュースしてあげるから、次の土曜日空けておきなさい』
随分返事が早いと思えば、平折からでなく南條凛からだった。
こちらも簡潔に『わかった』とだけ返事をし、課題に取り掛かることにした。
………………
……
だが、あまり集中できているとは言えなかった。
どうしても平折の事が気になってしまっていた。
時間を確認すれば、既に20分経っていた。
――あまり捗ったとは言えないが、時間を潰すことは出来たな。
そろそろ平折も終わるころだろうと思い、緩慢な動作で片づけをし始める。
「っ?!」
その時、窓の端から校舎裏へと歩く見慣れた長い黒髪が見えた。それだけでなく、先ほどの休み時間に姿を確認したばかりの男子――坂口の姿も確認できた。
――何故? どうして? 委員会は?
様々な疑問が脳裏に浮かんでくるが、考えるよりも早く図書室を飛び出していた。
2段飛ばしで階段を転がり落ちるかのように降り、廊下は周囲を気にせず全力疾走。
バクバクと喧しい心臓は、果たして走っているせいなのか動揺のせいなのか。
逸る気持ちを、昼間南條凛に押しとどめられた手を握ることによって、強引に蓋をする。
「っ!!」
「おっと!」
校舎裏への曲がり角、一人の男子生徒――探し人の一人である坂口健太とぶつかりかけた。
その顔を目の前にして、目の前がカッとなってしまう。
「おまっ!!」
「すまない、僕は急いでいるんだ!」
大声を上げそうになるが、坂口の予想外の苛立ち混じりの怒声に、頭の中が赤い激情から困惑に塗り替えられてしまう。
その瞳には、義憤とも言える色があっただけに、ますます混乱した。
だが、それよりも今は平折だった。
その場を再び駆け出し、先ほど見かけた地点へ走りだす。
「平折っ!」
「……っ!」
校舎裏の目立たない影のところに、平折が俯きながら佇んでいた。
俺が声を掛けると、まるで怯えたかのようにピクリと反応する。
――まさか坂口に何かされたんじゃっ?!
冷静を心がけてその姿を見てみるに、着衣の乱れやましてやどこか暴力を振るわれた形跡などなかった。
最悪の状況ではないと安堵しつつも、なんともやりきれない思いに見舞われる。
それらを振り払うかのように頭を振って、ゆっくりと平折に近づいていく。
「大丈夫か?」
「……ぅん」
「アイツに何かされたのか?」
「……何も、されてないです」
何でもないと力無く笑うその姿は、いつかの我慢を自分に強いている姿と重なってしまった。
そして、先日ナンパされて怯えから腰を抜かしてしまった時の姿とも重なる。
――そういう、ことなのか?
きっと、坂口健太という人物像から察するに、何かされたと言う訳ではないだろう。
だが、これに関してはオレはどうしていいかわからない。
ことこれに関しては、同性の手慣れた奴に聞くのが良いだろう。
「平折、今南條を呼――」
「待って!!」
「――平折?」
普段と、そして今の状態からは考えられないような大声だった。
それだけでなく、どこかに行くなと俺の制服の裾を掴む。
「一人にしないで……」
振り絞るかの様な声で呟く。
……
言葉が出なかった。
何て言っていいかわからなかった。
振り向いて顔を覗けば、まるで何かに怯えているかのように見えた。
「今の顔、見られたくないです」
「あぁ……」
そうやって言葉を返し、背中を向けるのが精一杯だった。
後ろからは、いつか感じたのと同じ視線を感じる。
――あれ、これは……
だが、ぐるぐる考えが巡っている頭ではよく思い出せなかった。
そして掛ける言葉も見つからなかったが……これだけは伝えたかった。
何て言っていいか分からないなりに、様々な感情を込めた。
「俺の前で我慢するなよ」
「~~~~っ!!」
同時に、ギュッと背中から平折が抱き付いてくる。
その身体は小さく震えていて――大丈夫だぞと思いを込めて、腹に回された手を握った。
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