第23話 同志・南條さん
「……ごちそうさま」
「平折? まだ半分も食べてないじゃない」
ごめんなさい、食欲が……と言って、自分の部屋へと戻っていく。
その日、平折は夕食に殆ど手を付けていなかった。
ただでさえ食が細いというのに、心配になってしまう。
弥詠子さんも、オロオロとするほどだ。
やはり、頬の件が尾を引いているのだろうか?
「昴君、平折に何かあったのかしら?」
「……それは」
母親として気になるのは当然の事だった。
だが俺は、言い淀んでしまった。
あの件に関しては平折は何も無いと言っている。
そして状況証拠はあるが、実際の所は憶測でしかない。
「……」
「……」
弥詠子さんとの間に沈黙が流れる。
それは俺への問い掛けだった。
言い淀んでしまった事から、何かを察したのかもしれない。
問題はあるかもしれないが、まだ今は何も言えない。
――それに何かあれば俺が守れば良い。
だから、大丈夫だと思いを込めて頷いた。
「……そぅ」
「……あぁ」
弥詠子さんは小さく呟き、目を細めた。
どうやら、とりあえずは俺に任せてくれる信頼を寄せてくれる様だ。
その微笑みは、どこか平折に似ていた。
◇◇◇
『~~~~♪』
部屋に戻ると同時に、スマホが鳴りだした。
「ん……げっ!!」
相手は南條凛だった。
よくよく画面を見てみれば、数分おきの着信と鬼の様な数のメッセージが届いていた。
「すまん! 今気付――」
『どういう事かしら?』
俺の言い訳を遮って、地獄の底から響いてくるような声が聞こえてきた。
一瞬南條だよな? と疑ってしまう程の、聞いたことのない声だった。
もしこの声だけを聴かせたら、誰も南條凛だとわからないんじゃないか?
それ程の怒気を孕んだ声だった。
「最寄り駅で降りたとき、吉田平折を見かけたんだ。そしたら右頬が赤くなっているのに気付いて」
『見間違いとか勘違いでなく?』
「あぁ、間違いない。南條、誰がやったとかは……」
『わからないわね。正直やらかしそうな子の心当たりが多過ぎて……でも理由ならわかるわ』
「理由?」
『簡単に言えば――出る杭は打たれる、よ』
なるほどな、と思った。
今までの平折と言えば、地味で目立たない存在だった。
それがあれよあれよと噂の人だ。
特に最近は、南條凛が平折にべったりしていると言える状況だった。
おそらく、女子間でのカーストじみたものの変化から、そういう事に至ったというのは想像に難くない。
――気に食わないと思う人が出てくるのは当然か。
だが……
「平手打ちだなんて、余程のことがないとされないと思うのだが……」
『確かにそうね……そこまでされる理由があったのか、それとも突発的に理由もなくやられたのか……それによってこちらの出方も変わってくるわ』
「……」
『……』
答えの出ない問題に、俺達は無言になってしまった。
スマホ越しに、互いのどうしたものかと思案する息遣いが聞こえてくる。
何とも言えない沈黙だった。
共に平折の問題を考える、同士だと感じられる沈黙だった。
だから、決して嫌な感じは全然しなかった。
『とりあえずこの問題は置いておきましょう。今考えても答えは出ないし……歯痒いけれど……』
「そう、だな……」
『アンタは…………』
「……南條?」
『いえ、今はいいわ。それでもう一つの方なんだけど……』
「あぁ」
もう一つの方、それは俺が後で送った俺の相談だろう。
正直、南條凛に聞くような事ではないかもしれない。
俺は男で平折は女の子だ。色々と条件も違う。
ただ、俺自身が変わろうとするための意思表明として、同志とも言える彼女に聞いてもらいたいという想いがあった。
『また一体どうしてなのさ?』
「学校でも南條達と普通に話せるようになりたいなと思ってさ」
『はぁっ?!』
「――っ!!」
スマホからは耳がキーンとしてしまう程の大声が発せられた。思わず耳から離してしまう。
そこまで驚かれるとは思っておらず、こっちもビックリしてしまう。
そして、少し弱気が顔を出してしまった。
「俺じゃ顔の素材からして無理か?」
『え、いや、その……倉井はそんな悪くないと思う、けど……』
「思ったんだが、最近の吉田平折と南條はセットのようにいつも一緒だ。誰から見ても……俺から見てもレベルの高い2人だと思う。そこに割って入ってもおかしくない様になりたいのだが……」
『え、いや、その、倉井の頑張り次第だと思う』
「本当か?!」
『え、えぇ』
やはり、学校では南條凛が目を光らせているとはいえ、心配だ。
今の平折は南條凛と並ぶほどの美少女だ。
そんな彼女達に話しかけるとなると、最低限見劣りしない程度にはなりたい。
ちょっと自信はなかったが……南條凛のお墨付きがあるなら希望が持てる。
見た目に関してはこれで良いとして、他にも色々と考えないとな。
さて、それより今は――
「よし、今日もゲームするか」
『このタイミングでそれ?!』
「? あれ、変な流れだったか?」
『……はぁ、別にぃ』
今度は大きなため息が聞こえてきた。
自分の事も何とかしないといけないが、平折のいつもの日常も大切だ。
きっと今日も先にインして待っているに違いない。
通話を終えたスマホには、メッセージが届いているのに気付いた。
『今日こそは亀の素材が欲しいです。サンクさんもそのエリアに行けるようになりましたし』
そうだ、今は学校であった嫌な事があったことを忘れるくらい、ゲームをしよう。
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