第22話 自覚してくれ
「ぁ、あの、手……」
「っ! ……ごめん」
慌てて肩を掴んでいた手を離した。
目の前の平折を見てみれば、困った顔で掴んでいた肩をさすっていた。
どうやら思っていた以上に頭に血が上っていたらしい。
――南條凛にも、冷静になれと言われたばかりだというのに。
「ふぅー……」
大きく一つ深呼吸をし、焦りにも似た気持ちを吐き出していく。
そして俺は、そっと平折の赤くなった頬に、出来るだけ優しく手を添えた。
「平折、大丈夫か?」
「ふ、ふぇっ?!」
そこはほんのりと熱を帯びていた。腫れているから当然だ。
よく見れば髪も、無造作に引っ張られたかのように少し乱れている。
そして学校で聞いた、平折へ向けられていた悪意の囁きを思い出す。
何かあったのは想像に難くないが、当の平折は何も無いと言っている。
――無理はするなよ。
そんな思いを込めて頬を撫で上げ手を離す。
「何かあったら言えよ」
「ぁ……ぅん」
手を放した平折を見れば、切なげにため息を漏らして瞳を潤ませていた。
もしかしたら、頬を打たれた時の事を思い出しているのかもしれない。
何もできない自分が歯がゆい。
こう見えて平折は、頑固で意固地だということを、
目当てのドロップがあるなら出るまでひたすら籠るし、ガチャならば目当てのモノが出るまでひた回すタイプだ。
聞いたところで、おそらくちゃんと答えてくれることはないだろう。
――この頬の事は南條に伝えないとな。
彼女ならきっと、何か良いアドバイスをくれるに違いない。
「そういえば、何か頼みごとがあるのか?」
「ぇ……ぁ……ぅん」
一体、ここに呼び出した用は何なのだろうか?
頬の件は自分でも言われるまで気付いていないような反応だったので、その事ではないだろう。
今日は先日のように雨は降っていないし、生憎他に何か用事が思い浮かぶわけでもない。
「ぁ……ぇっと、その……」
「何でも付き合うぞ、言ってみろ」
出来るだけ心配するなと気持ちを込めて行ってみるも、平折は顔を赤くして俯き言い淀む。
それ程、言いづらい事なのだろうか?
――でも、逃げ出さないだけマシか。
そんな事を思いながら、ジッと平折を見つめて待っていた。
「……」
「……」
いつもの沈黙が流れていた。
1分か2分、暫くして、意を決したのか顔を上げ、まっすぐ俺の目を見て言った。
「ふ、服を、一緒に選んでくださぃ……」
「服?」
◇◇◇
いきなり服と言われて一瞬どういうことかと思ったが、つまりは今度の週末、南條さんとの買い物に行く時に着ていくものが欲しかったらしい。
以前見た南條凛に選んでもらった服があるのではと思ったが、どうやらそれではダメとの事。
どうしても自分で選んだもので行きたいと言う。
――俺としては、あれは
『ち、ちゃんと自分で選べるのを知ってほしくて』
確かに、平折が変わった切っ掛けを作ってくれたのは南條凛だ。
だけど、変わりたいと言い出したのは平折だ。
一方的に頼るだけじゃなく、ちゃんと自分でも出来るようになったところをアピールしたいという。
だから俺に協力して欲しいということだった。
――やっぱり平折は凄いな。
改めて感心してしまう。
俺達は初瀬谷駅に隣接するショッピングモールに来ていた。
地方都市の余った広い土地で3階建てのそこは、様々な商業施設が入っている。
服などアパレル関連を見るには、手近で打って付けの場所と言えた。
「うぅぅ~……」
平折はと言えば、その手入れのされた綺麗な眉を八の字にして、唸り声をあげていた。
その目線の先を追ってみれば、いずれも黒くて地味でもっさりしているものばかり。
確かにそれは平折らしくあるのだけれど、今の平折にそぐわない。
「さすがにそれは地味過ぎないか?」
「ぁぅ……」
手に取ろうとしたものがあまりにアレな感じだったので、思わず口を挟んでしまった。
そんな平折のチョイスに今までとあまり変わっていないなという安心感と共に、なるほどこれは協力を要請してしまうなと納得する。
じゃあどれが良いの? と平折が目で訴えかけてくるが、こちらもなにぶん苦手の分野。思わずたじろいでしまう。
そっと目を逸らした先にはマネキンにがあった。
平折に似合いそうな可愛らしいデザインの服だった。
「……」
「あーいや、平折、そのな……」
だけどそれは、襟元がざっくりと開かれ胸元を強調するかのようなデザインだった。
残念な事に、平折のそこはあまり恵まれているとは言い難い。
涙目で頬を膨らましてペタペタと自分の胸を触る。思わず心の中でゴメンと謝ってしまった。
とはいうもののここまで来た以上、何もしないという訳にはいかない。
あまり女子の服には明るくないが、先ほど南條さんに様々な種類の服を見せられた。
それらを意識して、平折に何が似合うか考えていく。
……
今の平折の姿を見てみる。
ブラウスの襟元やリボンもキッチリ締められ、品を損なわない程度に短くされたスカート。
真面目で清楚なイメージだ。
フィーリアさんとして現れた平折を思い出してみる。
それも今と同じく、どちらかと言えば清楚なイメージを引き立たせる格好だ。
なるほど、それは確かに平折の普段のイメージに沿ったものだろう。
だが俺は、今まで一緒にゲームで遊んできたフィーリアさんという側面を知っている。
天真爛漫でちょっと強引、だけど人懐っこくって周囲を引っ張っていく女の子。
それと、さっき見せられた南條凛のファッションショーの衣装と照らし合わせていく。
「なぁ、これなんてどうだ?」
「ぇ?」
「似合うと思う……試してみてくれ」
「ぇぇっ?!」
驚く平折を試着室へと促す。
多少強引だったかもしれない。だけど平折とフィーリアさんに重ね合わせて、似合うと思ったものを選んでみた。
きっと、それは――
「~~~~っ」
「……ほぅ」
白地を基調として赤い花をあしらったノースリーブのカットソーに、幾重ものひらひらが重なった短い丈の水色のティアードスカート。
どちらかと言えば可愛らしく、無邪気な感じのする出で立ちだった。
少し幼い感じはするが、それも小柄な平折にはよく似合っていた。
「うん、いいんじゃないか?」
「でもこれ、スカート、短い……」
「そうか、嫌なら他の――」
「――買う。折角……選んで……ったし……」
悩んだ様だったが、結局は購入を決めた。
俺の平折の、他の人は知らないであろうイメージで見立てた服だったので、変に思われないか不安だったが……
気に入ってくれて妙な嬉しさが込み上げてきてしまった。
南條凛も驚いてくれるといいな。
◇◇◇
買い物を終えて、どこかホクホク顔の平折と帰路に着こうという時だった。
「あ、あの! ちょっと、待ってて、くださぃ……」
「どこか見たいものがあるなら付き合うが――」
お、お手洗いです! という、普段よりかは強めな口調と赤めな顔で言われ、それ以上は何も言えなくなってしまった。
中々女の子というのは難しい。
降ってわいたこの空白の時間、手持無沙汰ではあるが、俺にはやらなければいけないことがあった。
『吉田平折と家の最寄り駅で遭遇した。その頬が、誰かにぶたれたかのように赤くなっていた』
南條凛への報告だ。
俺と平折の関係性がバレないように配慮してメッセージを送ったが……少しだけ不義理な事をしているような罪悪感も顔を出してしまった。
俺と平折の義兄妹関係性がバレてはいけない――
だけど、平折が色々世話になっている南條凛に隠し事をしているという、何ともしがたい気持ちもあった。
その為、文面を考えるのに結構な時間がかかってしまった。
……
そして、結構な時間がかかってしまったにも関わらず、平折の帰りが遅かった。
平折は人を待たせるよりかは、自分が待ったほうが良いと考えるところがある。
ゲームのパーティ募集でもその傾向があるし、朝の髪などの手入れや準備何かでも、いつも俺より早く起きているのがその証左だ。
――何か妙な事に巻き込まれているんじゃないか?
先ほどの赤い頬を思い出すと居ても立っても居られなくなり、最寄りのお手洗いへと足を運んでしまっていた。
「なぁ、いいだろ? 俺と一緒に遊ぼうぜ」
「ぇ……ぁっ……」
少し歩いたところでは、チャラそうな金髪の男に強引に言い寄られている平折がいた。
その顔は怯え切っており、ここからでも肩が震えているのがわかる。
誰だ、とか、何が、とか――考えるよりも先に、身体が動いてしまっていた。
「おいっ!」
男を押し退けるように、間に入っていった。
背中に平折を隠し、感情をむき出しにした顔でそいつを睨む。
「平折に何か用か?」
自分でも驚くほどの低い声が出ていた。
平折に恐怖を感じさせ、肩を震わせているという事実がどこまでも脳を沸騰させてしまった。
「チッ、男連れかよ」
きっと俺は、手負いの獣みたいな厄介な顔と態度をしていたのだろう。
男は程なくして、悪態を吐いて去っていった。
それよりも平折だ。
「大丈夫か?」
「ぇ、ぁ、だいじょ……」
口とは裏腹に、平折の腰は抜けたようになっていた。
思えば、つい先日まで平折は地味で目立たない女の子だった。
それが急に見知らぬ男に詰め寄られて驚くというのは、十分に理解できた。
「……」
「仕方がないな」
どこか呆れたようにため息を漏らすが――家まで俺が力になれるなと思い……そんな自分に少しだけ嫌気が差した。
…………
……
結局平折は腰に力が入らず、俺が背負って帰ることになった。
幸いにして帰る場所は一緒だ。
「……」
「……」
またも帰り道は無言だった。
いつもと違うのは、俺のいら立ちを隠せていないことだろうか?
誰に対してというわけじゃない、自分に対してだ。
色々と浅ましい自分に対して呆れにも似た感情を抱いてしまっていた。
「あ、あの、ごめんなさい……」
「……っ! ちげぇよ」
「……」
「……」
そして平折に謝らせてしまって、余計にグツグツとした感情が、腹の中で渦巻いていた。
だというのに、平折は中々その事をわかってくれなかった。
「わ、わたしが不注意でっ――」
「平折」
それは自分が情けないやら、申し訳ないやら、様々な感情が混じった言葉だった。
諭す、懇願、というのが一番近いかもしれない。
どうしても、平折に言いたい言葉があった。
「もう少し自分が可愛いという事を自覚してくれ」
「ふぇっ?!」
「わかってるのか、平折?」
「……ぁぅ」
返事の代わりに首に巻き付いた平折の腕が、ぎゅっと締め付けてきた。
イエスともノーとも取れる返答に、俺はまたもため息をつく。
もっと俺自身も変わらないとな……
平折に気取られない様、スマホを取り出す。
先ほど南條凛に送ったメッセージに、一言追加で送った。
『俺も変わりたい。相談にのってくれ』
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