第21話 赤い頬と愛想笑い


 山の手にあるタワーマンションは、相変わらず威容を誇っていた。

 その外見だけでなく内装も普段見ることのない豪華さで、二度目とは言え場違い感を拭えない。

 更には学園のアイドルとも言える南條凛の一人暮らしの家に招かれたとあっては、緊張の極致に至ってもおかしくないだろう。


 だけど俺は、現在困惑の極致に居た。


「これはどうかしら?」

「……良いんじゃないか」

「んー……さっきより微妙に反応が良い気がするわね。こっちの方が肌色面積が多いし……アンタもやっぱ男子だねぇ」

「うるせーよ」


 思案顔でそんな分析じみたことを言う南條さんは、その女の子らしい撫で肩がよくわかるオフショルダーの白いトップスに水色のフレアスカートと言うカジュアルな服装になっていた。

 ちなみにさっきのというのは、秋らしい色柄のニットのワンピース。その前が落ち着いた感じのモノトーン基調のセットアップ。

 他にもふわふわして女の子らしい感じのモノや、キリっとしたボーイッシュなもの、色気溢れる大人びたものなど、様々な服をどうかと見せられていた。


 手持ちの服の種類の多さもさることながら、そのどれもを魅力的に着こなしていたのは、さすがだと感嘆してしまう。


「あぁ、もう! 週末の吉田さんとの買い物、一体どれを着て行けばいいのよ!」

「知るかよ……」


 思わず、呆れた声でツッコんでしまう。


 真剣な顔で話があるからうちに来いと言うものだから、平折の周囲の事の件かと思いきやのファッションショーだ。

 ちょっと拍子抜けしてしまっていた。


「大体平お……友達と買い物に行くだけだろう? 自分の好きなものを着て行けばいいだけじゃないのか?」

「……ないのよ」

「は?」

「こういう時って、大体相手の好みそうなものを着て行って合わせてたから……自分の好きな物って言われると、ないのよ……」


 強いて言うなら部屋着のジャージかしらね、と自嘲気味に呟いた。

 どうせなら相手の趣向に合わせた格好をして好ましい空気を作りたい――今まで周囲の空気を過剰に読み続けて猫を被り続けてきた少女にとって、それは深刻な問題の様に見えた。


 ――しかし、そこでジャージとか……


 思わず平折の家での姿を思い浮かんでしまい、なんだかクスリと笑ってしまう。


 とはいうモノの、俺も平折の好みの恰好何て知らない。家で見かけるのは大体ジャージか制服だ。

 フィーリアさんゲームの平折の好みなら多少わからなくもないが……あれはゲームの中であって、現実世界で言えばコスプレの範疇になってしまう。


「どうせならあまり特徴の無い服で行って、一緒に何が良いか選んでくればいいんじゃないか?」

「……っ! それ、採用! 倉井もなかなかいい事言うわね。あ、ちょっと待ってて!」


 天啓を得たりと言った顔をした南條凛は、もう何度目かの自分の部屋へと引き返して行った。

 そして数分、隣の部屋から『これかな?』『無地の方がいいか』という声をさせ、着替えて戻ってくる。


「あまり特徴のない……これでどうかしら? 変じゃない?」

「……っ」


 それはデート等で定番ともいえる白のワンピースに、秋っぽい色合いのジャケットを合わせたものだった。

 確かに特徴があまりないと言えばそうなのだが、その分彼女の美貌が浮き彫りになり、思わずドキリとしてしまった。


「ふーん、悪くない反応ね」

「うるせーよ。南條ってさ、いつもこういう買い物に行くときって、こんなに悩んでるのか?」

「だって……友達・・と行くのなんて初めてなんだもの……」

「……そうか」


 照れ隠し半分呆れ半分で言葉を返すと、恥ずかしいような困ったような、予想外の反応を返されてしまった。


 それ以上何も言えなくなってしまった。

 それだけ彼女にとって平折が大切な存在になっているというのが分かってしまった。


 ――嬉しい様な、少しモヤっとするような、不思議な気分だ。


 だからこそ、ついでとばかりに気になっていたことを聞いてみた。


「そういえば南條がひ……吉田平折のプロデュースしたって話だけど、その時一緒に服とか買ったんじゃないのか?」

「あの時は行きつけの美容院を紹介して、服は雑誌で勧めただけだからね。買い物は初めてなのよ」


 半ば好奇心と面白半分ってのもあったけどね、と付け加える。


「まぁだけどね、あの地味で目立たなかった吉田さんが、顔を真っ赤にして自分を変えたいって言うからなんだか眩しく感じちゃって……思えばその時からかな、彼女の事が気になるようになったのは」


 ――なるほど。その時が、平折が一歩踏み出した瞬間だったのか。


 その相談した相手が南條凛だという事に、仕方がない事とは言え、悔しさに似たものを感じてしまう。


「あんたも……いや、あんたは……」

「……うん?」

「あんたも変わりたいって言うなら、あたしがプロデュースしてあげようか?」

「機会があったら頼むよ」

「ん……それよりあんたも何か話があるみたいだったけど、何なのさ? あたしに何か関係あること?」

「ああ、そうだ。もう南條も気付いてるかもしれないが――」


 と前置きして、今日気付いた平折に向けられた悪意の事を説明していく。


 今の南條凛は平折に対しては同志・・と言っても差し支えがないと思った。

 おそらく、何か良い提案をしてくれるはずだ。


 だが――


「現状、こちらから何か出来るってことはないわね」

「南條っ!」

「落ち着きなさい。そして冷静に考えて? ちょっとした噂や嫉妬から来る愚痴みたいなものよ。それを止める事なんて出来ないし、これからも付いて回る事だわ。結局は吉田さん個人の問題になると思う」

「だけどっ!」

「倉井……あたしが何も感じるところがないとでも思ってんの??」

「っ! ……ごめん」


 南條凛の目には、いっそ憎悪とも呼べる炎を宿していた。

 激情に駆られただけの俺よりも、昏く、底の知れない色だった。


 ――まずは冷静になりなさい。


 そう言いたげな瞳に、俺の頭も冷えていく。

 南條凛の言う通りだ。まずは冷静に見極め対処していかないと。


「まだ具体的になにかされたってわけじゃないわ。だから、こちらから先に手を出すことはできない。歯がゆいけれど……今は注視して見守るだけね」

「……あぁ、わかった。だけど、なにか手伝えることがあったら言ってくれ。何でもする。」

「倉井って……いや、そういうのじゃないみたいだし……」

「南條?」

「うぅん、なんでもない。あんたは他の奴とはちょっと違うかなって思っただけ」

「何だそれ?」


 ふと、穏やかな表情を見せ、俺に微笑む。


 ……


 どういう事だろうか? 熱くなっていた俺をしょうがない奴と思われたかのだろうか? ……そんな恥ずかしさがあった。



『~~~~♪』



 その時、スマホがメッセージを告げる音が鳴った。一言断りをいれて、画面を確認する。


『今どこですか? お願いがあります。初瀬谷の駅で待っています』


 ……平折からだ。


 お願いというのは何だろうか?

 これが初めてのメッセージだとか、イジメに関することなのか、はたまた別の事なのか――色々な事を考えてしまう。

 ただ、自分の心の平穏の為にも、一刻も早く平折の顔を見たいと思ってしまった。


「悪い南條、今日はもう帰るわ」

「そう……まぁ色々言いたいこともあるけど、熱くなり過ぎないでね」

「あぁ、肝に命じるよ」

「ふふ、よろしい」




◇◇◇




『今から向かう。20分程で着く』


 平折にそれだけ返し、俺達の家の最寄り駅でもある初瀬谷駅へと向かった。


 駅まで走っている間はともかく、ジッと座って電車に揺られるだけの時間は、何だかやたらと落ち着かなかった。


 途中何度かメッセージを送ろうとするが……何度も書いては消すを繰り返した。

 何を送っていいかわからなかった。


 逸る気持ちに言い聞かせながら改札を抜けると、ぱたぱたと尻尾があれば振っていそうな笑顔を魅せて、駆け寄ってくる美少女がいた。


「……ぁっ!」

「平折……っ!?」


 こちらもその姿を見止めて駆け寄ろうとするも――足がその場に縫い付けられてしまった。

 頭の中も一瞬、真っ白になってしまった。


 にぱっと、機嫌良さそうな顔をする彼女に対し、眉間の皺を寄せて詰め寄ってしまう。


「あ、あの、ちょっとしたお願いがあっ――」

「……一体どうしたんだ、平折」

「ふぇ?」

「平折!」


 その端正な右頬は、明らかに誰か人の手で付けられた赤さがあった。


「頬、どうしたんだ?」

「えっ……、あ、あの、これは……こけちゃって……その、ドジだから……」


 ――っ!


 俺の指摘で気づいたのか、狼狽した表情をみせるも、直ぐに愛想笑いで誤魔化そうとする。


 明らかに嘘だった。

 何でもないよと言いたげな愛想笑いだった。

 どこか見たことある愛想笑いだった。


 自分に我慢を強いている――あの頃俺が気に入らなかった愛想笑いと、一緒だった。


 そんな愛想笑いをさせている頼られない自分が、情けなくて仕方が無かった。

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