第17話 空回り


 今朝の南條凛には少々度肝を抜かされた。

 昨日の今日で、まさか駅前で平折を待ち伏せするとは思わなかった。


 ……ちょっと暴走気味な所が気になるけれど、普段の猫被りを見るに、きっと上手く立ち回るだろう。


 そんな事を思いながら、隣のクラスの平折と南條凛を観察していた。


「はぁ……眼福じゃあ……」

「何言ってるんだ、康寅」

「ははっ、そういう昴も見に来てるんじゃん」

「……否定はしないな」


 昨日程ではないが、隣のクラスには平折を一目見に来る人がそれなりに居た。

 俺もこのクラスの友人康寅にわざわざ用事を作って見に来ていると思われているに違いない。


 ――太陽の姫に月の姫。


 いつぞや康寅がそう評していたが、なるほど言いえて妙だ。


「あたしはこの色の方が好きだけど、吉田さんはどう思う?」

「えっと、その、私は……」

「ラズベリーと生クリームの組み合わせがいいのよね、吉田さんってどんなの好み?」

「あぅ……」


 目の前では、南條凛が積極的に平折に話しかけていた。

 傍目には活発で太陽の様に華やかで明るい美少女が、物静かで月の様に楚々とした美少女に仲睦まじく会話をしているように見える。


 実際康寅のように、顔をだらしなくさせてそれを眺めている男子も多い。


 しかし元来平折は、グループの隅の方で聞き役に徹していることが多い。

 話の水を向けられることに慣れていないのか、どこかいっぱいいっぱいになっている様子だった。


 だから俺には、仲睦まじい2人というよりも、どこか南條凛が空回りしているかのように見えた。

 そういえば、平折から何か話題を振るのを見たことがない。

 普段の平折はどんなものに興味があるのか、全然知らないことに気付いてしまった。


 精々知ってるのは、フィーリアさんゲームを通じてアロマキャンドルが好きだというくらいか。


 ――俺も平折について知らないことが多いな。


 積極的に平折に話しかける南條凛を見てそう思った。



 …………


 ……



 だから、何となく予感めいたものはあった。


『乙女の手作り弁当食べさせてあげるから例の場所に来なさい』


 昼休みに入ってすぐ、南條凛からそんなメッセージが届いた。

 平折の事について、何か話があるのだろうか?


 それはいいのだが……


『実は俺、からあげアレルギーなんだ』

『乙女の体重増加の危機の方が重要よ』


 俺は何とも言えない表情で、非常階段に向かう事にした。




◇◇◇




「待たせたな」

「遅い!」

「コレやるから勘弁してくれ」

「ん……ならいいけど」


 俺が差し出したのはペットボトルのウーロン茶。

 から揚げ地獄は回避できないと悟ったので、購買で買って来たものだ。


 お返しとばかりに寄こされたのは、タッパーに詰められたヘブンのから揚げだった。

 どうやら南條凛もコラボアバターが気になっているらしい。


「この間は、散々人のから揚げだけ弁当を笑った癖にな」

「今ならあんたの気持ちがちょっとわかるわ……そういえばアンタは持ってないの?」

「……まだ途中なんだ」

「……それは悪かったわね」

「から揚げは嫌いじゃない」

「から揚げアレルギーなのに?」


 これは自分の分のアバターも取らないと怪しまれるか――くすくすと笑う南條凛を見てそう思った。


 幸いにして渡されたから揚げの量は平折の時よりも少ない。

 これなら南條凛もお腹を壊すこともないだろう。


 そんな事を考えながら、二人してから揚げに取り掛かった。


「……」

「……」


 食事中は終始無言だった。

 誰もが羨む美少女と2人きりでの食事……何となくそれに、俺は気まずいものを感じていた。日当たりの悪さがそれに拍車を掛けているかのようだった。


 沈黙自体には平折で慣れていたのが幸いか。

 おそらくは言葉を探しているであろう南條凛をジッと待つ。


 いつしか互いのタッパーは空になっていた。


「友達ってどう作るんだろうね」


 ポツリと、南條凛は俯いたまま、暗い声色で呟いた。

 なんて答えていいか分からない呟きだった


「さぁな」

「ふふっ、倉井は友達少ないもんね。祖堅君くらい?」

「言ってろ」


「でも――全く居ないあたしよりマシよね」


 ……


 言葉に詰まってしまった。


 ――普段あれだけ周囲に一杯いるだろう?


 そんな言葉が思い浮かんだが、口の中で呑み込んだ。

 とてもじゃないが、そんな事を言える空気じゃなかった。


 なんとなくだが……どこか納得している自分もいた。


「どうして」


 困惑する頭で、それだけの単語が零れ落ちる。


 色々疑問はある。

 だけど、どうしても気になった事があった。


「どうしてひ……吉田平折なんだ?」


 他にも色んな子がいるはずだ。

 仲には社交的で、なんでも話せる親友になってくれる子だっているはずだ。


「あの子ね、結構ドジなのよ」

「へ?」

「何でもないところでこけそうになるし、アレで結構抜けてるところもあるし……意外?」

「……それは」


 最近、ちょっとそうじゃないかなと思う事もある。

 今朝だって……だけど、それと何か関係が……?


「それであの性格だし、初めて会った時は孤立気味で……だから手助けして、あたしの好感度を上げるためのダシにしてやろうって思って近づいたわけ」

「……打算的なやつだな」

「ひどいやつよね、あたし。まぁ女同士色々あるんですよ」


 しかしそれで、平折が救われたのは事実だろう。だからこそ平折は彼女に憧れたと言っているわけだし。

 俺としては正直複雑な心境だ。


 しかし、何故……?


「吉田さんだけがね、あたしを……誰かを悪く言う事がなかった。だからあの子は違うかなって……」

「そうか……」


 先日の非常階段で普段仲良くしている子からも、陰口を言われていると言っていたっけ。

 それはきっと、南條凛には重要な事なのだろう。


「こんなあたしだから、吉田さんも話しかけられても困ってるのかもね」

「それはない」

「……え」

「それだけはない」


 自嘲気味に嘆く南條凛に、断言した。

 詳しい事を言えないのが歯がゆかった。


「じゃあ、どうしたら――」

「フィーリアさんに聞こう」

「へ?」

「いや、その、南條が言ったように友達の少ない俺よりフィーリアさんの方がそういうのに詳しいっていうか、きっと良い意見を言ってくれるというか……っ!」


 気付けばそんな事を言っていた。

 自分でも他人に丸投げするような格好になり、どうかと思う。


 だけど、それはきっと良い方向に転ぶはずだ。


 だって2人は――


「あとほら、顔が見えないゲーム越しだからこそ、話せることもあるんじゃないか?!」

「……くす。そうね、そうかも」


 自分でもらしくないくらい、熱く語ってしまったと思う。

 ふと我に返ると、羞恥で顔が熱くなってしまっているのがわかる。


 だけどその分俺の熱意が伝わったのか、南條凛の暗かった顔がどんどん晴れやかになっていく。


「ありがと、倉井」

「お、おぅ……」


 だからきっと、顔が赤いのは――南條凛の華やぐような笑顔のせいではないはずだ。

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