第18話 夕立
放課後になった。
隣のクラスへ平折の様子を見に行くも、既にその姿は無かった。
既に帰ったのだろうか?
……逃げ足の速さは折り紙付きだからな。
「昴? ははぁん、残念だけど月は既に隠れてしまってるぞ」
「……それは残念」
ニヤニヤした顔で話しかけてくる康寅に、肩をすかめて返事をする。
「凜ちゃんもう帰るの?」
「ざんねーん」
「ごめんね、今日はちょっと用事があって」
一方南條凛は、手早く荷物を纏めて帰るところだった。
そんな彼女と目が合ってしまう。
「……」
「……」
どこか緊張したような面持ちだった。
その瞳は、あんたもさっさと帰りなさい、とでも言いたげだ。
教室を出る時、念を押すようにこちらに振り返り、そして足早に去っていった。
「あ~あ、太陽も沈んでしまったか……となると教室に残ってる意味はないな。昴、どっか寄って帰るか?」
「コンビニ」
「小腹が空いたのか?」
「そんなところだ」
そんな事を話しながら、康寅と連れ立って学校を出る。
運の悪い事に、空は随分とどんよりとしていた。
もしかしたら一雨くるかもしれない。
天気が気にかかりつつも、学校にほど近いコンビニに入り、から揚げを買った。
6個入り178円……結構なボリュームがあり、コスパは良いと思う。
コラボアバターの為にこれを7つとなると……とてもじゃないが1日で食べる量じゃない。
――平折は一刻も早くコラボアバターが欲しいからって、一気にまとめ買いしたんだよな。
先日平折に協力したことを思い出し、くすりと笑いが零れてしまう。
「ところでさ、昴は実際どう思う?」
「何がだ?」
「決まってんだろ、吉田さんだよ!」
「……あぁ」
突然にその話題を出されて、一瞬ドキリとした。
俺にとって平折の話題はデリケートな問題だ。
特に今は、義兄妹だとバレたら大変な事になりかねない。
「ぶっちゃけかなりレベル高いっしょ? 狙ってる奴も多いだろうし」
「……狙ってる? いや、まぁ確かに可愛いと思うが」
「でしょー? 押せばなんか押し切れそうっていうかさ、そんな感じだって言われてるし」
「なんだよ、それ……」
何だかくらりとしてしまった。
腹の奥底にぐつぐつしたものが生まれ、吐き気にも似たようなものが喉をせり上がってくる。
見た目が良くなったから――その周囲の手のひらを返したかのような反応に、なんだか苛立ちを隠せなかった。
「中身とかよく知らないのに、よく付き合いたいとか思うよな」
悪態を吐くかのように、そんな言葉が飛び出した。
言わずにはいられなかった。
「いやー可愛い女の子と付き合いたいって誰だって思うっしょ。知らないところは付き合ってから知ればいいな、みたいな?」
「……俺にはわからんな」
「ははっ、昴はそうか。でも実際さ、南條さんがあれだけ告白されまくってんじゃん? そんなもんだよ」
「……そうだな」
納得することはできなかったが――康寅の言葉には一理あった。
だけど、どうしても表面上だけしか見ずに、相手とどうこうなりたいという考えに賛同は出来なかった。
『かーっ、やってらんねー! あいつも結局上っ面しか見てねーのな』
今なら、かつて南條凛が言ってたその気持ちが、よく理解できる。
平折を助けたい、周囲が気にいらない――なるほどな、俺も同意だ。
「はは、もしかしたら吉田、今頃誰かに告られてたりしてな」
「……そんなっ」
馬鹿な、と言い捨てることは出来なかった。
去年、南條凛が入学1週間しないうちに告白されて話題になったのを思い出す。
放課後になってから一度も姿を見ていない。
今どこにいるかもわからない。
途端に不安な気持ちが押し寄せてきた。
――ポツ……ポツ……
そんな俺の心境に呼応するかのように、雨が降り出してきた。
「っと、これ大きいのくるかも? 駅まで走ろうぜ、昴!」
「……あぁ」
◇◇◇
電車に乗る頃には、大雨になっていた。
窓から降る雨を眺めながら、スマホの連絡先を眺める。
そこにはいくら探しても平折の名前がなかった。
――連絡先さえ知らないのな。
平折は義妹だ。義理の兄妹だ。
他人と言うわけではないけれど、肉親かと言われるとそうではない。
そんな不思議な関係だ。
同じ家に住んでいるし、同じゲームをしている。学校も同じだ。
その気になれば、直ぐに連絡が取れる――
だから気にしたこと無かった。
わざわざスマホで連絡をするという考えに、至ってなかったのも事実だった。
それなのに今、連絡が付かないというだけで、とても不安な気持ちになってしまっていた。
『初瀬谷駅~、初瀬谷駅~』
駅に着いたが、相変わらずの雨だった。
傘無しではさすがに躊躇うレベルの雨足だ。
夕立だからすぐに止むものかなと空を見上げてみるも、一向に弱まる気配は無かった。
平折は大丈夫なのだろうか?
今更連絡先を聞くにはなんて、どうしたらいいのだろうか?
胸の中は空と同様荒れ狂っていた。
「あ、あのっ!」
「……え?」
改札を出たところで、ちょこちょこと飼い主を見つけた犬のように近づいてくる美少女がいた。
長い黒髪を尻尾のようになびかせて、突然の事でぽかんとしていた俺の懐まで、一気に距離を詰められる。
「平折?」
「~~っ」
平折だった。
今頃誰かに告白されてるんじゃ? いや、それは俺と康寅の勝手な想像か。でもどうして?
思いがけない平折の登場に、狼狽してしまう。
「あのっ、雨、急に降って来て……その、強いし、わたし折り畳みあるからっ、一緒に……」
「……あー」
必死な様子で、普段の平折からは考えられない早口だった。
胸元では小さな赤い折りたたみ傘を抱え、アピールしてくる。
どうやら俺の傘事情を気にして、待っていてくれたようだった。
先ほどまでに感じていた不安とか、焦りとか、そういったものが雨と一緒に流れていくかのようだった。
「迷惑……でしたか?」
「……っ! そんなことねぇよ! その……ありがと」
「~~~~っ、ぅん」
「俺が持つよ」
平折の折り畳み傘は、彼女の体格に合わせた大きさなのか、思ったよりも小さい。
持ち主が雨にかからぬようそちらの方に傾ければ、俺の右肩は完全にずぶぬれになってしまうだろう。
だけど、そんなことは関係なかった。
なにより俺の事を気にして待っていてくれた――その心遣いが嬉しかった。
小さく頷く平折のはにかむ顔を見ていると、荒んだ心が洗われていくかのようだった。
だからなのか、聞きたい言葉はスラっと出てきた。
「なぁ平折、今更だけど連絡先を教えてくれないか?」
「……ぇ」
出てきたのはいいが――今度は俺が、早口になってしまう番だった。
「いやほらその、今後もこんな事があるかもしれないし、そんなとき連絡先が分かれば色々スムーズになるっていうか……」
「……今後も」
なんだか小恥ずかしかった。
平折が早口になってしまうのが、分かる気がした。
「いいか……?」
「…………はぃ」
雨の初瀬谷駅の時計下。
フィーリアさんと初めて待ち合わせした場所。
そこで俺達は、初めて連絡先を交換した。
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