第13話 ありがとう、お義兄ちゃん
赤く染まった住宅街を足早に歩く。
俺が前で、その少し後ろが平折。
先ほどと同じ構図だが、心なしか2人の距離は近かった。
「……」
「……」
2人の間に流れるのは、最近お馴染みなりつつある沈黙だった。
ただいつもと違うのは、俯き顔を赤くしているのが俺だという事だろうか。
……我ながら大胆な事を言ったと思う。
色々と
実際、南條凛への対抗意識めいたものがあったというのも否定しない。
しかし、無意識の内から飛び出した本音というのも事実だった。
だからその事を自覚すると、熱くなる顔を夕日のせいで誤魔化せないほどになってしまい――そっぽ向くことしか出来なかった。
――もしかしたら、普段平折が逃げ出すときの心境ってこんな感じなのだろうか?
そんな事を思ってしまう。
考えれば考えるほど、それらを打ち払うかのように、足の運びが早くなるだけだった。
「……ただいま」
「……ぃま」
結局気まずい様な、むず痒いような空気のまま、家に着いてしまった。
平折と視線を微妙に外したまま靴を脱ぐ。
お互い名残惜しい様な気持ちがあるのか、妙にノロノロと脱いでいるのがなんだか可笑しかった。
「あら、お帰りなさい。2人が一緒だなんて珍……し……い…………平折?」
「弥詠子さん」
「~~~~っ!!」
俺達の帰宅に気付いたのか、弥詠子さんが出迎えてくれた。
だがその顔は、俺達の――正確には髪を降ろしどこか垢抜けた平折の姿を捉えると、どんどん驚愕に満ちたものへと変化していく。
「……」
「……」
平折と弥詠子さんの間に、何とも言えない沈黙が流れる。
互いに何と言っていいのか分からないといった様子の沈黙だ。
見つめ合っては、目をしぱたたかせ、時折小さく身動みじろぎする。
傍から見れば、何をしているんだろうかとつっこみたくなるような光景だ。
しかしよくよく見れば驚きだけじゃなく――戸惑い、歓び、そして心配……それら様々な感情が込められているのがわかる。
それらは確かに、母娘の会話だった。
まったくもって、似た者母娘だった。
「……そぅ」
「……ぅん」
どこか安心したかの様な微笑みを魅せる弥詠子さん。
そしてはにかみながらコクンと小さく頷く平折。
……残念ながら俺には、平折たちの
だけど、2人の間に通じる何かがあったのだろう。
そこには言葉はなくとも母娘家族の信頼ともいえる絆があった。
――それが何だか、少し羨ましかった。
◇◇◇
その日の夕食は、心なしか豪華なような気がした。
平折の好きなポテトグラタンは、いつもよりふんだんにチーズが盛られている。
付け合わせのサラダは白身魚のカルパッチョに変化していた。
そして何より、弥詠子さんの機嫌がすこぶるよかった。
ニコニコと目尻が下がった瞳が見つめる先は、髪を下ろして若干のお洒落をした自分の娘平折だ。
――そういえば、弥詠子さんがおシャレした平折を見るのは初めてなんじゃないか?
……なるほど、それが嬉しい事……なのか?
その平折はと言うと、ニコニコ顔の弥詠子義母さんにずぅっと見られているのが恥ずかしいのか、むず痒そうにしていた。
「ご、ごちそうさまっ」
顔を終始真っ赤にしたまま夕食をたいらげた平折は、耐えられないとばかりにそそくさと自分の部屋に戻っていった。
――やれやれ、相手が母親でも似たような反応か。
そう思うと、口元が何だか緩くなるのを感じた。
っと、そう言えば平折とゲームをしようってわざわざ約束していたんだった。
いつもは特に示し合わすことなくログインしたりしていたが、こうして待ち合わせのように約束するのは初めてじゃないか?
わざわざ遊ぶゲームの約束をするという事に、なんだか特別な事をしているかのように錯覚し、なんだかそわそわしてきてしまった。
――あまり待たせると、平折に文句を言われるかもしれないな。
そう考えると、なんだかくつくつと笑いが漏れてしまった。
早く向かわないとな……目の前の食事を片付ける事を再開した。
「ありがとうね、昴君」
「……んぐっ?! んっ……けほっ!」
それは不意打ちだった。
変なタイミングでポテトグラタンを飲み込んでしまい、咽てしまう。
「ご、ごめんなさいっ」
「いえ、大丈夫です……」
妙に間が悪くて、こうあたふたするところとか平折と似ているな、などと思ってしまう。
だけど、いきなりお礼を言われるその意味がわからなかった。
「一体何のことかわからないんですが……」
「何って……平折の事よ」
「平折の?」
「えぇ」
どういうことか分からなかった。
困惑したままの表情で弥詠子さんにどういう事かと目で話す。
「あの子にはずっと我慢を強いてきたわ……いつしか自分を押し殺し、当然だと思うようになり、私もそれを受け入れてしまった。周囲に迷惑かけたくない、目立ちたくない……そんな思いから、あの子はいつも地味にしていたのよ」
「はぁ……」
「自分を変えようと思って、あんな格好をしたのでしょうね。きっと、昴君の事を信頼していたからこそ、甘えたのだと思うわ。あなたのおかげよ」
「……どういうことです」
「……ふふっ、どういうことでしょうね?」
「……わかりません」
平折が俺の事を信頼している……その事を母親から告げられ嬉しかったのは事実だ。
だけど、どうしても俺のおかげだというのが、理解できなかった。
「平折は自分を変えようとしている。勇気を出したのは平折だ。俺は何もしていない。だからお礼を言われる筋合いは……」
「昴君……」
実際俺は何もしていない。
努力しているのも、一歩踏み出そうとしているのも、全て平折本人の力だ。
俺はそれを黙って見ていただけだ。
むしろ、先に進もうとしている平折に対して焦燥感に似たものさえある。
だから、お礼を言われても正直困ってしまう。
そうだというのに――
「そういうところ、かしらね」
「はぁ」
弥詠子さんはニコニコと目を細めて、俺を見てくるだけだった。
「でもね、昴君。これだけはあの子の母親として言わせて」
そして、ふと俺と向き合ったかと思えば、どこまでも真剣で――そして慈愛に満ちた母親の顔でこう言った。
「平折の良いお義兄ちゃんになってくれてありがとう」
「……」
――お義兄ちゃん。
なんだか馴染みのない言葉だった。
確かに俺は義兄になるのだろう。
はっきり言って、同級生だし義兄だという自覚なんて全くない。
あぁ、だけど――腑に落ちてしまった。
何故平折があんな態度を取ってくるか分からないところがあった。
それまで没交渉状態だっただけに、戸惑いすらあった。
ズキリと胸が軋んだ。
それはどういう痛みかはわからない。
しかし唯一つ、ハッキリしていることがあった。
俺は――平折の笑顔が見たいということだ。
そこだけは間違えてはいけない。
それに――
「平折は……平折だ」
「昴君……?」
先ほど平折に言ったばかりの言葉を思い出す。
平折は平折――その呟きは、まるで自分に言い聞かせるかのような 暗示じみていた……
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