仲良くなりたい
第12話 平折と南條さん③
平折の噂はあっという間に駆け抜けていった。
昨日まで地味で目立たなかった女子が、急に清楚系美少女に変身してきたのだ。
話の種と取り沙汰されないわけがない。
「やっぱ男でしょー、じゃなきゃこんな時期に可笑しいもの」
「ちょっと真面目そうなところが男受けしそうだしね。あの子も案外あざといっていうか」
「相手は一体誰かなー? 吉田さんが男子といるの見たことないし」
「完全に伏兵って感じ? オレ、今の吉田なら全然イケるわ」
「てか、強引に迫れば付き合えそうな気がしねぇ?」
「いや既にもう誰かいるだろ。あのレベルはそうそういねぇぞ?」
俺のクラスでも、男子も女子も面白おかしく噂されていた。
その話題のほとんどは、様変わりした容姿に関してだ。
話題が耳に飛び込む度に、胸がざわめいていくのがわかる。
――見た目の事ばっかかよ……
思わず、口の中で悪態を吐いてしまう。
その容姿が話題になるのはわかる。
好奇心が刺激されるのもわかる。
ただその表面だけを批評するだけで、平折の内面に関しては全くといっていいほど話に上らない。
なんだか動物園の珍獣の話題を聞いている気になり、イライラとした気持ちばかりが募っていった。
実際、平折のどういう心境の変化であの格好をしたかはわからない。
だけど、自分を変えようとして努力していたのは知っている。
……
果たしてこれは、平折が望んだ変革なのだろうか?
窓ガラスに映る俺の顔は、随分と眉間に皺が寄っていた。
◇◇◇
昼休みになった。
俺は居ても立ってもいられなくなり、隣のクラスへ直行した。
こんな時、別のクラスというのが酷くもどかしい。
「えーうそ?! そんなに簡単に出来るの?!」
「朝とかいつも時間無いし、おざなりになっちゃってるんですけど!」
「ほんとだよ~、だから吉田さんもこんなに変わったんだって!」
「あのその、えっと、うん……」
教室の前で女子の一団と遭遇した。
平折もいる、南條さんを中心としたいつものグループだ。
食堂にでも向かう最中なのだろうか?
その話題の中心は平折に事に関しての事のようだが……見た感じ、南條さんが話の主導権を握っていた。否、そう誘導しているというべきか。
まるで南條凛が平折を守っているかのようにさえ見える。
「~~っ!」
「……平折」
平折と目が合い、思わず口の中で小さく名前を呼ぶ。
いつものようにすぐ目を逸らされるが――いつもと違い、どこか疲労混じりの申し訳ないような表情に見えた。
――なんでそんな顔を……っ!
思わず心が、そう叫んでしまった。
せっかく可愛くなっているんだ、堂々とすればいいのに。
何故笑顔を曇らせているのだろうか……それがたまらなく悔しい気持ちにさせられた。
俺に出来ることはないだろうか?
いや、出来うることは南條凛がやっているかのようにみえる。
何故――
『かーっ、やってらんねー! あいつも結局上っ面しか見てねーのな』
ふと、先日非常階段での南條凛の言葉を思い出した
『なにあれ、下らない』
そして、今朝のその台詞……南條さんなりに、思う事があるのだろうか?
まるで
「――」
「……っ!」
『可愛くて気が回る、か……それだけの人ならTVや雑誌にいくらでもいるんだけどな……』
そう言って、自虐的な笑いを浮かべる彼女を思い出してしまった。
南條凛がどういうつもりかはわからない……だが、平折に対して悪い感情があるわけではない。
それだけは、確信出来た。
有難いと思う……だけどそれだけに、自分の無力さを痛感してしまい、複雑な感情を抱いてしまう。
――何故俺は、男なんだろう?
もし女子ならば、南條凛のあの場所に、俺がいることも出来たんじゃないか?
そんな下らないたられば話を妄想してしまう。
自分に出来る事は――第一に、今は平折と義兄妹とバレないようにすることだ。
突如変身した清楚な美少女と同居する男子――渦中の話題に油を火に注ぐ事になるのは明白だった。
今は……南條凛に任せよう。
◇◇◇
放課後になった。
平折に関する話題が尽きることはなかったが、その性質は徐々に変化していった。
「太陽の姫に月の姫! わかるか、昴?!」
「なんだよ、それ?」
「南條さんと吉田に決まってんじゃねーか!」
「今そんな事言われてるのか?」
「おうよ!」
俺の所に興奮気味にやってきた康寅が、そんな事を言ってくる。
どうやら平折の美少女っぷりは、南條凛プロデュースによる賜物だということにもなっていた。
おかげで南條凛の株もあがり、平折に対する興味が分散されることとなった。
「で、昴もそんな姫2人を見にいかね? 目の保養になるべ!」
「いや、いいよ」
「かーっ! 相変わらず暗い青春を送ってるなー!」
「うっせ」
……
南條凛は信用できる。
彼女の
こと、この件に関しては彼女に任せたほうが良いだろう。
変に俺が出ていって、関係を疑われたら――
いや、これは言い訳だ。
不甲斐なさからか、南條凛に嫉妬めいた感情があるのも自覚している。
そんな事を思ってしまう自分に吃驚だった。
教室に戻っていった康寅を見送り、のそのそと自分の鞄をもって席を立つ。
……
帰り際、隣の教室で女子に囲まれている平折を見た。
恥ずかしそうにしつつ、南條凛に弄られていた。
――とりあえず、大丈夫だな。
そんな事を思い、家路に着く。
いつも通り一人で駅まで歩き電車に乗る。
――今朝、一緒に登校するなんて初めてだったな。
そう思って扉の窓を見てみれば、何故だか今朝の平折が目の前にいるんじゃないかと錯覚してしまった。
……
――学校で出来る事は限られるな。
だけど、ここからなら……
そう思うと、初瀬谷駅の――平折と初めて待ち合わせした駅前で足が止まってしまった。
何故かは自分でもわからない。
だけど、無性にこの場所で平折を待っていたかった。
………………
……
「……ぁ」
「……よぅ」
どれくらい待っただろうか?
秋の近い日差しは弱くなるのが存外に早く、西の空は茜色に染め上がっていた。
駅から出てきた平折は、その顔に疲労の色を隠せないでいたが、それよりも驚きの色を隠せないといった表情だった。
「……」
「……」
いつもの、慣れた沈黙の時間。
決して居心地の悪くない時間。
ややあって、どちらともなく、足を動かし始める。
奇妙な光景だったと思う。
夕方の住宅街を、微妙な距離を空けて男女が歩く。
そこに甘ったるい空気はなく、かといって険悪な空気でもない。
自然体とも言えた。
だけど、俺の胸はそうでもなかった。
遅くなったのは、何故だろうか? 変な事に巻き込まれていなかっただろうか?
南條凛を信頼していないわけではないが――そんな不安ばかりが胸を占める。
「今日は、大変……だったな」
「……うん」
ぽつり、と呟くように話しかける。
他に言いようがあったと思う。
「俺もビックリしてたくらいだ……皆もびっくりしてただろ」
「……うん」
帰ってくる返事は、どれも元気がなかった。
平折は元来大人しい性格だ。
あんなに人に騒がれては、心休まる暇はなかったに違いない。
好奇だけではなく、悪意の視線も少なからずあったはずだ。
それらから守ってくれたのは南條凛だろう。
――俺、じゃない。
その事実に、胸が軋む。
それを誤魔化すように、チラリと後ろを見やる。
俯き陰の差す顔に、更にズキリと胸が痛んだ。
『吉田さんは――』
『吉田さんって――』
『吉田はやっぱ――』
『吉田――』
思い出すは、今日の好奇の視線を向けていた外野の声。
何故か――吉田という単語が気に入らなかった。
「平折」
「ぇ?」
立ち止まり、その手を握る。
違うだろ、そうじゃない――目の前の女の子は『吉田』なんかじゃない……そう思って平折の手を握る。
小さな手だ。華奢で潰れそうな手だ。
胸が締め付けられそうになる手だ。
「平折……お前は平折だ」
「ぇ……えぇっ?!」
平折以外の何物でもない――そんな自分のエゴで、本人の戸惑いなんて知った事じゃないと手を包み込む。
恥ずかしがって、驚き赤くする顔なんて知った事か。
むしろ、その方がいつもの平折らしい。
「なぁ……平折」
「は、はひっ」
「帰って今日も……ゲーム、しよう?」
「……ッ」
そう思ったら、口から飛び出したのはそんな言葉だった。
我ながら、どうかと思うような言葉だ。
だけど、どんどん平折の表情が変わっていく――魔法の様な言葉だった。
それがなんだか俺達らしい気がした。
「……うんっ!」
平折は、花もほころぶ様な笑顔を魅せて――俺達の笑い声が夕焼けに消えていった。
そうだ……俺はこの平折の笑顔が見たいんだ……
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