第11話 呼びたい名前、感じる違和感


「はぁぁ~~……」


 何とも言えないため息が出る。

 朝の教室で、俺は頭を抱えていた。

 顔が赤くなっている自覚もあった。


 ――頑張るってなんだよ。


 感情だけが先走り、思わず恥ずかしい事を言ってしまっていた。

 具体的にどう頑張るかなんていうビジョンはない。


 しかしあの時の言葉は、平折がフィーリアさんだと知ってしまったからこそ、出てきた言葉だった。

 それだけはハッキリしていた。


『よし、50LV到達っと!』

『え、もう?! ずるい! 私もレベリング頑張るから狩りに付き合って!』

『いいけどさ、装備はフィーさんの方が充実してんじゃん』

『じゃあ、後でトレハンにも行こう!』


 ゲーム内ではそんな感じだった。

 一緒に遊ぶため、装備集めもレベル上げも助け合ってきた。共にがんばってきた。


 だからこそ、現実でも自分を変えようとしている平折に、焦りの様なものを感じてしまったのもある。


 実際、ここ最近の変化のきっかけは全て平折だ。

 平折を追いかけるには――うじうじ悩んでいる暇なんてない。


 自分を鼓舞し、恥ずかしがってる暇もないぞと、気持ちを奮い立たせようとする。


「昴、大変だ!」

「康寅……?」


 そんな事を考えていたら、慌てた様子の康寅が駆け込んできた。

 憔悴にも似た青い顔色をしており、いつものお調子者めいた表情はどこにもない。


 ……


 馬鹿な事をしでかすことも多いが、それでも康寅は俺の親友だ。余程何か大変な事が起こったに違いない。

 俺は背筋を伸ばし、康寅に向き合った。


「うちのクラスに見たこともない美少女がいるんだ!」

「……は?」


 だが、康寅の口から出てきたのは、どこまでもいつもの調子な台詞だった。


「あ痛っ」


 とりあえず頭を小突くことにした。




◇◇◇




 康寅に連れられて来たのは、隣の――康寅のクラスだった。


「ほら、あの子」

「あれは……」


 指し示されたのは、席に座った一人の女子。

 腰近くまで伸びた艶のある黒髪、幼さの残る綺麗な顔立ちに、清楚な雰囲気をもつ美少女だった。


 昨日までこの教室で見たことのないその女の子は、何人かの女子に囲まれて質問攻めに遭っているようだ。

 中にはうちのクラスの女子も見える。


「それ、どうしたの?! 何かあったの?!」

「うわ! 髪とか良い匂い……香水つかってる?!」

「肌きめ細かっ……コスメとか何使ってるの?!」


「あの、いや、その……っ」


 気が弱いのか、その子は彼女達にうまく答えられないでいるようだった。

 それでも一生懸命答えようとして、あわあわしている様子は小動物のように可愛らしい。


 そんな彼女が気になるのか、男子連中も遠巻きに囁き合っていた。


「あんな可愛い子、うちにいたっけ?」

「小柄な感じだし、後輩か?」

「リボンの色は同じ2年だぞ……くそ、ノーチェックだった」

「誰か仲の良い女子に誰か聞いてきてくれよ」


 突如現れた美少女に色めきだっていた。

 康寅でなくとも、一体誰なのだろうかと興味津々なのは、男子として至極当然の反応なのだろう。


 実際俺から見ても、他の女子よりも一つ抜きんでた美貌だと思う。


「なぁ昴、凄い可愛い子だろ?! くぅ、あんな子が居たなんて……なぁ誰か知ってるか?」

「……折、いや――」

「へ?」

「吉田……お前のクラスの吉田平折だろ」


「「「「えぇええぇぇええぇぇっ?!?!」」」」


 俺の言葉に、康寅だけじゃなく周囲の男子たちの声も重なった。

 その声色は、どれも驚きに彩られている。


「嘘だろ?! 吉田って黒くて地味な、あの……っ?!」

「マジかよ! 確かに普段アレなかんじだったけど、あんなに可愛かったなんて?!」

「彼氏とかいるのかな?! そこめっちゃ気になるんですけど!」

「昴、お前よくあれが吉田ってわかったな、知ってたのか?!」


「……さぁな。見ればわかるだろ」


 どうしたわけか、胸がムカムカした。どこか誇らしい気持ちもあったが……苛立ちの様なものの方が大きかった。

 何より吉田と呼んでしまった自分が、許せない気持ちだった。情けなくもあった。


 平折が可愛いと褒められるのは嬉しい。

 だけど、見た目が変わったからと言って、昨日までと態度を変える奴らの姿を見るのが、無性になんだか腹が立った。


 平折の良い所はそんなところじゃ――



「なにあれ、下らない」



「え?」


 底冷えするかのような、冷たい声だった。

 周囲は男子も女子も、平折の話題に夢中でその声に気付いていない。


 誰かと思って見てみれば、話題の中心人物に負けないほどの美少女――南條凛だった。


 どういう意味かわからなかった。

 普段の彼女からは到底考えられないような、台詞と声色だった。


 その目は憎悪にも似た色を宿しており、思わずその目線の先を辿ってしまう。

 平折を捉えていない事・・・・・・・・・・に酷く安堵し、そしてどういう事かより一層分からなくなってしまった。


「南じょ――」


「わぁ、吉田さんイメチェン!? こないだの時と同じ格好?! すごい可愛いよ!」

「え、あ、な、南條さん、その……あ、ぁりがとう……」


 疑問を投げかけようとするも、南條凛はすぐさまいつもの空気を纏いなおし、話題の中心である平折のところに駆け寄り手を取った。


「髪は美容室で言った通りにすれば、癖っ毛もなんとかなるでしょ?」

「え、うん……なんどか試して、コツも、つかめた」

「そうだ! 今度一緒に服も買いに行こうよ」

「ふぇ?! い、いいの?」


 その平折はと言うと、他の女子をかき分けてやってきた南條凛に困惑しつつも、喜びを隠せないでいるかのようだった。


 ――平折の憧れの女の子だから、当然と言えば当然か


「急に可愛い恰好をしたくなる時ってあるよね!」

「う、ぅん……」


 そして南條凛は、皆に言い聞かせるかのように――それ以上の意味はないぞと宣言するかのようにそう言った。


 なんとなく――かつて南條凛に感じた違和感をこれでもかと感じていた。

 強引に周囲を自分の色に染め上げようとするロールプレイ違和感の空気だ。


 猫被り秘密を知ってしまったから、その原因は分かっているはずだ。違和感だと覚えても、納得は出来るはずだ。


 だというのに――まるで平折を周囲から守るかのようなその行動が、どうしても疑念を感じてしまった。

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