第14話 平折と南條さん④
――ザァアアァアァ
熱めのシャワーを頭から被る。
平折との約束があるので、直ぐにでもログインしなければいけない。
だけど、弥詠子さんの言葉が頭の中でぐるぐる巡っていた。
「平折の良いお義兄ちゃん、か……」
呟く言葉は胸を締め付け、そして耳朶を叩く水滴の音に、まるで洗い流されるかのように小さく消えていく。
思えば自分の事ばかりだった。
平折が幼い頃から我慢ばかりしてきた――育って来た環境を考えると当然だ。
具体的にそれがどういうことか……俺は本当の肉親じゃないし、わからない。
だけど、平折は自らを変えようと一歩を踏み出そうとしている。
過去の事が気にならないと言えば嘘になるが、その事ばかりに囚われてうじうじ考えてしまうのはダメだ。
ふと、脳裏に掠めたのは
『ぎゃー! もう夜中の2時過ぎちゃってるよー!』
『大型アプデの後は止め時がわからなくなるが……そろそろ寝ないとな』
『うぅ……だけど面白くて……あ、あともう一区切りつくとこまで!』
『おいやめろ、それ徹夜する流れになるぞ』
思えば一緒にバカをやってきた。
楽しい時間だった。
親友だとさえ思っていた。
思う所は色々ある。
だけど、いやだからこそ、平折と仲良くなりたいという気持ちに嘘はない。
俺も素直に、シンプルにいかないと。
「
再度自分に言い聞かせるかのように呟き、小難しい考えを洗い流すかのように、シャワーの勢いを強めた。
◇◇◇
ガシガシと頭を拭きながら風呂場を出る。
「平折」
「……ッ!」
扉を開けてすぐに、平折とばったりと遭遇してしまった。
なかなかログインしてこない俺に、何かあったのかと探しに来たのだろうか?
よくよく見れば、平折はいつものジャージへと着替えていた。
髪はそのままの状態だったので、なんだか違和感、というよりもアンバランスな印象を受けてしまう。
っと、そんな事よりも、遅れてしまっていることを謝らないと――
「せっかくなら、部屋着もジャージ以外にすれば良いのに」
「~~~~っ?!」
――だというのに、口から飛び出したのはそんな台詞だった。
そんな事を言われた平折は、あたふたとしては顔を真っ赤に染め上げていき、きょろきょろと目が泳ぎ始めたところで回れ右で自分の部屋へと逃げ帰ってしまった。
その背中を見送ってから、しまった、と思ってしまった。
これではまるで、遅刻の原因を誤魔化すかのように言った台詞じゃないか。
まだ濡れたままの頭をガシガシとタオルで強引に擦りながら、俺も自分の部屋に戻る。
PCを立ち上げようとすぐ傍を見れば、スマホにメッセージが届いているのに気付いた。
『今日はインするの?』
『ちょっと教えて欲しい事があるんだけど』
『返事がないぞ、おーい!』
『フィーリアさん来た! いいもーん、フィーリアさんに教えてもらうもーん』
全て、南條凛からだった。
履歴を見れば数分おきに送ってきたようだ。
素早く『今からインする』とだけ送り、クライアントのパスワードを入力した。
「悪ぃ、少し遅れた」
「遅いぞ、クライス君!」
「こんばんわ、です」
先ほどの事があったので、
南條凛もあれだけ急かすようなメッセージを送って来たにも関わらず、普通な反応だった。
そこはひとまず安堵したのだが……女の子って時々難しいな。
見た感じ、一足先にログインした平折と南條さんが何かやっていたようだ。
話に花でも咲かせていたのだろうか?
「そうそう、サンク君のこれを見てよ!」
「どう、ですか?」
「うん……おぉ?」
よく見ればサンクの見た目が、昨日までの初心者装備でなく華やかなものへと変化していた。
ゴシックな感じのする、どこかの令嬢が着ていそうな赤いドレスの衣装だった。
男性キャラも装備出来るという事で、主にネタキャラを使う人が好んだりもする衣装だ。
「他にもあるよ! ほらさっきの!」
「これ、です!」
「ほほぅ」
今度はお尻あたりまですっぽり隠れる、秋をイメージした柄のポンチョだった。
もこもこのついたベレー帽と、ホットパンツの組み合わせがよく似合っている。
「いいよねいいよね、サンク君可愛いよね!」
「素材を、買ったり、集めたりして、フィーリアさんに、つくってもらったです!」
「あ、あぁ、大したものだ……だけど、サンクって男じゃなかったのか?」
確かにどちらも非常によく似合っていた。
むしろ似合い過ぎて、どこからどうみても女の子そのものだった。
だけど、中性的な顔立ちをしているとはいえ、サンクは小柄な少年だ。
ふと、思った疑問を投げかけてみた。
「はぁ……わかってないね、クライス君。だからいいんじゃないか!」
「倒錯的で、良い、です!」
「そういうものなのか?」
「「だよねー(、です)!」」
……
どうやら2人はすっかり意気投合しているようだ。
女子2人にそう言われると、返す言葉もない。
「それより、教えて欲しいことって?」
「そうです、やってみたいことがあるです」
「え、何かなー? なんでも協力するよー?」
このままじゃ分が悪いと思い、話題を変えるためにスマホに入っていたメッセージを聞いてみた。
返ってきたのは、予想外の台詞だった。
「僕、タンク、やってみたい、です!」
タンクとは、敵の攻撃を一身に集めるパーティの盾役の事だ。
相手の行動パターンや後衛へヘイトが飛ばないよう管理しないといけないことから、どちらかと言えば中級~上級者向けのロールと言える。
少なくとも、始めたばかりの初心者にはお勧めできるものではない。
「サンク君、タンクって結構難しいよ?」
「
「実は同じクラスに、守りたいって思う女の子が出来た、です」
「……えっ?」
「わぁっ!」
これまた予想外の台詞だった。
南條凛が守りたいと思う女子――平折の事だろうか?
確かに今日学校で、
「だから、ゲームでも、誰かを守る人になりたいって……ダメ、ですか?」
「そんなことないよ! ね、クライス君?」
「あ、あぁ……」
よもや、その相手が一緒にゲームしているとは露にも思っていまい。
平折は平折で、なんだか想像をたくましくしている様子だった。
これ、どうなるんだ?
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