第9話 平折と南條さん②


 やはりMMOの醍醐味の一つ言えば、他のプレイヤーとパーティを組んでの協力プレイだろう。


 一人ソロでは難しいダンジョンも、それぞれの役割ロールをこなす事によって達成できる爽快感は、筆舌に尽くしがたいものがある。


「そういえばサンクは何が出来るんだ?」

「?」

「サンク君はどんなジョブを上げてるのなー?」


 ちなみに俺は前衛物理系、平折は後衛魔法系を中心に育てている。


 あのアイドル然とした南條凛が、どういうキャラを作るのか?

 純粋に興味があった。


「戦士15 格闘家15 槍士15 黒魔法15 白魔法15――……」


「おいおいおい」

「わ、わぁ……」


 次々と羅列されるジョブと数字に愕然としてしまった。

 マジか……コイツ、体験版トライアルモードで上げられるレベルキャップまで、全てのジョブを上げているのか。


 ……そりゃあ、寝不足にもなるだろうよ。


「じゃあ聞き方を変える。サンクは何がしたい?」

「……え?」

「それだけたくさん上げてるんだもの、何にでもなれるよね」


 まさか全てのジョブを上げている事に度肝を抜かれたが、どうせならこのゲームを楽しんでもらいたい。

 幸いにして俺とフィーリアさん平折なら、サンク南條凛がどんなロールを出してきても合わせる事ができる。


 俺達は急かすことなく、南條凛が何を選ぶか待っていた。

 好きなものを選べばいい、この世界ゲームではなりたい自分になれるのだ。


 ……だから、スマホに届いたそのメッセージの意味が、よくわからなかった。


『あたし何になればいいんだろう? 倉井君達には何を望まれているのかな?』

『は? なんでもいいぞ、どれを選ぼうが俺達が合わせられるし。南條の好きなものを選べばいい』

『あたしの好きなもの、なりたいもの、か……難しいね』

『そうか?』


 自分がやりたいと思ったものをやればいい。

 わざわざスマホでそんなことを聞くほどのものなのか?


「初めてのパーティなら、アタッカーがいいんじゃないかな?」


 首を捻っていると、目の前の画面でフィーリアさん平折がそう提案した。


 確かに初心者なら、アタッカーを選ぶ人が多い。

 他の役割ロールと比べて、心理的な敷居は低いだろう。


「そうだな。俺が盾役タンクをやってフィーさんが回復役ヒーラーをすればバランスもいいだろうし」

「アタッカー?」

「武器は弓を使えばいいと思うよ。ほら、遠くからならモンスターもそんな怖くないし。実は私も、最初は接近するのが怖くて魔法職を選んだんだ」


 なるほど、そんな理由があったのか。知らなかった。


 そういえば平折は、教室でも一歩引いたところに居ることが多いな……


「それ、やってみます!」

「あ、私のお古貸してあげるね」


 どうやら南條凛も、それに決めたようだ。




◇◇◇




 俺達はとある洞窟の前までやって来ていた。

 のどかな農村近くの森の中にある、初心者用の洞窟だ。


「緊張、します」

「そんなに難しくないぞ」

「そうだよ~、気楽にいこ?」


 俺達はレベルをサンクに合わせてシンクさせて洞窟の中に入っていった。


 序盤にあるダンジョンだけあって、何度も攻略した経験がある。

 目を瞑ってもどこで何が出てくるか分かるくらいだ。

 そこをサンク南條凛の歩みに合わせてゆっくりと攻略していく。


「てき!」

「前に出過ぎないで、まずはクライス君が引き付けるから」


「すべる?!」

「気を付けて、その先に落とし穴があるからね」


「こっちきた!」

「ダメージ受けても逃げないで! 回復飛ばすから!」


 モンスターと遭遇すると、俺が引き付けサンク南條凛が攻撃し、フィーリアさん平折が傷を癒す。

 時にはトラップも回避しつつ、最奥を目指していた。


 攻略は順調だった。


 相変わらずチャットはたどたどしいままだが、キャラの操作は中々どうして。短い間に随分とやり込んでいたのがわかった。


 意外だったのは平折だ。


 サンク南條凛に対して適宜アドバイスを挟みつつ、甲斐甲斐しく世話を焼いていたのだ。

 家や学校で見る物静かで大人しい姿や、今までゲームで見てきたバカやってるおっさん臭い姿からは想像もできない姿だった。


 まるで、学校で見かける南條凛のように――


 輪の中に入れるように、あぶれないようフォローするかのように。

 平折が憧れたといった、女の子の姿に重なって見えてしまった。


 今まで学校で見てきた立ち位置とは逆の光景に、なんだか不思議な感じだった。


 一体どっちが……



『グォオオオォオォオオォォッ!!』



「おっきい!」

「ここのボスだな」

「サンク君、攻撃に巻き込まれないように注意してね!」


 牛頭の巨人が吠え、巨大な鉈を振り回す。

 いつしか最深部のボスのところまでやってきていた。


 今まで出てきた雑魚とは一線を画すデカさに、サンク南條凛はびっくりしている様子だ。


「大丈夫、そっちに攻撃は向かわせない」

「サンク君、頑張って! もしダメージ受けてもすぐ治すからね!」

「がんばる!」


 ボスとはいえ、所詮序盤のボスだ。

 それほど嫌らしいギミックはない。

 しかし盾役タンク攻撃役アタッカー回復役ヒーラーがちゃんと機能しないと難しいボスだ。


 逆に言えば、各役割ロールが機能していれば難しくないボスだ。


 範囲攻撃を巻き込まないよう誘導し、ダメージを受けてもすぐさまフィーリアさん平折が回復していく。そして隙を見てサンク南條凛が矢の雨を降らす。


 気を抜くと戦線が崩れそうになるのだが、幸いにして俺達の息はぴったりだった。



『ブモォオオォオオォオォッ!!』



 それぞれの役割ロールをキッチリとこなし、程なくして牛頭の巨人は断末魔の声を上げ地に伏した。


「や、やった! やりました! たおしました! わぁ!」

「はい、おつかれさん」

「おめでとう、サンク君!」


 画面の中のサンクから、南條凛が興奮を隠せないといった様子が伝わってくる。


 フィーリアさん平折も一緒になって、我がことのようにはしゃいでいる。


 ――仲良くやっていけそうだな。


 俺は複雑な心境でため息をつき、街へと戻っていった。




◇◇◇




 街へと戻った俺達は、拠点にしている宿舎の一室に戻って雑談に興じていた。

 内容は主に先程の戦闘の話がメインだった。


「そうだ! 戦うだけじゃなくて、モノを作る生産職ってのもあるんだよ、これ見て!」

「わぁ!」


 言うや否や、フィーリアさん平折はセーラー服のアバターに着替える。

 これはゲーム内の生産職クラフターが作ることができるものの一つで、海辺の街の船乗りの服という設定だ。


「ううむ、せっかくなので胸当て取って谷間を強調するバージョンとか欲しいんだけどねぇ。あとスカートも極端に短いから、膝上くらいのリアリティがある丈のものがあってもいいんだけど……あ、パンツの作り込みは結構しっかりしてるよ。サンク君見る?」

「……おい、フィーさん」

「あ、あはは。でもぼくも、そういうの作ってみたい、です」


 今日が初対面だというのに、相変わらずの調子のフィーリアさん平折だった。 

 呆れられてないといいんだが……


 頭をかかえてチラリと時計を見てみれば、結構いい時間になっていた。


「さて、今日はもうお開きとするか」

「え、もう?」

「11時回ってるぞ、寝ないとな明日つらいぞ」

「うっ、そうだね……」


 寝不足になっているやつもいるしな。


「じゃ、またな」

「また明日ね、お休み~」

「っ! おやすみ、なさい!」


 そう言って、俺はログアウトして部屋の灯りを消した。


 ベッドの中から窓を見上げれば、平折の部屋の灯りが消えるのがわかった。


 ……


 平折は今日の事をどう思ったのだろうか?

 南條凛を紹介したのは、完全に俺の都合だ。


 仲良く、していたとは思う。


『先日ここで告白された相手、真理ちゃん……同じクラスでよく一緒の子が好きだったんだって』

『おかげで影じゃビッチ呼ばわり。まぁ珍しいことじゃないけどね』


 だけど、かつての南條凛の言葉を思い出してしまった。


 表面上仲良くしていても、そういう事があるんだと――平折の本当の心境はどうなんだと――どこか自嘲気味な南條凛の乾いた笑顔を思い出す。


 寝返りをうち、平折の部屋がある部屋を見る。

 ……胸がズキリと痛んだ。


 ――俺、平折の事を何も考えてなかったんじゃ……


 平折に悪く思われていないか、そんな不安が胸を締めつけていく。

 真っ暗な窓の外が、もはや今日はもう会う事が出来ないと物語っていて――言い訳ばかりが脳裏に浮かぶ。


 ――~~♪


 暗闇の中、スマホの画面が光る。


『今日はありがと、楽しかった』


 南條凛からのお礼のメッセージに、苦いものが喉の奥に広がっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る