第4話 覚える違和感


 授業中、手紙を周囲に見られないようにこっそりと開けた。


『放課後、例の場所にて待つ』


 手紙には簡潔に、それだけが書かれてあった。

 色気など感じる欠片も無く、どちらかというと果たし状のような印象を受ける。


「(どうしたものかな……)」


 大きなため息をつき、ひとりごちる。


 南條凛がどうしてこんなものを寄越したかわからなかった。


 確かに俺は、南條凛の秘密を知っている。

 南條凛との接点はそれくらいだし、他に考えられない。

 その彼女が例の場所と言えば、非常階段の他は無いだろう。


 しかし南條凛の秘密猫被りは誰にも言ってないし、言うつもりもない。

 これをネタにどうこうするつもりもない。


 ……


 頬杖をついて窓からグラウンドを眺めれば、隣のクラスの体育の光景が広がっていた。

 男子はマラソン、女子は球技の様だ。


 南條凛の姿はすぐにわかった。


 ボールを持って縦横無尽に駆け回り、まるでチームメイトを手足の様に操り一体となる。

 誰がどう見てもゲームの中心であり、周囲の目はその活躍に惹き付けられていた。

 直接的に、もしくは間接的に、鮮やかにボールがゴールに吸い寄せられていく様は、見ていて爽快さがあった。

 また体操服では隠し切れない豊かなものも、男子の目を惹き付ける一助となっていた。

 なるほど、スポーツ万能とは聞いていたけれど、個人プレーだけでなく集団プレーに於いてもその才覚を発揮していた。

 並の人間では真似することも難しいだろう。人気が出るわけだ。


 平折の姿もすぐわかった。


 面白いくらいボールに翻弄され、何も無いところでこけそうになったりする。

 誰がどう見ても運動音痴であり、見ているこっちのほうがハラハラしてしまった。

 息も完全に上がってしまっており、いいから休めと言いたくなる。

 心配したチームメイトからは、大丈夫かと聞かれている姿が見えた。

 なんとなく、スポーツは苦手そうなイメージはあった。なんていうか、イメージそのものだった。

 平折っぽいといえば平折っぽくて、思わず笑みがこぼれてしまう。


 こうして見てみれば、対照的な2人だ。

 だと言うのにどうしてか――南條凛とフィーリアさんゲームの平折

が重なってしまうことがある。


 それは先日話したときにも、強く感じてしまった。


 もう一度、手紙に視線を落とす。


 今朝、妙なタイミングで目が合ってしまった事を思い出す。

 見る人が見れば、平折の態度で何か勘ぐられるかも知れない。


 南條凛は勘の良い人だ。


 その辺の事を突っ込まれると、ボロを出さない自信は無い。

 平折の普段の生活を乱すのは、俺の望むところじゃない。


 気に掛かるところはある。

 しかしこれ以上南條凛と接触すると、お互いに不利益になる気がしてならない。


 ……


 ――手紙は気付かなかったことにするか。




◇◇◇




「追試がある奴は指定の教室にいけよ~、あと実力テストの上位者は張り出してあるからな~」


 その担任の言葉を皮切りに、教室は放課後の喧騒に包まれた。

 一部の追試該当者からは「うげぇ」「対策してねぇよ」などといった怨嗟の声が聞こえてくる。


 俺はと言えば、さっさと家に帰る心づもりでいた。厄介ごとは御免だ。


 生憎というか、康寅は全科目追試だ。一緒に連れ立つ相手もいない。


 平折の事はちょっと気になるが……

 まぁこの数日、ゲーム越しとはいえ結構勉強したんだ。きっと大丈夫だろう。

 それよりも、今朝の事をどう弁明するかの方が気に掛かかっていた。


 そう思って廊下に出れば、張り出しがされている場所に人だかりが出来ていた。

 どうやら早速話題の種にと、野次馬が集まっているみたいだ。


「南條さんまた1位かよ」

「凛ちゃんすごーい! 今度の中間教えてよ!」

「くそ、俺も勉強教わりてぇ」


「あはは、特別な事はしてないよ~」


 その中で一際目立つ集団があった。

 南條凛を中心としたグループだ。


 ただし普段見かける女子グループでなく、うちのクラスの男女も見える。

 どうやら張り出しをネタに、彼女にお近づきになりたい奴らの集まりなのだろうか?


 一見周囲にちやほやされる学園のアイドルのような様相になっているが、その顔に嬉しさとか照れのようなものは無く、南條凛の表情にはどこか疲れの様なものを感じた。


 ――猫を被るのにも疲れる、というわけか。


 しかし南條凛を信奉する周囲の連中は、彼女を放っては置けないようだった。

 それを見て、無意識に手紙が入っている鞄に手が伸びる。


 少し後ろ髪を引かれる気持ちがあったのは否定しない。

 しかし、帰るなら絶好の機会だった。


 人だかりをやり過ごし、南條凛に気付かれぬよう、昇降口を目指――


「倉井君は30位、今回もぎりぎり名前が載ってたね」

「――ッ?!」


 いつの間にか、目の前には南條凛がいた。

 無駄に高い運動神経の賜物なのか、周囲に不自然さを感じさせない身体の運び方だった。


「ほぼ毎回張り出しの端なら、やっぱり目立っちゃうよね」

「そ、そうかな」


 くすりと微笑みながらふわりと髪をなびかせて、大きな目をくりくりさせながら、俺の瞳を覗いてくる。

 その目は笑ってはいるが、明らかに抗議の色を讃えていた。


 ――ドキリ、とした。


 後ろめたさもあって、心臓はバクバクと早鐘を打つ。

 幸いながら周囲は、学園一の美少女に話しかけられてドギマギしているという図に見えているようだ。


「(あんた、バックレようとしたでしょ)」

「(そんなことねーよ)」

「(嘘ね)」

「(……悪かった)」


 南條凛は気さくな性格だ。

 だから俺に急に話しかけても、誰も疑問に思うまい。


 だから、ニコニコと小声で文句を言いつつ威圧しながら足を踏まれてるなんて、誰も思ってやしないだろう。


「(すぐ行くから、例の場所で待ってなさいよ)」

「(嫌だと言ったら?)」

「(この場であたしがあんたに抱き付いたらどうなると思う? それとも胸を触られたと叫んだほうがいい?)」

「(……勘弁してくれ)」

「(即答……あんたってホント……まぁいいわ)」


 その目は真剣だった。思わずたじろいでしまう。何かの業を煮やしたような色さえ湛えていた。


 ……逆らわないほうがよさそうだな。


「そういや凛ちゃんのノートって凄く見やすいよね」

「え、どういう事? 見たい見たーい!」

「南條さんのノート……ごくっ」


「あはは、結構自分なりの解釈とか多いかも」


 そしてさも興味を失ったかのように、グループの輪へと戻っていった。

 去り際に腕を捻って警告するのも忘れない。鮮やかな手際だ。


 おっかない女。


 どうやら行かないと、何をされるか分かったものじゃない。


 この強引さ、狩りに誘うフィーリアさんゲームの平折に通じるところが――


 ……


 いや、違う。

 何かが引っかかった。


 確かに、南條凛とフィーリアさんゲームの平折は似ているところがある。

 だけど根底部分では、決して重ならないような気がする。

 まるで、どちらかはロールプレイして自分を騙しているかのような――


 どちらかがそうかもしれない。

 俺の想像は外れているかもしれない。

 だけど確信が持てなくてモヤモヤとして――そんな思考を追い出すように、頭かぶりを振った。


 ああ、くそ!


 今朝の言い訳も考えないと―― 

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