第3話 予期せぬこと


「何やってんだ、俺……」


 早朝の通学路に、俺のぼやきが吸い込まれていく。

 その声色は罪悪感と後悔に彩られていた。


 何故あんな事をしたかわからない。


 言い訳すると、無意識だった。

 ついつい引き寄せられてしまうほど魅力的に見えてしまった。


 ――平折は義妹だぞ。


 ……


 義妹ならいいんじゃないか?

 義妹だからダメなんじゃないか?


 ふと相反する2つの考えが浮かんでは消えていく。

 いくら考えても答えは出そうにない。今朝の髪の感触だけが強く思い出させられる。

 ただ平折が女の子であるということだけが、強く意識された。


 そもそもだ。


 どちらにせよ年頃の女の子の髪を、本人の許可無く触れるのはアウトだろう。




「……はぁ」

「朝から何辛気臭い顔をしてるんだ、昴?」

「康寅」


 そんな俺に、陽気な声で話しかける奴がいた。康寅だ。

 へらへらとして悩みの無さそうな顔が、今は恨めしい。


「お前は悩みが無さそうでいいよな」

「何言ってんだ、悩み多き青春の日々だぜ! どうしたら南條さんと付き合えるか考えると、夜も眠れねぇよ」

「でも既にフラれてんじゃん」

「うるせ! 俺の魅力に気付いて、その、いつか惚れられる事になるんだよ!!」


 そんなどうでもいい下らない話をしながら歩き、校門をくぐる。


「そういやモテようと思ってさ、女子に媚びるために可愛い動物の動画とか漁ってるんだが」

「康寅、お前……」


 そしてどういうわけか、最近見た猫の動画の話から、何故かガーターベルトの話になっていってた。

 可愛い動物の話題から下ネタに持っていって心のガードがどうこう言っているが、さすがの俺もドン引きである。

 ただ本人もそれをわかっているのか、ネタで笑わそうとしているのがわかった。


 そのおかげで、俺の心は幾分か軽やかになっていた。


 こういう時、康寅親友の存在はありがたい。



「「「きゃーっ!!」」」



「気になるのはパ……なんだ、あれ?」

「……なんだろう?」


 昇降口の下駄箱前で、女子の集団が騒いでいるのが見えた。


「え、凛ちゃんそれラブレター?!」

「うそ、マジで?! 今時古風過ぎない?!」

「逆にインパクトあるよね、それ!」


「あはは、まだそうだと決まったわけじゃ……」


 どうやらその騒ぎの中心は南條凛のようだ。

 端っこの方に平折もいた。

 その髪型はいつもと同じひっつめになっていた。


 ――手入れの邪魔をしちゃったか……


 思わず自分の右手をにぎにぎとしてしまう。

 残念の様な、ホッとしているような、不思議な気分だった。


「なにっ、俺の南條さんにラブレターだと?!」

「お前のじゃないだろ」


 その女子グループの会話を聞いた康寅が、顔を赤くしたり青くしたりと忙しそうにしている。


 どうやら下駄箱にラブレターなんていう、ベタな展開が起こっているらしい。

 騒ぎはやし立てる女子と、心底困った顔をしている南條さんが対称的だ。


 ――モテ過ぎるってのも大変だな。


 思わず、先日の非常階段の一件を思い出した。


「~~っ!」

「っ!」


 そんな事を思ってぼんやり眺めていると、平折と目が合ってしまった。

 しかしれそれも一瞬、すぐに顔を赤くされて目を逸らされる。

 俺もどこか気まずくて、目を逸らしてしまう。


「吉田さん、顔赤いけど大丈夫?」

「ラブレターとか見てるほうが赤面ものだよね、わかるよ~」

「いや、そのっ……」

「あはは、そうだよね~……へぇ……」


 どことなく気まずい感じだ。

 放課後ログインするまでに何か言い訳を考えておいたほうがいいかもしれない。


 とにかく、ここに居る理由は無い。早くここを――


「――くすっ」

「っ?!」


 逸らした先の目線の先で、何故か南條凛と目が合ってしまった。

 どこか悪戯っぽい目をし、口元は僅かに歪んでいる。


 ……どういうことだ?


「おいおい、昴! オレ今、南條さんに笑いかけてもらったよ!」

「よかったな、康寅」


 ……


 俺の勘違いかもしれない。

 そう気を取り直し、自分の下駄箱に赴く。


「――ッ?!」


 ガタン、と下駄箱で大きな音を立ててしまった。

 一瞬、何事かと周囲の視線を集める。

 俺は『んっ』と軽く咳払いをして、何でもないことをアピールして、靴を中に入れた。


「どうした、昴?」

「……なんでもねぇよ」

「そうか?」

「あぁ」


 俺は酷く動揺しており、声が上擦っていないか自信が無かった。

 相手が単純な康寅でよかったと思う。


 上履きの上には一通の可愛らしい便箋が入っていた。

 ハートマークのシールで封がされ、如何にも女子っぽい。


 一体誰が? どうして?


 生憎と俺には学校で親しくしている女子はいない。

 嬉しさや喜びよりも混乱が先行し、どちらかと言えば怪しさの方が強い。


 手にとって裏を確認した時、猜疑心は確信に変わった。



 ――南條凛



 差出人の欄にはそう書かれていた。

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