第2話 無意識の行動
『私だって女子なんですよ?』
ベッドの中で寝転び、先程の平折の言葉を反芻していた。
俺にとって平折は、不思議な、何て答えていいか分からない存在だ。
ずっと会話もしてこなかった義理の妹で、しかしゲームの中では一緒にバカやってきた悪友。
家の中で見る姿はジャージか制服、髪もボサボサかひっ詰めの野暮ったいかお堅い恰好。
同い年だが、体つきも華奢で、身長も俺より頭一つ分低い。
どちらかと言えば頼りない感じの印象の女の子。
そう、女の子だ。
頭の上では理解している。
決して異性を感じるような事は無かった。
だけど……
カラオケセロリで出会った時、そして昨日ゲームに誘った時。普段のギャップもあって、その姿には吃驚した。動揺、と言ってしまっていいのかもしれない。
目を惹き付けられる手入れのされた長い髪。
華奢で普段は隠れている肩や足などを惜しげもなく晒し、腰なんて折れそうな程細い。
そして淡くふわりとした衣装に身を包んだ平折は、まさに女の子だった。
俺の知らない、女の子だった。
普段とは違った感情で、守ってあげたくなるような女の子だった。
実際、贔屓目無しに可愛いと思う。
学校の多くの奴がその姿知らないと思えば、優越感すら感じる程だ。
その姿の平折が、脳裏に強く焼き付いている。
自分だって年頃の男子だ。異性に興味はあるし、そういった欲求もある。
いつか異性とそういうことを……と想像することも多々ある。
平折の白い肌を、華奢な肩を、折れそうなほど細い腰を抱きしめ――
ふとそんな想像をしてしまい、頭を激しく振って掻きむしる。
――平折は、義妹だ。
強く、自分に言い聞かせた。
感じたのは背徳感だった。そして自己嫌悪だった。
仲良くはなりたいと思う。だけど、そういった欲望をぶつける様な対象じゃない。
クソっ、と布団の中で悪態付いて寝返りを打つ。
目の前の壁の向こうにいる少女は、今頃寝ているのだろうか?
「平折……」
義妹の名前を呟けば、妙に胸が締め付けられてしまった。
◇◇◇
「んっ、んぁあぁ~」
ベッドの上で大きな欠伸を漏らす。
身を起こそうとするのも億劫だ。
頭の中は霞が掛かったようで、上手く思考も働かない。
なんだか寝不足だった。
寝不足ゆえなのか、胃のあたりがムカムカしていた。
「あーくそっ」
悶々とした気持ちと一緒に、枕に拳を振り下ろす。
――ポスン、枕が八つ当たりするなと抗議の音を出した。
寝不足の原因はハッキリしていた。
その原因の元をである壁平折の部屋を、思わず見てしまう。
――PiPiPiPiPi……
丁度目覚ましの音が鳴り、我に返った。
何をしているんだろう……
ただの八つ当たりじみた事をしている自分が、急に恥ずかしくなった。
目覚ましを止め、目を擦りながら緩慢な歩みでリビングに降りる。
「うん?」
洗面所の方から、ブオオオォ~~という機械音が聞こえてきた。
何の音だろうか? 何かの電源を切り忘れたのだろうか?
よく働かない頭で、そんな事を思いつつ扉をあけた。
「ぅひゃうっ?!」
「平折?」
ガチャン、と何かが落ちる音がした。
そこには鏡の前で、髪をひと房引っ張った状態の平折がいた。
驚いて固まったままの平折と目が合う。
彼女の手にある髪を見てみると、少し濡れていた。
手入れの途中だったのだろうか? 光沢を放ち、艶やかに見えた。
平折の髪は結構長い。
普段纏められているとこばかり見るが、下ろした姿も新鮮だ。
朝から手入れされている髪が陽の光に反射し、天使の輪を作っている。
綺麗だな、と思った。
――そして、無意識の行動だった。
「さらさらだ」
「ふぇっ?!」
吸い寄せられるかのように、髪を撫でた。
サラサラと、指の間を流れるように髪が零れていく。
手をくすぐる感触はまるで絹の様にさわり心地が良く、病み付きになりそうだった。
なんだか自分の胸の中にあったモヤモヤが溶けて、満たされていく感覚すらあった。
多分俺はまだ、寝ぼけてたんだと思う。
じゃなきゃ大胆なことはしない。
どんどん赤くなっていく平折の耳をぼんやりと見ていた。
なんだかそれが可笑しくて、顔が緩んでしまう。
「~~ッ!!」
「っ!」
どん、と、羞恥の許容値を超えた平折に、ドライヤーを押し付けられた。
顔はどこまでも真っ赤で、目には涙を浮かべている。
――あ!
急激に頭が冷えていくのがわかった。
しかし、後の祭りだ。
平折に触れたいという、自分の欲求のままに行動してしまった。
顔を逸らし肩を震わせる平折を見れば、胸の中に後悔が押し寄せ罪悪感が募っていく。
「いや、その平折っ……」
「~~~~ってきます!」
言い訳を言い終える前に、しかし、ちゃんと挨拶をして逃げるように去っていった。
挨拶をしてくれた……だから嫌われたというわけじゃないと信じたい。
しかし、どうしたって不安が押し寄せて仕方が無かった。
どうしようかと手元に残ったドライヤーと、手のひらを見る。
にぎにぎと何度か手を動かし、先ほどの感触を思い出す。
「女の子、だったな」
無意識にそんな事を呟く。
昨夜自分に言い聞かせたばかりだというのに、そんな事を思ってしまう自分に呆れてしまった。
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