第14話 知らなかった事


 朝からそんな事があったせいか、その日は一日中妙に康寅に絡まれてしまった。


「おい、何をしたら南條さんに話しかけてもらえるんだ?」

「知らねーよ」

「くぅ~、さっきからニヤついて……興味無いフリして、やはり昴も男か」

「ちげーよ」


 休み時間のたびに教室にきては騒いでいた。


 それが妙に鬱陶しくて、放課後のチャイムと同時に逃げるように帰宅した。


 普段の俺と南條凛に接点はない。

 だから何かあったのではと、邪推されてしまったのだ。


 もっとも、彼女は誰にでも気さくに話しかける性分だ。

 朝の件で勘ぐるような人は居ない。

 周囲の反応から、何も無いというのを察して欲しいのだが……


 実際に何かあったと言えばあったのだが――馬鹿正直に答えられるものじゃない。


 とにかく、気にするのは康寅くらいだった。






『ちょっと、クライス君! 南條さんと何かあったの?!』

『いや、何もないが』


 ログインして早々、フィーリアさん平折に詰め寄られた。

 訂正、平折も気にしていたようだった。


「別にあんな事なんて、珍しいわけじゃないんだろ?」

「それはそうなんだけどね……うぅん、上手く説明できないけど、南條さんがいつもと違ったというか……」

「気のせいだろ」

「ぐぬぅ」


 思わずドキリとしてしまった。


 『本当に、南條さんとは何でも無いn』


 何度かそんな事を打とうとして……消した。


 あまりに繰り返して言えば、怪しまれると思ったのだ。

 上手く説明できる自信もなかった。

 このまま平折の気にし過ぎだと言う事で、シラを切ればいい。


 ――まったく、厄介なことをしてくれた。


 南條凛に対し、そんな恨み言めいた事を思ってしまう。


 確かに、俺と南條凛の間には秘密事めいたものがある。

 でもそれは色っぽいような話でもないし、聞けばきっと下らないと思うようなことだ。

 だから、平折にわざわざ言わなくていい。


 それはまるで自分に対する言い訳みたいだな、などと思った。


 だけどどうしてか、平折の顔が脳裏にちらつき、隠し事をしている後ろめたさなものを感じてしまった。

 何だか歯がゆかった。


 南條凛の猫被りは、わざわざ秘密にしてくれと言うくらいだ。平折も知らないのだろう。

 もしかしたら他に知る者はいないのかもしれない。


 わざわざ喧伝して回るほど性根は歪んじゃいないし、そこまで南條凛に興味があるわけでもない。


「メイクもいつもの感じと違ってた気も……何かあったとは思うんだよね……」

「俺が知るわけないだろ」


 しかし平折は、納得していないようだった。

 まったく南條凛の細かな変化まで、よく観察している。


 それだけ平折の興味を引いている南條凛に、嫉妬めいた感情を抱いてしまう。


 だから先ほどから答える言葉が、ぶっきらぼうになっている自覚はあった。

 子供みたいな自分に、呆れてしまう。


「南條さんのこと、よく見てるのな」

「そりゃあ、孤立から救ってくれた恩人だからね」



 ――――。


 予想外の言葉だった。

 一瞬、思考が停止してしまった。


 その言葉に、意識が冷え込んでいくのがわかる。

 まるで背中に氷柱を差し込まれたかのようだ。


「孤立?」

「中学の頃ね……ほら、現実の私の性格ってあんなだし、再婚で地元も離れちゃったから」

「そうか」

「だから、南條さんには感謝してるんだ」


 明るくなんでもないようにフィーリアさんゲームの平折が言う。

 だからそれが、既に過去の事だというのがよくわかった。


 だけど、心臓が喧しいほどに早鐘を打つ。

 手は汗に濡れて振るえ、キーボードを打つのも覚束おぼつかない。

 返事を返せたのは奇跡だったと思う。


 ふと、ここ最近の平折の姿を思い出した。


 地味で物静かで真面目な感じだが、友達の輪の中に居て、時折笑みを零す。

 先日はコラボのアバターの件で浮かれてニコニコしていたし、そのせいでドジもした。

 周囲はそんな平折をいじったりフォローしていたりした。


 話の中心になることはないが、蚊帳の外になることもない。


 一見真面目で大人しそうで、だけど何処か抜けてて目が離せなくて―― 


 決して、1人で寂しそうにしている顔を見たことはなかった。


 脳裏に浮かんだのは、今朝俺に向けられた平折の笑顔だ。

 それが何故か、急速に色褪せ、崩れていく。


 ――おれ、は……


「他にも、助けてくれた人もいたしね」

「そっか」

「感謝してるんだよ?」

「そっか」


 思考はぐちゃぐちゃで、相槌以上の台詞が出てこない。

 平折が何か言っているが――その意味はよくわからなかった。

 ただ、罪悪感にも後悔にも似た感情が、胸の中で荒れ狂っている。


 よくよく考えれば、すぐにわかることだ。


 平折は父の再婚と同時に、この家へと引越す形となった。

 当然、周囲に知り合いもいない。

 そして、あの性格だ。


 ――もしあの時、俺がしっかりと手を伸ばしていたら……


「それよりですね、クライス君が意外と勉強ができると聞きまして」

「それなりにだが」

「お願い! 数学教えて!」

「追試か?」

「うぅぅ~油断してた……」


 だが俺の内心とは対照的に、平折はいつものノリのままだった。

 それに引き摺られるように返事を返す。

 孤立してたことなんて、きっと既に過去になったことなのだろう。


 あぁ、そうだ。


 少なくとも、今の平折が孤立しているということはない。

 今朝の笑顔が何よりの証拠じゃないか。


 過ぎたことだ。

 解決したことだ。


 たらればの事を考えても、仕方ないのはわかっている。


 だけど、どうしても考えてしまう自分がいた。


 ――画面の向こうにいる平折は、今どんな顔をしているのだろうか?

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