第11話 気付く想い
倉井家の間取りは一般的なLDKの作りだ。
リビングにまでカレーの香りが漂ってきている。
「ごはん、これだけで足りるのか?」
「……っ」
お米をよそった俺に、平折が小さく頷く。その量はこちらの半分にも満たず、いくら平折が小柄で線が細いとはいえひどく驚いてしまう。
訝しがっていると、チンとレンジの鳴る音がした。
それと同時に平折がとてとてとそちらの方に向かう。まだ制服姿だった。着替える間も惜しんでログインしていたのだろうか?
「か、から揚げもありますので……」
平折は小さく呟きつつ、温めたから揚げのお皿をテーブルに持っていく。ついでとばかりに麦茶とスプーンも用意してくれる。
そして冷蔵庫の前で立ち止まり、おずおずと俺の方を見ながら訊ねてきた。
「その、卵……それとチーズ……」
「え…………あぁ、じゃあ卵もらおうかな」
どうやら平折はカレーに生卵とチーズをかける派らしい。俺は普段何もトッピングはしないのだが、そう答えると少しだけ平折の機嫌がよくなった気がした。
2人分のカレーを置いて席に着く。目の前に座る平折は背を丸めて縮こまっており、少々緊張しているようだ。
そういえば2人きりの夕食なんてこれが初めてだった。釣られて緊張してしまいそうになる。
「い、いただきます」
「…………ます」
俺の声と共に、平折も小さく手を合わせてから食べ始めた。
スプーンで生卵を潰し軽くかき混ぜ口に運ぶ。舌を刺す辛さが卵によってまろやかになり、甘みを引き出してくれている。初めて試してみたけど、これはこれありだな。平折の好きな味なのだろうか?
その平折はと言えば卵を潰した後、せっせとチーズをかけていた。ほんのり溶けかけるのを待っているのか、うきうきした様子でスプーンを手に待っている。
そして小さく一口。急に顔を赤くしたかと思うと、水に手を伸ばした。
辛かったのだろうか? それとも熱かったのだろうか?
「その、大丈夫か?」
「……っ!」
「そうか……」
返事はなくこくこくと頷くのみ。明らかに涙目になっているのだが言葉はない。
その後はお互い無言だった。がちゃかちゃという食器がぶつかり合う後だけがダイニングに響く。
なんだか妙に気まずかった。何か話題が無いかと必死に探し、気になっていたことを聞く。
「眼鏡、してるんだな」
「っ!?」
そこで初めて平折は俺の言葉で初めて眼鏡を掛けている事に気付いた様だった。どこか恥ずかしそうに頬を赤らめ、わざわざスプーンを置いて眼鏡を外す。
「……その、テレビやゲーム、授業の時は掛けてます」
「そっか……それと、あーその、昼、お弁当ありがと」
「……ッ! べつにその、何でもないです……」
「そっか」
「はぃ」
弁当の事も話題に出してみるも平折の答えは素っ気なく、どことなく気まずそうにしており話も広がらない。
俺たちの間に置かれているから揚げの減りは遅い。お互いが躊躇っている。
普通の兄妹ならこういう時どういうやり取りをするのだろうか?
なんとも言えないまま夕食の時間が過ぎていった。
「……ごちそうさま」
「あぁ」
結局その後、最後のから揚げを無理矢理飲み込んだ平折は、逃げるように自分の部屋に戻っていった。俺はその後姿を見送り、残りをタッパーに移し変えて冷蔵庫に入れる。
台所で鍋にこびりついた汚れに悪戦苦闘しながら、平折の事について考える。
随分とらしくない事をしたと思う。
今までほぼ没交渉だったのだ。
そんなことをぐるぐると頭の中で考えては、ぐしゃぐしゃとスポンジを強引に食器に擦り付けていく。
そしてふと――オシャレをした先日の清楚で可愛らしい平折の姿が脳裏にチラつく。
可愛いと思ってしまった。平折はどういうつもりであの格好を――
「ああ、くそ!」
このもやもやした気持ちを洗い流そうと、鍋や食器を荒々しく磨き上げていった。
自分の部屋に戻っても、胸の内は
嫉妬にも似た感情が渦巻き、自分でもどうしていいかわからない。
それでもゲームにログインしてしまうのは、習慣としか言いようがなく
『辛い、辛かったよ、クライスくん! それに熱かった! あと遅い!』
ログインして早々
どうやら辛口は好みではなかったらしい。
『悪かったよ。それと洗い物をしていたからな』
『それから見てよこれ! おかげ様で早速貰えたよ!』
細部は金糸の刺繍が施されており、キャラの狐耳にも金のイヤリングがきらりと光っている。それを俺に見せ付けるように、くるくると回って手を広げるモーションを繰り返していた。
夕食の事もあって
だけどこのいつものやり取りに、先ほどまでのモヤモヤした気持ちは嘘の様に晴れていく。我ながら単純だ。
『なかなかふとももが際どいつくりだよね。そしてパンツが見えそうで見えない……もしかして工数的に手を抜いたとか? いかん、いかんよ! そう思わないかね、クライスくん!?』
『いや、俺には何でそこまでパンツに拘っているのがわかんねーよ』
『かーっ、わかってないね、美少女のパンツだよ!? 色とかデザインが気になるじゃん! あ、それとも胸の方が気になるやつ?』
『おっさんかよ』
『ふひひ』
そう言って新しいアバターをおっさん臭くも嬉しそうに話す様は、いつも通りのフィーリアさんだった。
一見俺が邪険に扱っているように見える会話だが、そこには今まで築き上げた、ある種の信頼感めいたものがある。
だから、
『それより、から揚げだけ弁当の方が気になった。何だあれ? 人には見せられるようなものじゃなかったぞ』
『あははー、だよねー。私も1人でこっそり食べたよ』
『それで胃もたれ起こして心配されちゃ世話ないな』
『えっ! ちょっとアレ見てたの!? うぎゃーっ!』
そう言って
悪友同士、馬鹿話をしている感覚だ。先ほどまで色々考えてた悩みなど、些細なことだと思ってしまう。
それくらい
だからこそ現実世界でも、もっと
『さ、亀狩りに行こう! 今日こそ素材ゲットするんだ!』
待ちきれないのか
だから顔も見えず、背中越しに掛けられた言葉は不意打ちだった。
『今日はカレーありがと。おいしかった』
「――ッ!」
サラリと告げられた言葉に、胸が跳ねる。
自分の顔が熱くなっていくのがわかる。
先ほど自分が単純だと思ったが……本当に俺は単純のようだ。
できれば、直接言って欲しいと願うのは贅沢なんだろうか?
そのためにはもっと――
――……ああ、そうか。
ぐだぐだと悩んでいたけど俺、もっと平折と仲良くなりたいんだ――
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