第10話 世話の焼けるやつ


 フィーリアさんゲームの平折は結構ぽんこつだ。


『ぎゃー! MPポーションと間違えて、HPポーション大量に買っちゃった!』

『フィーさん回復魔法使えるのに?』

『うっうっ、どうしよう……さすがに50個は……』

『……はぁ、いくつか俺が予備として買うよ』

『ありがとう! さっすがクライス君!』

『調子いいのな』


 先日もゲーム内でそんな事があった。





 放課後、家路を歩きながら思い出すのは昼間の平折だった。

 顔色を悪そうにして腹を抱えていれば、そういう風・・・・・にも心配もされることだろう。


 だけど俺はアレがただの食べすぎだという事を知っている。

 から揚げだけ弁当は男子の俺でさえ結構胃にもたれたのだ。線の細い平折にはキツイものがあったに違いない。

 だというのに周囲に勘違いされてあわあわしている平折は、見ていて微笑ましい気持ちになってしまった。


 その真相を俺だけが知っている。そう思うと、どうしても口元がニヤついてしまう。


「ただいま、っと」


 残暑が厳しい9月の半ば、家に帰るとひんやりとした空気に人心地着く。

 玄関には脱ぎ捨てられた平折のローファーが転がっており、慌てているというか、急いで部屋に戻ったと言うのがうかがえる。


 それだけコラボアバターが楽しみだったのか?

 そんな事を思いながら、キッチンに向かいレジ袋を降ろす。俺は買い物をして帰ってきていた。

 昨日より弥詠子さんは単身赴任をしている父のところに行っており、各自で夕飯を準備する必要がある。


(しばらく平折と二人っきり、なのか……)


 別にそれは今に始まったことではないし、珍しいことではない。しかし今回に限っては、妙に意識してしまっている。

 何故だか落ち着かない気持ちになってしまい、制服のまま着替えもせずに、まな板や包丁を取り出し準備をしていく。


 今までこういう時の夕食は、弁当や外食など各自で済ますことが多かった。

 幼少期から父子家庭だったということもあり、料理はさほど得意ではないが、出来ないわけでもない。


 今日も買ってきたのはカレーの材料だ。

 まず失敗することもないし、多めに作れば明日にも回すことが出来る。夕食代として渡されたお金が浮けば小遣いにもなる。


 そういえば、カラオケセロリには『アグニ様のマグマカレー』なんてのもあったっけ……


 そんな事を思いながら、買い物袋から直接野菜や肉を取り出し調理を進めていく。

 ちなみに俺は辛口と中辛をブレンドするのが好きだ。ルーはサラサラ系よりドロドロ系の方がいい。カレーと言えばこのように人によって好みは千差万別だ。


 平折の好みはどんなんだろう?


 同じ屋根の下に住んで5年近く、そんな事さえ知らないことに愕然とした。

沈んだ気持ちを振り払うべく荒々しく野菜を切り刻み調理を進めていく。気が立っていたのか、野菜はどれもデコボコと見栄えが悪い形になってしまう。

 何やってんだ、俺は。


 そうして後は煮込むだけになり、残った野菜を冷蔵庫に入れてようとしてそれに気付いた。


「うん?」


 冷蔵庫の中には、皿に盛られラップされたから揚げが鎮座していた。きっと今朝と昼の残りだろう。

 もしかして平折の夕飯はこれだけなのだろうか? 今までのフィーリアさんゲームの平折なら、こういう時はどうしただろうかと考える。


 ……その答えは明白だった。


 ……ったく、世話の焼ける奴だ。そう思った時には既に、二階の階段を上がっていた。


「平折、いるか?」

「~~~~っ!?」


 ノックと同時に、ドタバタがっしゃん、扉の向こうから何か騒々しい音が聞こえてきた。

 何が起こっているかはわからないが、これだけ大きな音を出されると何か悪い事をしたような気になってくる。落ち着いた様子を見計らって声を掛ける。


「いやその夕飯にカレーを作ったんだが、一緒にどうかって……」


 返事はすぐにはこなかった。

 時間にして10秒か、それとも20秒か。部屋の扉の前で立ち止まるには長い時間だった。




「……どうして?」




 ――っ!


 返ってきた言葉は想像の埒外だった。


 ――どうして?


 だが冷静に考えれば、至極当然の台詞だ。

 今までの俺達は没交渉だった。

 家で会ってもロクに挨拶もしやしない。

 今まで声を掛ける事すら稀だったのに、いきなりこんな事を言われて困っているのかもしれない。


 それが急に、夕飯を作ったから一緒にどうかと言われても、平折も混乱するだろう。


 確かに今までこういう時、夕食に誘ったことはない。動揺からか続く言葉は早口で、言い訳じみてしまう。


「いや、そのな、お昼にあれな感じだったけど弁当作ってもらっただろう? だからそのお礼と言うわけじゃないが、借りを作ったままなのも何だかなって思ってさ」

「……」

「あー、その、別にいらないならそれでいいんだ。だから、気にし――」

「……食べる」


 ガチャリ、と。平折はほんの少しだけ扉を開け、顔を半分だけ出しながらそう言った。


「――そうか」


 そう答えた俺の顔は、酷く安心していたに違いない。

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