第9話 素顔は

 思えば不思議な状況だと思う。人気のない非常階段に女子と2人。

 しかも相手は学園のアイドルとまで言えるくらいの美少女、南條凛。


 男子なら夢見るほどのシチュエーションだろう。……相手が睨んでさえいなければ。


「あなた、隣のクラスの……倉井ね」

「俺を知っているのか?」

「えぇ、一応同じ学年の人の顔と名前くらいは覚えているわ」

「……凄いな」


 俺なんて同じクラスの奴ですら、ちょっと自信がない。


「こんな人気のないところで一体……もしかして、あなたも誰かに?」

「ないない」


 悲しいかな、生まれてこの方女子と付き合った経験はない。

 じゃあどうして? という訝しげな彼女の視線に、ため息をひとつ。

 きっと、生半可な言い訳では納得してくれないだろう。

 俺は観念して、渋々弁当の中身を見せた。


「これ、見られたくなかったから」

「ぷふぅっ!」


 今度は南條凛が噴き出す番だった。

 みるみる目を見開いたかと思えば、その場にうずくまって顔を伏せ、肩を振るわせ始める。


「見事な3色から揚げ弁当だろう?」

「ちょっ、なにそ……やだ、3色って……っ! 味で!? お腹いたい……っ!」


 どうやらツボに嵌まってしまったようだった。

 面と向かって笑ってはいけないという思いがあるのか、必死に笑いを堪えている。

 俺はと言えば、またもや南條凛の意外な一面に戸惑ってしまっていた。


「ね、ねぇ、どうしてそんなお弁当なの? いつもそうなの?」


 目尻に涙を浮かべつつ、好奇心に満ちた目で話しかけてくる。面白い返答を期待しているようにも見えるが、生憎とそんなものを求められても困る。


 ……けど、先ほどの敵愾心剥きだしの目よりはマシか。俺は説明する代わりにとスマホを弄くり、とあるページを彼女に見せた。


「ヘブンとコラボ……Find Chronicle Onlineのアバター……? 何これゲーム? あ、このキャラとか可愛い!」

「いわゆるネトゲだ。この弁当は――まぁ、そういうことだ」

「だ、だからって、お弁当箱をから揚げだけって……っ!」

「まったくだな」

「でも自分で作ったんでしょ?」

「……やっぱり、やり過ぎだったか?」

「ぷっ……!」


 またも南條凛は堪えきれないとばかりに、噴き出した。

 あまりこういう風に笑われる事に慣れていないので、どう反応していいかわからない。きっと俺は今、物凄いしかめっ面をしているだろう。


「そういえば、ウリエたんって?」

「あー……見られていましたか……」


 あまりに笑われてばかりで居心地が悪いので、反撃とばかりに先ほどの気になったことを聞いてみた。

 すると今度は一転、南條凛はどこか恥ずかしそうな顔に変わる。時間にして4秒か5秒。大した時間ではないが、無言で見詰め合うには気恥ずかしい空気が流れる。

 そして「よし!」と可愛らしい掛け声と共に、南條凛は自身のスマホをこちらに見せてきた。


「うん?」


 映し出されていた画面には、アイドルっぽい衣装を着た女の子のイラスト。どこかファンタジーっぽい感じで、耳が尖がっている。そしていくつかのコマンドが並んであった。

 どこか見覚えのあるそれは、ネットのバナー広告とかで見たことがあるソシャゲだった。


「確かこれって、異世界でアイドルを育てるっていう……?」

「そう、それ! あたしの推しがこのウリエたんなの! ウリエたんの良い所はね――」


 そういって南條凛は前のめりになって色々説明してくるのだった。

 あまりの興奮具合に、俺は若干引き気味になるくらいの勢いだ。

 タロット占いが趣味の癖に当たらない、水着ウリエたんってば良い能力の癖にカナヅチだ、寡黙無口キャラを志しているはずなのにポンコツ可愛い、等々。ウリエたんが如何に可愛いかという事を、身振り手振り全身を使ってアピールしてくる。


 ――そんな顔もするんだな。


 自分の好きを一気に捲くし立てる姿は、興奮してはしゃぐ童女そのものだった。

 さっきから見ていれば怒ったり笑ったり興奮したり……くるくると表情が多彩に変わる。いつもにこにこと愛嬌を振りまくだけの彼女のイメージからはほど遠い。


 だけどこれが本来の南條凛の姿なのだろうか?

 そうだとすると、普段周囲に見せている周囲を惹き付ける笑顔なんて、まるで仮面だ。

 しかしこちらの姿の方が親近感が沸き――そこで何かに引っかかった。


 ――フィーリアさん。


 どうしてか、また何度目かのフィーリアさんゲームの平折と重なってしまった。

 人目を気にせず、好きなものをひたすら喋るその姿は、非常によく彼女と似ている。


 ああ、なるほど。

 そう思うと、目の前ではしゃぐ南條凛が途端に微笑ましく感じてしまう。自然とまなじりが下がり口元が緩む。


「それ、好きなんだな」

「っ! えっ、いやその……おかしい、かな……?」


 俺の台詞で我に返ったのか、途端に恥ずかしそうに俯き、耳まで赤く染めあげる。 

 そして、何だか意外なものを見るような目で見上げてきた。


「そんなこたねぇよ。俺だってゲームが好きで弁当がこんなだし」

「そうだよね! 3色弁と……ぷふっ」

「てわけだ」

「ぷっ……あははっ!」


 心底可笑しいと言わんばかりに、お腹を抱えて笑い出す。まるで、何かを吹っ切れたかのような勢いだ。

 ひとしきり笑った南條凛は、不意に真面目な顔をして俺の目を見つめてきた。


「はーおかしー! ……ね、さっきのこと、皆には黙っていてくれないかな?」

「スマホのゲームの事?」

「うん」

「あぁ、わかったよ」


 ゲームが好きなくらい、特に変な趣味だとは思わない。それを言えば平折なんて相当なゲーマーだ。

 確かに、先ほどの溺愛や壊れっぷりはビックリしたけれど。


「しかし、隠すほどのものでもないんじゃないか? 周囲に好きな奴も――」



「ダメ」



 有無を言わさぬ迫力だった。


「いや、その……」

「絶対ダメ」


 その瞳は何も映さず、底冷えするかのような昏いものを湛えている。先ほどの男子を振った時とは比べ物にならない迫力だった。


 ……これは、踏み込んだらいけない部分だ。


 せっかく友好的な雰囲気だったのに、どんどんと良くない空気に侵食されそうになる。やれやれと肩をすくめ、空気を払うかのように、一つ大きなため息を吐く。


「そうかい……だけどさっきみたいな風にはしゃいでいる方が、いい顔してるよ」

「な、なっ!」


 からかう様な声色で南條凛を茶化す。目論見は成功で、どんどん顔を真っ赤にしていく。それを見ていた俺は、ニヤニヤしていたと思う。


「う、うるさいっ!!」

「おっと!」


 だからポスっと、癇癪を起こした子供の様に、足を蹴飛ばされるのだった。


 ――誰かに言ったら承知しないから!


 南條凛はそう言って、何重にも猫を被りなおしてから立ち去った。

 どうして猫を被るのかはわからない。それを追求するほど仲が良いわけでもないし、彼女に興味があるわけでもない。何か事情があるのなら触れずにいよう。


 素の自分と猫を被った自分。……平折はどっち・・・なんだろうか? それだけが気になった。


「――くそっ」


 俺はもやもやした気持ちと一緒にから揚げを飲み込んでいった。






「うん? どーしたんだ、昴?」

「別に……暇でな」


 食べ終えた俺は、気付けば康寅やすとらの教室に足が向かっていた。

 それだけ平折ひおりが気になっていたのだろうか? 無意識にその姿を探してしまう。


「大丈夫、吉田さん?」

「急にちゃったの? 薬ある?」

「保健室行く?」

「ん、大丈夫、です……すぐに良くなると思うから……」


 見渡せばそこには、南條凛たちに気遣われる平折の姿があった。

 席に座っている平折はお腹に手を当て、どこか顔色が悪い。女子特有の障りを気遣われているようだったが、その唇を見てみれば、油でほんの少しテカっている。


 ……どう見てもから揚げの食べ過ぎだった。


「なんだ吉田の奴、生理重いのか? 大丈夫か、保健室で薬もらってこようか!」

「ちょっと、祖堅そけん君!」

「祖堅さいてー、デリカシーなさ過ぎ!」

「吉田さん本当につらそうにしているっていうのに!」


 康寅は気遣いが出来る男を南條凛にアピールしようとするも、それはデリカシーが欠如した台詞によって裏目に出てしまっていた。馬鹿な奴だ。

 当の平折と言えば、皆の気遣いや康寅の台詞によって、羞恥に顔を赤らめ俯いている。


「康寅お前……」

「祖堅バッカでー!」

「男が口出ししたらダメな領分だろ」

「ははっ、謝っとけよ」


 康寅は男子連中にも馬鹿にされ、笑いものになっていた。

 ……ははっ。

 違うぞ、皆。平折のあれはただの食べ過ぎだ。周りが変に勘違いしているから恥ずかしがっているだけだ。まったく、あいつはこっちでもポンコツなんじゃ――


「くぅ、昴まで笑ってんじゃねぇよ!」

「はは、すまん」


 ――ああ、そうか。


 どちらにせよ平折はフィーリアさん平折だ。


 そう思うと俺は口の端が上がるのを抑えきれなかった。

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