第6話 憧れの
その日の午後の授業中は、平折の事ばかり考えていた。
物静かで自分の席で本を読んでいることが多い。友達がいないわけじゃないが、仲の良いグループの隅っこで聞き役が定番。クラスでも地味で目立たず取り立てて何かがあるわけではない、どこにでもいるような大人しい女子。
平折と言えばそんなイメージを持っている。
だから、さっきのように話題の中心になっていた昼休みの光景が意外だった。
意外と言えば、平折が助けを求めるようにこちらを見たこともそうだ。
俺と平折は家でもそうであるように、学校でも接点がない。今まで学校で声を掛けたこともなければ、目が合った事すらない。一体どういうつもりだったのだろう?
そんな事ばかり考えているうちに放課後になってしまった。俺の周りも開放感からか教室は私語で騒めいている。
その喧騒に誘われるかのように康寅がうちのクラスに顔を出しに来た。
「昴ー、ゲーセン寄って帰らねー?」
「おぅ、わかっ――いや、やっぱ今日はいいや」
そうか、と言って康寅は好きな音ゲーのリズムを口ずさみながら去っていく。部活に所属しているわけじゃないので、放課後に予定はない。バイトもたまに単発のものを入れるくらい。
だから基本的に遊びに誘われれば着いて行くことが多いが、今日はそんな気分にならなかった。どうしても、昼間の平折の表情が気になってしまっていた。
それを思い出すと、早く平折と何かを話さなければ、という気持ちになってしまう。
……だというのに、すぐに家に帰る気にもならない。頭の中は平折のせいでぐちゃぐちゃだった。
◇◇◇
「ただいま」
玄関に俺の声だけが響く。
結局コンビニに寄ってバイトの求人誌を眺め、普段より30分ほど遅れての帰宅になった。
平折のローファーが乱雑に脱ぎ散らされており、先に帰宅しているというのを物語っている。
――まるで昨日の焼き直しみたいだ。
昼間の事、何か言わないと――そんな事を考えながら自室に戻りPCを立ち上げた。
『ひどい! 助けてくれてもよかったのに! あと遅い!』
そしてゲームにログインして早々、フィーリアさんにお叱りを受けた。
『……どうやってさ?』
『そ、それはその……どうにかして?』
『女子の話の中に入っていけってか? あれは俺には無理だろ、強く生きろ?』
『うぐぐ、クライス君が冷たいっ!』
なんだか拍子抜けだった。
開口一番、非難めいて拗ねる言葉は長年の親友に対するそれであり、本気で恨んでいないというのがよくわかる。まさに軽口そのものだ。
そのせいか、平折に対する申し訳なさやら何か言わなきゃという気持ちが一気に霧散してしまい、くつくつと喉の奥が鳴ってしまう。
場の空気はすっかり、気の置けない友人とのそれになっていた。
俺の呼称が以前と同じゲームキャラのままというのもあるのだろう。
『そもそも、学校でのあれは何だったんだ?』
『うぐっ、それはその、南條さんに昨日着て行く服や美容院の面倒を見てもらいまして……』
『へぇ』
『わ、私にもですね、見栄というのがあるのですよ!』
『……』
『な、なにさ!』
平折の格好といえば、家でのジャージやスウェット姿位しかイメージがない。オシャレとは無縁というか、私服姿の記憶を探すのも難しく、髪だっていつもぼさぼさだ。
そういえば昨日、平折は随分早く家を出て行ったっけ。なるほど、あれは美容院だったのか。
普段の姿から忘れがちだが、平折だって年頃の女の子だ。切っ掛けがなかっただけで、そういったオシャレに興味があってもおかしくはない。
実際、先日の平折の姿にはドキリとさせられてしまった。
もし普段からその辺の身だしなみとかに気を遣っていれば、学校の男子だって放ってはおかないだろう。
そもそも平折は一体どういうつもりで、あんなにもお洒落に気合を入れたのだろうか?
いや、
『そういやさ、平折は南條さんと仲が良かったんだな』
『ふぇっ!? う、うん。中学から同じクラスだし、それなりにね? あ、もしかしてクライス君も南條さんの事が好きなの?』
『や、別に』
『またまた~、そんなこと言って~! あの子すっごく可愛いしね、わかるよ~! このアバターとかさ、似合いそうじゃない?』
そう言って
『うーん、でもこれだと南條さんの良さは引き出せないな……そうそう知ってる? 南條さんって結構な隠れ巨乳なんだよ。多分EかFはあるんじゃないかな?』
「んぇっ!?」
いきなりそんな学園のアイドルのスタイル事情を聴かされれば、思わず現実で変な声をだしてしまう。隣の部屋からしてやったりとクスクスと言った笑い声が聞こえてくる。
『いやもう、制服越しに何度か触れた事あるけどね、それはもう柔らかいしズシリとくるの! あれは顔を埋めたくなるよね!』
『おまそれ、俺はどう答えればいいんだ』
『羨ましがればと良いと思うよ!』
『お、おぅ』
『他にもだけどさ――』
と言いながら、着替えの時見た鎖骨や脚のラインがたまらない、腰の細さが反則的などと、女子同士でないと知り得ない生々しい情報を伝えられれば、ドギマギしてしまう。
南條凛は美少女だ。そこに疑う余地はない。客観的に見ても可愛い容姿だと思う。
そんな彼女の秘密ごとめいたものを教えられれば、罪悪感からか何だか落ち着かなくなる。
一体俺にどう反応しろというのだろうか? ただその一方で熱弁する平折の姿から、南條凛に対して並々ならぬ思いを持っているのだけはしっかりと伝わってきた。
『豊かな南條さんに比べて私のはと言えばッ! 不公平、不公平だよ! そう思わないっ!?』
『いや、そんなこと言われてもな……』
嘆く平折の胸は、確かに豊かとはいえない。しかし昨日の平折の姿を思い出せば、胸など些細なことだと言いたくなる。思わず『胸の大きさはともかく、こないだの平折は可愛かったし、普段からあんな格好をs』とまで打ち込み、そしてふと我に返った。
――俺は今、何を打とうとしてた!?
まるで口説いているかのような台詞がモニター上に踊っている。完全に
――軽率な事を言って、平折に変に思われたらどうしよう?
慌てて書きかけのチャットを消していく。その最中の事だった。
『はぁ、いいなぁ……可愛くて明るくて皆に好かれておっぱいも大きくて――私ね、南條さんみたいになりたかった』
「……平折?」
一瞬どういう意味かよくわからなかった。
反射的に、何か違う、と叫びたかった。
何か言いたくて、言わなきゃいけない気がして、でも何て言っていいかわからなくて――そして何故か、初めて出会った時の平折の姿が思い浮かび、目の前のフィーリアさんと重なる。
『それよりトレハン行こうよ!』
『今からか? 夕飯に障るぞ』
『ちょ、ちょっとだけだから……ね?』
『ったく』
しかしそう言った平折本人もその言葉を無かったようにしたいのか、矢継ぎ早にチャットを打ち込んでいく。
自分でもこれは逃げだとはわかる。だが、その平折の言葉に便乗してしまった。
南條さんみたいになりたかった――
その
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