第4話 チャットログ


 気まずい空気だった。

 それでも、その場で立ち尽くすのも何なので、カラオケセロリへと移動した。


 部屋によってはクッションだらけやモニターが複数あるような部屋もあるが、選んだのはスタンダードに普通の部屋。受付で部屋の種類を見たが、もはやカラオケ屋というより貸し部屋店といった感じだ。店員に案内され、事前にゲーム内で頼もうと話していたものを注文する。


 なお、ここまで一切の会話はない。

 付かず離れずの微妙な距離で、お互い妙にそわそわしている。


「「……」」


 いつも家にいるみたいな関係だと言えばそれまでだが、明らかに平折は緊張で身体が強張っていた。俺も肩に力が入っているのがわかる。


 未だに平折がフィーリアさんだという現実感がない。

 普段見かける平折の姿と言えば、膝がすっぽり隠れる長いスカートの制服姿か、家でのスウェット姿。髪もひっつめて強引に纏め、お洒落とは無縁な女の子。

 それが今や、ゲームキャラのフィーリアさんみたいに、見たこともない短いスカート丈で素足をさらけ出している。


 口を開けば『おぱんつ様』『ふとももチェック』『背中エロスライン』などと下品というかおっさん臭いことばかり言うフィーリアさんと平折の姿が、どうしたって重なってくれない。


 部屋に入りカーディガンを脱ぐと、ノースリーブで白い肩もむき出しで、目にも眩しい。

 大胆で可愛らしくもあるけれど、服のセンスや本人の性格からか、清楚さも感じさせる。

 思わずドキリとしてしまう程の可愛らしさがあった。


「……ッ!」


 俺の視線に気付いたのか、慌ててカーディガンを膝の上に置き足を隠す。ぷるぷると身体を震わせ涙目でこちらをねめつける。

 そういう目で見たわけじゃないのだが……だけど、うん。


「あーその、似合ってる。可愛いんじゃないか?」

「~~っ!」


 思ったことを口に出してみた。それはゲーム内でフィーリアさんと話チャットする感じのノリだった。実際かなり可愛いと思う。

 だけどこういう格好に慣れていないのか、背伸びしている感は否めない。

 しかしそこが初々しく、また普段とのギャップもあって新鮮に映り、胸がざわめいてしまう。


 ――普段から、その辺ちゃんとすればいいのに。


 お節介にもそんな事を思ってしまう。勿体ないな。

 そんな事を思いながら見つめるもしかし、平折は顔を真っ赤にして俯くだけで、なんだかより一層、気まずくなってしまった。

 沈黙の空気が重々しく身体に圧し掛かり、息苦しくて溺れてしまいそうだ。


「お待たせいたしました~♪」


 そんな重い空気を切り裂き、明るい声が部屋に響く。

 俺たちと違ってテンションが高い店員さんである。


「クラーケンのイカ墨パスタと竜王ファブニールの瞳コロッケ、それに騎士の血の誓いは?」

「あ、俺です」

「では彼女さんの方が、錬金術師のお茶ポーションですね~♪」

「~~っ!」


 そう言って店員さんは微笑ましいものを見るかのよう配膳し、去っていく。

 ガチガチに緊張した年頃の男女2人――確かにそう見えなくもない。


「「……」」


 店員さん的には背中を押したつもりなのだろうが、生憎と俺たちはそういう関係じゃない。

 先ほどまでとはまた違った空気になり、互いに変に意識してしまっているのがわかる。


 俺も平折も、ちらちらと互いに相手を伺っている。


「た、食べようか! 見た目は仰々しいけど、中身は美味しそうだし!」

「……」

「き、騎士の血の誓いはトマトジュースに炭酸で意外な味だな! 錬金術師のお茶ポーションはどんな感じ?」

「…………美味しい、です」

「そ、そっか! ははっ……」

「……」


 ……このなんとも言えない空気を振り払おうと、無理にでもテンションを上げて話しかけてみるもダメだった。

 空回りしている。カチャカチャと食器がぶつかる音だけが部屋に響く。


 俺は苦い気持ちと共にコロッケを飲み込んでいった。




◇◇◇




『それじゃ、寄る所あるから!』


 と、別れたのが1時間ほど前。結局あの後、平折とは一言も会話をすることはなかった。出来る限り無難な話題を振ったりもしたが、なしのつぶて。

 場が持たなくてカラオケに手を出してみるも、一人で何度も唄うのは精神的にもきつかった。


 まさか平折がフィーリアさんだったなんて……


 未だに2人が同一人物だなんて信じられない。性格だって雪と墨ほど違う。

 なにより、これから家でどんな顔をすればいいのだろうか?

 家までたっぷりと回り道をして考えてみるものの、考えは全然纏まってくれない。


「ただいま」


 いつもの如く返事はない。平折は、と思って玄関を見てみれば真新しいミュールがあった。今日のためにおろしたものだろうか?

 ふぅ、とため息が零れてしまう。

 とにかく疲れてしまっていた。


 平折と何となく顔を合わせづらいということもあり、自分の部屋へ直行する。入ってすぐ目に飛び込んで来たのは、付けっ放しのモニター。


 そういえば出掛ける前にログインして、そのままだっけ……ん? あれ?


『遅い!』


 俺が部屋に入ると同時に、チャット欄が書き込まれた。画面の中では立ちっぱなしの俺のキャラに、フィーリアさんがぷんすかと怒ったエモートを繰り返している。


『悪ぃ、寄り道してた』

『もぅ、どこ寄ってたのさ?』

『適当に宛てもなく……そのへんを遠回り?』

『え、それだけ? ただの道草? うわぁ~暇人だ』

『うっせ!』


 いつも通りの会話だった。なんだか拍子抜けしてしまう。

 だから余計に、平折がフィーリアさんだと思えなくて混乱に拍車がかかる。


『平折……だよな?』

『それがどうしたかね、あーその、昴、君……』


「……そう、か」


 思わずリアルで独りごちる。俺はフィーリアさんに本名を教えた事は無い。

 それを知っているということは、やはり彼女は平折で間違いないようだ。


『いやー、イカ墨って初めて食べたけど、バターみたいにコクがあってビックリ! 味はペペロンチーノに似ていてさ、思ったよりあっさりな感じで意外だったよー』

『へぇ、そうなんだ』

『コロッケはどうだったの? 竜王の瞳を模したってあるけどクオリティはイマイチだったよねー。味はどうだった?』

『まんまカニクリーム……まぁおいしかったよ』

『そうそう、錬金術師のお茶ポーションだけどさ、あれは普通にジャスミンティーで――』


 モニター上のチャット欄では、フィーリアさんが捲くし立てるかのように今日の感想を言っている。

 それはいつも通りの会話だった。

 これからどう接すればいいのか悩んでいたのが馬鹿らしくなる位、今まで通りだった。


 同時になんだか無性に胸がもやもやしてくる。

 隣の部屋にいるんだから、直接話した方が早いんじゃないのだろうか? 昼間のアレは何だったのだろうか? だから気付けば立ち上がって、平折の部屋の前に来てしまっていた。


 ……ガラにもなく、らしくない事をしているなという自覚はある。

 きっと俺はまだ、混乱している最中なのだろう。


「平折?」

「~~~~ッ!?」


 コンコンとノックと共に声を掛けるとドタバタガッシャン、ひっくり返るような音がした。

 ガチャリと開いたドアからは、恨めしそうな顔で見上げる平折の姿。


 少し涙目だ。おでこも少し赤い。心なしか頬が少し膨らんでいる。服はまだ着替えていないようで、家でオシャレをしている義妹平折の姿が新鮮だった。

 それだけでなく、ちょっと……その、うん……可愛いな……そう思って顔に熱を持つのを自覚する。


「あの、だな……こういうことは直接話してもいい――」

「~~ッ!」


 俺が最後まで言い終わることなく、ぽすぽすと無言でクッションを押し付けるようにはたいてきた。チラリと顔を覗けば、いつものように耳まで真っ赤にしている。


「――すまん」


 俺は困った顔のままガリガリと頭を掻いて踵を返す。少し胸が痛む。


「……………………今日は、ありがと」

「――ッ!?」


 それは蚊の鳴くようなか細い声だった。だけど確かに聞こえた。

 平折はよほど恥ずかしかったのか、声より大きい音を立ててドアが閉まる。半ばぐるぐるする頭のまま部屋に戻る。



『また行こうね』

――フィーリアはログアウトしました



 モニターにはそんなログが残されていた。


「……なんだよ」


 ただのチャットのログだというのに、やたらと胸が騒めいてしまう。


「~~~~♪」


 隣平折の部屋からは、こないだと同じく機嫌が良さそうな鼻歌が聞こえてくる。

 って、よくよく聞けばゲームの主題歌じゃないか。思わず平折の部屋の方を見てしまい、口元が緩んでいるのを自覚する。



 きっと。

 これから俺たちの、何かが変わる予感がした。



※※※※※※※※


こんな感じで始まる物語です。

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