第3話 待ち人は……
あれから3日、あっという間に土曜日の朝になった。
ちなみに昨日も一昨日もゲーム内でフィーリアさんと会っている。
『クラーケンのイカ墨パスタ……そういやイカ墨って食べたことないんだよね。クライス君はある?』
『いや、ないな。見た目が黒くてちょっとなー』
『こういう時にこそ、冒険ってしてみたくならない?』
『それでもしハズレ引いたら目も当てられんぞ? しかもこれ、1280円もするし』
『うぐっ!』
こんな感じで会話チャットの内容も、カラオケセロリに行ったらこれを頼みたい、あれも頼みたいけど予算が、などといったものが多く、結構楽しみにしてくれているみたいだった。誘った手前、嬉しく思う。
「ふぁああぁ~ぁふ」
寝起きのボサボサ頭のまま、欠伸を噛み殺しながら階段を降りる。丁度その時、バタンと玄関の扉が閉まる音が聞こえた。どうやら平折はどこかへ出掛けたようだ。
冷蔵庫から麦茶か牛乳どちらにするか逡巡し、コップに牛乳を注いで一気に呷る。目の端に入った時計を見ると現在8時55分。普段休日なら昼近くまで寝ているはずだが、俺も存外に楽しみにしているらしい。
それにしても平折は随分早くから出かけたようだった。この5年近く、挨拶以上の会話をしたことはほとんどない。家族になったとはいえ、普段どういう交友関係があるのか全くわからない。学校で時折見かけるが、物静かで読書ばかりしているイメージだ。
誰かと馬鹿騒ぎをするような性格ではないが、友人がいないというわけじゃない。誰かと遊びにでも行ったのだろうか?
そしてふと、友達と遊び笑顔を見せる平折を想像し、何故か胸がモヤモヤした。
飲み干したコップをシンクに浸け、モヤモヤを振り払うかのように洗面所で顔を洗う。
「ふぅ」
幾分かすっきりした頭で気持ちを切り替える。今日はフィーリアさんと遊ぶ日だ。辛気臭い顔をされたら、たまったものじゃないだろう。
◇◇◇
初瀬谷という街は、よくある地方都市だ。近隣に大都市があり、ベッドタウンという側面が強い。
それでも多くの人口を抱えるだけあって、駅前にはショッピングモールを始め様々な商業施設が立ち並んでいる。当然ながら、休日ともなれば大いに賑わっていた。
待ち合わせ場所は駅前の時計下。そこも例に漏れず、人の往来でごった返していた。
「っと、まだそれらしい人は来ていないか」
スマホに目を落とすと11時47分。約束の12時にはまだ少し時間がある。
実は連絡先を交換していない。決めたのは場所と時間、そして目印だけだ。
目印にしたのは『くっ殺ゴブリン』のキーホルダー。縄で縛られた眉毛が太いやたらと凛々しい緑肌の子鬼が手のひらで踊る。これは『くっ、殺せ!』という台詞が特徴的なゲーム内のマスコットキャラだ。
フィーリアさんもこのキャラが大好きで、よく敵の群れに突っ込んでやられそうになるとこのキャラの真似をして『くっ殺せ! って、クライス君救援はよー!』なんてよく言っている。俺たちの待ち合わせの目印にするには打ってつけだろう。
これに決めた時、俺たちらしいなとモニターの前でひとしきり笑ったものだ。
スマホケースに無理やり取り付けてみたのだが、結構な大きさもあってよく目立つ。こんなものを付けているのは、当然ながら周囲では俺だけだ。少し悪目立ちしているが、フィーリアさんなら笑って見つけてくれるに違いない。
「……ぁ、の……」
「ん?」
鈴を転がすような、可愛らしい声が聞こえた。
どうしたことかと顔を上げれば、見覚えのない小柄な女の子。
光の加減で青くも見える、艶のある濡羽色の長い黒髪にどこか幼さの残る顔。ハイウエストで絞った桜色のワンピースと白のカーディガンは、大人しそうな雰囲気の彼女を清楚に演出してくれている。そんな、思わず二度見してしまうくらいの美少女だった。
彼女は大きな瞳を揺らしながら、俺のスマホケースのくっ殺ゴブリンへと指を差している。
「えっと、その……クライス……君、ですか?」
「っ! あ、あぁ、そうだけど……フィーリア、さん?」
初めて見る女の子のはずだった。
だというのに、どうしてか既視感めいたものを感じてしまっている。不躾だとはわかっていても、ジロジロと
そんな俺の視線を恥ずかしがってか、フィーリアさんは身をよじらせる。
可愛らしい見た目と違って、自信なさげにおどおどとした態度にギャップを感じる。そしてどこか見慣れ――いやまて、まさかこの娘は……
「平折、なのか……?」
こくん、と。いつものように、その小さな顔を俯かせる。
「……フィーリア、です」
そしていつもと違って、蚊の鳴くような声で俺の呟きに応えた。
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