第5話 いつの間にか垓下
四面楚歌とは。助けがなく、まわりが敵・反対者ばかりであること。
分析者たちの指示書のFMTはどうすべきか、分析者たちから集められたヒアリング対象者たちと協議するのだが、彼らからはそもそも企画自体受け入れられていなかった。裁量を持つ部長はこの企画をぜひとも進めるべきだと受け入れてくれた。長年2部署におけるすれ違いがあり、画一化された基準によって一部でもそれを解消することが品質の担保に寄与する全体最適の方向だということを理解してくれた。だが、現場で分析を行うプレイヤーたちは違った。まず、そもそも個人が全体の最適を考える必要はない。また、社内一丸となってクライアントに寄り添うという経営方針なのだから、内勤部門はフロントサイドの多少の荒は認めるべきなのだ。彼らの主張するやむなく発生してしまう「荒」の中には、本来エクセルで送るところを、.txtで送ることも、チャットツールベタ打ちで送ることも、電話だけで済ませることも含まれていた。我ながらこの状況でよくやってきたものだ。
それでもヒアリングはしなければならない。意見はありませんか?というと、出ない。具体を示しても出ないのだ。理由はこうである。下手にツールの仕様に関わってしまうと、自分の提示した入力ルールに全分析者が引っ張られることになり、それで迷惑をかけられない、ということだった。システムの仕様については最終的には部長が採用不採用をゆだねるので責任は発生しない、意見ベースでもいいから出してほしいと言っても彼らはガンとして出さなかった。今まで一緒に仕事をしたことのない部長層に何度も泣きつき、少しずつ意見を出してもらう。
そして結論として出たのは、フォーマットの内容としては、枠=エクセルとしてのセル配置は固定にするが、入力定義は緩くする、というもの。入力されている値がツールとしての整合性があるかは分析者は担保しない、ということだ。本来数字を入力するところに日本語が入っていてもそれを直すのは分析者ではないし、エクセルを数字しか入れられない状態にされるとアラートが出すぎてうるさい、ということである。結局それ以外の部分も、指示の正しさを担保できない、というのが分析者たちの総意だった。それでもテキストや電話で済まされるよりはマシだと思い、開発を進めた。そしてこの時の判断が、序章で倒したあの怪物の目を覚まさせ、そして私を今でも苦しめている。
エラーの魔物である。
この魔物は入力内容が適切でないときに現れる。そしてこの入力内容は、分析者は担保しない。データの集計者が期待に満ちた目で実行ボタンを押しても、返ってくるのは無情なエラーである。
指示書としての統一フォーマットを目標とする手前、使用率1%であっても機能として搭載しないという判断がしにくい。指示を出す側からしてみれば、今まで自由によろしくやっていた業務が縛られるのだ、せめてやりたい分析の指示FMTはなくては困ると主張する。そうして実装を進めるのだが、1つ1つの機能は簡単でも、重なってくればUIもプログラムもサグラダファミリアよろしく複雑化していく。結果生まれたのは、ほとんどのデータ集計業務を自動で行えるが、マニュアルは100ページにも及ぶモンスターであった。このモンスターを、たった一人で作ってしまった。作ってしまった以上、保守も展開も一人に集約されていく。エラーが出ればその報告を、機能不足があればその追加要望を、私のチャット欄にどんどん追加してくる。
「UIが気に入らないから使わない」そう言ったのは、ヒアリングを行った一人だった。それに対して私の上長はこう言うのだった。
「UI変えるだけならできますよね?」
「機能が多すぎて使いたくない」そう言ったのはデータ集計側の同期だった。
良かれと思ってやってきたことが裏目に回っていく。
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