第4話 Youはどうして弊社へ?

新人とのコミュニケーションで必ず、「どうして弊社に来たの?」という話題が出る。業界のトップを走っているから~とか、理念に共感して~とか、会社の人がいい人だらけだから~と、返ってくる。勿論この手の話題は振った側にも返ってくるので、私も「説明に来ていた人事の人がかわいかったから」と、そこそこに安牌な返事をする。


一方、働きなれた社員同士でのコミュニケーションで「弊社への志望動機」という会話デッキは使われない。むしろ「なぜ辞めないのか」デッキの方が使っている気がする。私は働き続ける理由を「まだやり切ったと思えなかったから」と言うようにしていた。間違いではない。だが、やり切るとは何か、と言われれば答えはないはずだ。だが、私には明確な目標があった。



1年目の1月、私の数少ない友人が病気にかかった。彼女の病気は治せないということだったので、せめて死に目くらいは看取ってやるつもりでいた。が、あっけなく彼女は死んでしまった。容体が急変したというメールと同時に、分析者から入稿された指示書のミスに気付かずに納品しているという指摘。早く上がらなければとパニックに陥り、本来なら上長やメンターに報告すべきところをすっとばし、黙ってリカバリーしてしまっていた。気づいたころには彼女は死んでいたし、私は上長への報告義務を怠りミスを隠そうとしたして会議室に呼び出されていた。私は彼女を見捨てしまった。私にとっての目標は、彼女に仕事がつらいと愚痴ってしまったときに言われた、「3年は頑張りましょうよ」という一言だけだった。それが3年目の終わりだと考えた。


3年目の1月、私は新しい転職先の内定もあった。見てきた新人二人もいない。だが、折よく(あるいは、悪く)あるお誘いを部内で受けた。仕様書の入稿について、統一された形式にして、ツールで処理できるようにするという企画があり、その共同開発者にならないかということだった。誘ってきたのは、最初にVBAを教えてくれたイケオジ先輩だった。私自身、思うところはあった。正直、彼女を見殺しにしてからずっと考えていたことだ。あの時指示書のミスがなければ。私はここで逃げ出すこともできる。合理的に考えればホワイトな会社で給料も上げてもらって心機一転すべきだった。だが、イケオジ先輩という技術力の塊とならできるんじゃないのか、私のような人間が生まれる土壌を放置するのか。悩んだ挙句私は会社で残ることを決めた。



私が企画に参加して1月も経たないうちに、大まかな開発イメージだけ残し、イケオジ先輩は会社を辞めてバチバチの競合へと転職した。



イケオジ先輩と一緒に、業務の自動化プロジェクトを動かしていた同期が辞職し、フロー図だけを頼りに、後継に私が指名された。



VBAしか書けない、プログラマを自称するにはほど遠い私にとっての、地獄の始まりである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る