第3話 教育者失ッッッッ格!!!
私の部署では2年目で教育を選んだ人間がマネジメントに、プログラミングを選んだものが開発領域に進むことが多い。私はとりあえず後者を選んだわけだが、キャリアとしてどちらに進むべきかは決められなかった。
エクセルマクロを作ることができるようになった私に、教育もやらないかと相談が来た。何故私に?と言われれば人手の不足である。当時部署では四半期に1回3人は中途を採用するという強烈な人材拡張政策をとっていた。そして1on1のメンターをつける(これもなかなか大変)のだが、その枠がいよいよ埋まってきたので声がかかったということであった。マクロを自作し仕事をこなす以外に刺激があるならと思い、メンター業を承諾した。
私のメンティーは、私より年上の男性だった。初動の教育部隊から情報を渡されたときは驚いたものである。「なぜこんなにPCが使えないのかわからない」などと書かれていた。しかしふたを開けてみれば理屈は簡単で、彼はMACユーザーだったのだ。キーボードの配置も違ければ、表計算ソフトの仕様も違うのだから戸惑っても仕方ないだろう。外国の大学を出ていて、人見知りで、勿論データ集計の経験もない、しかもMACユーザーだった彼を、会社の色に染め上げろというのが私の仕事に加わった。
手始めにショートカットの研修を施す。シートやセルの移動をマウスクリックでやっていれば終わらない量の仕事が毎日来るのだ、背に腹は代えられないし、MAC至上主義だとしてもそこは折れてもらった。次いで、マクロの活用も促した。部署全体の方針としては、販売メニューの理解をするまでは使用させない、手作業で最初やるからこそマクロのありがたみがわかるというルールだったが、人手不足で悠長に構えているわけにもいかない。メニューの理解を済ませたらマクロを使用するように促す。こうして急速に、人より早く、とはいかないまでも当初の計画よりかは早く、独立した運用リソースとして育っていった。
そんなある日、彼にとって初めてのミスが起きた。
我々の仕事は社内の分析者から分析に使用するデータ定義を頂戴し、それに合わせてデータを集計するというものだ。が、このデータ定義の指示書というのが問題で、FMTこそあるが、遵守はルールになっておらず(いわゆる分かれば何でもいい)、記載の内容にミスが多いため、データの集計者がチェックをするのがフローに組み込まれていた。今回起きたミスは、指示書が間違っていることに気づかずにデータを集計した、というミスだった。
データの分析者は「日本語を読めばわかるでしょう」と息巻いていた。仕様書のチェックはメンターである私も二重でチェックをするので、水際で止められなかった私が悪かったが条件記載のミスは避けていただきたいと説明したが、分析者は納得しなかった。「ミスに気付くのがプロフェッショナルだ」と、そう主張したのだ。弊社にはそういうスタンスの分析者が多くいる。これではあまりにも彼がかわいそうだと思った。少なくとも、我々は相手の仕事の全体像を共有されているわけではないし、共有を受けられるほど時間に余裕がないのだ。それを仕事を始めて1年にも満たない人間に求めるのはいかがなものかと思ったし、それが10年戦士であってもプロとしての定義を勝手に押し付けられるのはあまりに非礼だと思った。
相手は社歴も年齢も自分より上だった。いつもならヘコヘコしていた私が初めて「それは違うでしょう」と口走ってしまった。相互に歩み寄らないとこの手のミスはなくならないと説明し、不服であれば上長間で入稿ルールを成文化することを検討してもらうと、強く出てしまった。自分ではそうしていたつもりはなかったが、説明の後メンティーの彼から「めっちゃキレてましたね」と言われてしまった。
月日は流れ、大学卒の新人も同時に抱えることになった私は、それまで面倒を見ていたメンティーの独立を宣言した。が、まだ見てほしいという本人からの希望があり、結果として1on1を2組抱えることになってしまった。大学卒の彼は寝坊が多く集中力が低いという、弊社ではあまりいないタイプの人間だった。それは業務でも同じく、使用するマクロの在処さえ覚えるのに苦心していた。普通なら覚えろ覚えろの一点張りだったが、私には心強い味方がいる。彼専用のマクロを作ろうと思い立ち、1か月ほどで出来上がったツールで多少は彼も業務のミスを減らしていった。どんなに眠くてもボタンを押せばOK、というように、なだれ込んでくる業務の一部だけでも簡略化することが彼にとって必要だったのだ。
私のもとにいた二人が口々に言うのは、なぜ指示書が間違っていても自分のミスになるのか、ということだった。分析者は我々よりも労働時間が長く、相手に依存するしかないのだと説明したが、私自身その説明に疑問があった。結局彼ら二人は、分析者の奴隷にはなれない、自分のやりたいことがあるといって弊社を出て行った。中途の彼は大学の研究員に、大卒の彼はWebアプリの開発者になった。大卒の彼に至っては、実は副業しており、深夜まで開発をしていたために日中の仕事に身が入らなかったと知ったのは辞める直前で、私は信頼されてなかったんだと、悲嘆した。
せめて分析者の指示書の書き方の統一くらいできていれば、一部だけでもマクロで処理できたし、副業や学問と並走できたかもしれない・・・
「それはそう」
悪魔がささやいた。
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