ぜってぇ許さねぇ

 翌日から村上智也が暴挙に出た。


 手始めに白倉の特撮趣味を明るみにさせ、彼女が懸命に築き上げてきた地位からの引き摺り下ろしを目論んだ。野望は最悪にも順調に進行し、それまでつるんでいた取り巻き連中や有象無象のクラスメイトたちは一斉に手の平を返して彼女を孤立へと追い込む。


 マドカは前夜に村上から強姦を受け、下劣な写真や動画がネットに拡散。精神を病み自害へ。


 リアも、村上の差し金を受けた後輩たちに迫害され、引き籠ってしまう結果に。


 そして俺と白倉は、互いに支え合うのが困難となって、学校の屋上から飛び降りた。


 ▲▲▲


 ……と、ここまでがヤツの考えたシナリオだったのかもしれない。予想にしろ、自分自身考えてて反吐が出そうだった。


 午後六時四十三分。


 帰宅早々自室に籠り、パソコンを軽く操作してから一時間が経過する。

 今日は母親が休暇であった為、家事全般を任せるのは容易だった。

 腫れた顔面に騒然となったが、派手に転んだだけだからとその場凌ぎで納得を得れたのは奇跡だ。


 垂れる鼻血をティッシュで埋め、皮膚からの流血を絆創膏で止める。一部ぐらぐらする歯を舌先で感じ取り、引き抜こうかどうかの瀬戸際で少々遊んでみることに。

 金臭く生温かい液を味わいつつ画面を凝視していると、我が家では珍しいノック音が聞こえてきた。


「どうぞ……」

「あ、兄貴ぃ……」


 これもまた珍しい。九割の確率で母さんかと思いきや、無礼に抵抗を感じないリアだった。

 ノックする、しかも応答を確認してからの入室、恐らくせがみに来た魂胆だろ。


「顔……痛くない……?」


 ほお、今日の我が妹は不思議にも心配をしてくれるのか。明日豪雨確定だな。


「だいぶ治まってきたかな。心配してくれてたのか?」

「だって……明らかに転んだ際のケガじゃないんだもん。絶対、なにかあったんでしょぉ?」

「……やっぱ隠せないか」


 さすがはリア。俺の嘘なんてお見通しか。ま、雑な言い訳だったからバレるのも時間の問題と思ってたし、隠し通す必要性も無さそうだ。


「ひょっとしてさぁ、喧嘩……した?」

「というよりかは、一方的に殴られた」

「そ、そうなんだ……。あ、あとひとつ聞きたいのが……『した』の?」

「ん、なにが?」

「その……怖い……顔……」


 俺との目線を逸らし、リアはばつが悪い表情を作った。


「どうしてそう……思ったんだ?」

「だって、リビングに来た時の顔が……物凄く怖かったから……」


 背筋に氷でも当てられたかのように身震いさせる。化け物と遭遇したみたいだ。


「そんなに……俺の顔怖いか……?」

「怖いよ……。だいぶ前になるけど……中学の時、ウチに石投げてきた男子いたじゃん。あの時そいつに向けた兄貴の顔、本当に人殺しそうな勢いだったんだよね……」


 あ~、アイツか。懐かしいなぁ、今どうしてるんだろ……考えるだけ無駄か。


「あれから急に不登校になって見掛けなくなったけど……もしかして兄貴……」

「大丈夫だって、俺は何もしてないから」


 自然と口角を上げようにも、痛みが制してきて自由に動かせない。なのでリアから見た今の俺は、不気味に微笑む根暗くんと捉えられたに違いない。ったく、あの野郎……派手にやってくれたな。


「とにかく、俺のことは気にしなくていいから、早くリビングに戻れよ。久し振りに母さんの作る御飯が食べられるんだからさ」

「わ、分かった……。そう言うなら、そうする……」


 普段の大柄な態度とは真逆に怯えた様子のまま、部屋を出ようとする。そのまま黙って見送れば良いものを、脳みその制御を振り切って言葉が発された。


「リア」

「……な、なに?」

「こんなお兄ちゃん……カッコ悪いか……?」


 何故その疑問が浮かんだのかは不明だが、口走ってしまったのなら仕方がない。

 一度ドアノブに手を掛け、傾けたところでリアの動作が止まる。

 振り返って見せてくれたその顔は、先ほどの恐怖など嘘のように優しく微笑んでいた。


「ぜぇんぜん……。だって、マドちゃん助けた時から兄貴のこと……カッコ良いとしか思ってないもん」


 いつもの調子なら侮辱か罵倒を返してくるはずが、予想の斜め上で褒めてきた。

 恍惚に近い歓喜を迸らせたい。しかし、純粋に喜ぶと純粋に気味悪がられると古事記にもそう書かれてあったのを思い出し、興奮を抑える。


「そっか……引き留めて悪かったな。行って良いぞ」

「うん。兄貴も、早く来てね……。ママも待ってるからさ」


 ドアが閉められ、再び一人の空間に入り浸る。あの温かい笑みを、ヤツは平然と壊そうとしているのだから、リアも当然守らなければならない。

 明日からどう運命が回るのかは分からない。占い師じゃないからな。


 だけど、少なからず良い方向には進ませられるはずだ。最低でもマドカを含めて3人。白倉に言った手前、俺は戦い続ける。

 そう決心を固めパソコンに向き直ると、動画投稿サイトが更新情報を伝えてきた。


「お、やってんじゃ~ん♪」


 まさに求めていた娯楽が、絶好のタイミングで表示される。妹、というよりかは他者が付近にいれば決して画面に映せなかった。

 痛みも忘れて笑みを零す。

 これから起こる事態に心が躍り、腹の底から陽性の感情が暴発を始め、涙が出てきた。

 俺が見ているのはライブ配信、要するにリアルタイム映像だ。


 タイトルは……【アンチを討て】。


 視聴回数はたった一分間で三千越えだ。

 早速クリックすると、荒れ狂う群衆が、極一般的な戸建て住宅を囲っている。全員が鈍器に近い武器を持ち、車やバイクなどの高級そうな代物を攻撃している。優雅とは言えない金属の凹む音が辺りに散らばる。


『やめろ! やめろおおおぉぉぉ!』


 そこへ、声を奮い立たせながら突っ込んでいく今回のスペシャルゲスト……村上智也がご登場した。

 自宅から飛び出してきた彼は、群衆を一人、また一人とご自慢の腕力で殴り止めていくが、次から次に溢れていく。

 以前ふと耳にした『免許取ったら乗るんだ』と豪語していたカッコいい乗り物たちは、見るも無残な形に破壊され、ほぼスクラップ状態だ。明日から清々しく二年B組を牛耳れる王様はというと、バカのひとつ覚えのように同じ言葉を繰り返し吐き出すが、その都度四方八方から最早お決まりとなったフレーズが響く。



『てめぇもやっただろうが!』



 村上が名も知らぬ集団から攻撃対象となったきっかけ。それは二時間前に投稿された一本の動画が原因だ。


 ▲▲▲


 MD【こんなこと……許せません……ッ!】


 テキストに添付されたURL。そこには、フィギュアの箱を何度も踏み付け、ラバーストラップを引き千切り、最後はフィギュア本体を折る村上の姿が映像として残されていた。


 あの時あの現場、俺はただ傍観していただけではない。スマホを胸ポケットに隠し、終始撮影を行っていた。その開始は白倉と会う段階からだ。

 本心を述べると、これまで彼女との特撮談議や遊ぶ際は全て撮影させてもらっていた。盗撮ではなく、自己防衛の為に。信用していなかった訳ではないが、万が一という事もある。


 それまでは撮っては消して撮っては消してを幾度と行ってきたが、今日その積み重ねが報われた

 帰路に就く中、編集アプリを起動させ、箱を踏み潰す部分からヤツの名言『キモオタに、人権はねぇ!』までを切り出して動画を作成。白倉の趣味が露見しない配慮のもと、彼女の姿はばっちり隠した。

 なので、単に愛好グッズを破壊した挙句に撮影者を殴る狂ったヤンキーの、非常に胸糞悪い映像一本の完成となる。


 言わずもがな俺と白倉の声は消しておいた。半分怒りに囚われてつい放ったあんな煽り台詞、不特定多数のネット民に拾われたら絶対揶揄されるだろうからな。

 それから家到着後は急いでパソコンにデータを移し、投稿に至った。

 ついでに打ち明けるなら、マスクド戦士界隈有名ユーザー『MD』の正体は俺だ。

 三年前に作った趣味アカウントがここまで成長するとは誰が想像したか。まあ、他より多く有力な情報を投稿したり、聖地巡礼やフィギュアの写真を根気よく載せてれいば、そうなるのも致し方ない。


 しかしフォロワー数を五万以上も持つと面倒くさい連中に絡まれると学習し、平凡用にと二つ目を作成した。

 因みに白倉に煽り返信したのも記憶に残っている。先日ユーザー名とアイコンを聞き出し、個人的に調べて履歴を覗いたところ一気にフラッシュバックしてきた。

 あれは去年だったかな……。


 当時は苛立ちが最高潮に達し、SNS上で誰構わず辛く当たっていた。

 それがよりにもよって彼女にぶち当たるとは……。世の中どこでどう接点を持つか分かったもんじゃない。だから本人には知人であると誤魔化した。殺され兼ねないから……。


 おまけに同日つい口を滑らせた、というより指を滑らせたのが、俺史上最も深く刻まれる黒歴史『マスクド戦士観てない奴らは人生損してる』の爆誕だ。

 しばらくスマホは鳴り止まなかったし、翌朝のニュースで取り上げられたのを目にした時は、本当に心臓と脳みそが止まり掛けた……。

 余談はこれぐらいにするか。


 開き直りかもしれないが、俺は根っからの善人じゃない。んなモノは創作物の中だけの存在で妄想を膨らましてろ。

 恨みを持てば報復だってする。でないとストレスの蓄積で、精神が崩壊の一途を辿ってしまう。趣味でも消化し切れない、例えようのない怒りだってある。

 けど暴力では返さない。それは昔、マドカを守るので嫌というほど味わった。

 だから俺は仕返し方法を変える。


『目には目を』方式じゃない。俺のモットーは、『目にはショットガン』だ。


 今回は偶々、コレが反撃するのに手っ取り早かっただけのこと。ネットを扱える者こそ物申せるご時世だ。

 非道徳な餌を蒔いておけば群がる者はいくらでも湧いてくる。相手にすると非常に厄介だが、協調性を育めば立派な兵器に早変わり。直接手を下さずとも、勝利は見えたも同然だ。


 更に諸刃の剣を回避する為、他者から送られてきた動画を垂れ流しましたと見せ掛け、投稿者が被害者本人だという意識も逸らさせるよう注意を払った。

 怠って大手ユーザーの正体が一般の高校二年生でしたなんて発覚でもしたら、その日に個人情報が特定され反発者たちに日常生活を脅かされかねない。

 人気を背負うのも考えモノだ。しかし、今回これに救われたのは事実だ。

 人脈のあるアカウントをひとつでも作っておくと、いざというタイミングで役に立つ。仮に持っていなかったら、俺含めて何人が命を落としていたか。運が良かっただけに過ぎない。


「にしても……」


 拡散力が想像以上に凄まじい。

 投稿してから五分でテキストの共有数は千を越し、十分後にはゼロがひとつ増え、三十分後には住所、学校、親の勤務先等々が特定されていった。相変わらず特定厨すげぇな。


 近年、特撮に限らず多種多様な愛好家界隈から過激派なる集団が明るみに出て来ている。

 俄か発言を晒せばマウントを取り、煽り散らしは勿論のこと、初見さんにも手厳しい。一見すると問題児の集まりだが、彼らはこういう場面でも強さを証明してくれる。

 正義の名のもとに結託し、カテゴリーを誹謗中傷してきた者を叩く。それが例え専門外でも、好きな物へ対する熱意が感じられれば協調性が生じる。

 現況この場も、どこまでが特撮界隈で、どこまでが他の界隈なのか皆目見当がつかない。


 唯一把握できているのは、みんなが『正義』で動いている。

 悪く言えば、『正義』を振り翳した人権無視の暴力開始って訳だ。

 正義の為なら人間はどこまでも残酷になれる。今がまさに該当中だ。



『本当に……やめてください!』



「……ぶはッ!」


 ダメだ……耐えらんねぇ……くっそ面白い!

 え、なに、敬語になったよ? なんで急に敬語になったの? それなら止まるって思っちゃった感じ? 無理無理無理、それだけでこの暴動収まるとお思いで? 頭お花畑かな。


 好きな物を壊したのならお前も同等壊されろ。

 やったら終わりじゃねぇんだよ。神様っていうのは、一度罪を犯した人間には必ず同じ罪をぶつけるよう仕向けてくれるんだって。知らないの? 知らないか。頭お花畑だもんね。でもその可愛く美しい華やかな光景も今や見るも無残な一面焼け野原、鎮火するの大変そう。

 ガンバ☆


 そう言えばリアが思い出させてくれたけど、あの石ぶつけてきたヤツ、どうしてるのかなぁ。

 確か熊が出没する時期の山に呼び出して、手足縛ってそのまま放置して下山してきたんだっけか。あれから報告なにも無いし、行方不明の貼り紙だって未だに剥がされていない。


 まあ……元気にしてるっしょ。腹ん中で。


「……ぶはッ!」


 やっべ。今の鉄板ギャグとして採用しよ。でも表には出せないからまたストレス発散時にでも思い出して笑おっと。

 一方ライブ配信のほうは、言うなれば同じことの繰り返し。

 村上が泣き叫び、車やバイク以外にも彼が大切にしていたであろうスポーツ器具や高額な家具が放り出され、ただ普通に壊されていく。


「はあ、もうそれだけか。つまんな」


 もう少しドでかいのを期待してた俺としては刺激が足りない。すっかり爆笑の『ば』の字も消え失せ、呆れて背もたれに身を任せる。感情が静まると、痛覚も戻ってきた。いてて……。


「あ、マドカ……大丈夫かな……」


 復讐の思念にかまけ、幼馴染の安否を怠ってしまっていた。

 村上が何時に襲いに行くかは明確に知らされず、もしかしてと心がどよめき、慌ててスマホを取る。通話アプリの履歴から『谷矢円香』をタップし、受話器のアイコンを押す。

 耳元に当ててからコール音が数回、静まるのに一分も要さなかった。


『もしもし。どうしたの、ソウちゃん?』


 数時間前にも聞いた気品溢れる声。どうやら襲われてはなさそうか。

 安堵するには充分な要素だが、念には念をと尋ねる。


「マドカ、大丈夫か……?」


『え、な、何が……?』


「ああ……ちょっと、心配になってさ」


『そ、そうなんだ……。うん、大丈夫……だよ?』


 向こうも戸惑いを感じられるが、それは隠し事から生じた声音ではなさそうだ。

 そりゃそうか。いきなり安否確認されたら誰だって驚くよな。


「大丈夫だったら良いんだ。ところでさ」


『う、うん……なに?』


「えっと……」


 マズい……。なぁんで『ところでさ』なんか付け加えたんだろ。オーソドックスに別れの挨拶とかで切れば済んだじゃんか。マドカも期待した声出してるし、今更『また明日』は消化が悪い。冷静になれ……そしたら、これしかないか。


「日曜さ、出掛けないか……?」


『…………え?』


 うん、予想通りの反応だ。何の脈絡もないお誘いだからな こうなれば、全速前進だ。


「ほ、ほら。この前俺のミスでダブルブッキングしちゃっただろ。あれの御詫びで、また映画とかこう……観れたら良いかなって思ってさ」


 落ち着け俺。これじゃあ意識してるみたいじゃないか。普通だ。普通のお誘いだ……。


『い、良いよ……。じゃあまた、ソウちゃんの奢りって……こと……かな?』


 あ、金の出を確認されてる。これ割り勘って告げた瞬間に切られるパターンだ。


「はい、そうです……」


 止むを得ず承諾の意を伝える。はあ……また諭吉が消滅するのか。


『わ、分かった。じゃ、じゃあ……詳しくは、明日学校で……ね』


「ああ……。じゃ、また明日……」


『うん、また明日……!』


 奢りと聞いてから朗らかに晴れた返事が送られ、通話は終了となった。

 数日の間で減る貯金が哀れで仕方ない。俺のせいだけど。でも、無事そうで良かった。

 さて、安否確認も終了したし、村上もだいぶケジメ付けられただろうからそろそろ飯に。


「って、うおおおぉぉぉッ!」


 雷鳴の如く大声を発してしまった。

 コイツはすげぇ……家に火放たれてるじゃんか。しかも全裸で土下座させられてる。

 余程反感を買ったのかが窺えるなぁ。買い言葉に売り言葉。う~ん、名言だ。


 しかもなんだよ、アイツ〝の〟ちっちぇじゃんか。あんな粗末なもんでマドカ襲おうとしてたのかよ。ぜってぇ俺〝の〟がデケェから。

 つうか、エグイな~。ま、促すように仕掛けた元凶は俺なんですけどね。くくく……。


 無論罪悪感はある。だからといって何も行動を起こさなければやられるのはこっちだ。

 多少の暴言暴力なら綺麗事で片付けられるが、生死を賭けた戦いなら俺はとことん立ち向かってやる。人生は一度っきりだ。そこに死が絡むのなら綺麗事もくそも無い。

 偉い人は、生きる事は他人を蹴落とすのと同じだと言った。その考えはあながち間違ってはいない。だから村上は俺と白倉を蹴落とし、自らの学校生命を豊かにしようと企んだ。


 順調だったかもしれないけど、唯一の戦犯は俺を敵に回したことだ。


 今度はお前が蹴落とされる番だ、異論は認めない。

 拗らせた厨二病っぽく決まったところで、取り敢えずコメントでも打っておくか。

 え~っと……。


「草」

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