凄まじい演技力

 白倉薺≪放課後ぜ~ったいに残ってて。守らなかったら承知しないからね!≫


 五限目中に前記のメールを受け取った。

〝絶対〟とまで付け加えられてあるのだから、また無理難題を押し付けてくるのだろうと気が滅入ったのは勿論のこと。因みに俺の勘は占い師もびっくりの的中で、幼馴染との論争で気分を害した女王様は『体調不良』と称して午後の授業時間を保健室で過ごした。お察しの通り仮病だ。メール送ってきたのだから。


 そしてホームルームを終えてから、俺は教室を出ていくクラスメイトたちを暇潰しに目で見送っていた。

 マドカは家族との用事で一足先に帰宅し、すんなり残れたのは幸い。その反面、昼休み時の村上の発言から一人にさせるのは少々不安であったが、白倉からの誘いを断る訳にもいかず已む無く天秤を傾けた。


「お、珍しくモッキーくん一人でお帰りですかぁ?」

「谷矢さん先に帰ったからってショック受け過ぎ~」

「それとも掃除係が根付いて、つい残っちゃってる感じかなぁ?」

「モッキーまじキッモ~」

「ちょいちょい、それアタシの台詞だから~ッ!」


 当の呼び出した本人はというと、虐めっ子モードを全開に兵士もとい取り巻き連中と総出で謗ってきた。マドカ不在で自己防衛に移るしかないと、まず聞き流し姿勢に入る。

 頬杖を付いて焦点を横に逸らし、わざと欠伸の動作を取る事で気にも留めてない感を醸し出す。向こうの目的はストレス発散なのだから、反応するだけ思うツボだ。

 無視に徹するだけでも相手には効果絶大のはず。


「ちょいとキモオタさ~。こっちがせっかく挨拶してんだからそっちも返すのが礼儀ってもんでしょ~?」


 一人を除いて。

 というか今のが挨拶って……。キミたちのした行動は、土足で他人の家に上がり込んで勝手気侭に暴れ回るだけでは終わらず礼遇を要求してきたのと同じだ。


「なんか言ったらどうな~ん?」


 などの例えは通じず、目前に立った白倉が指を俺の額に当ててきた。顔を寄せてくるのと同タイミングで指にも力が入り、押し込まれる。爪が立てられた分、神経に直接刺さる痛みから瞼を強く瞑ってしまう。

 現況を楽しんでの笑い声は、取り巻き以外に平民ポジたちも少数追加された。

 反抗すれば返り討ちに遭うのが想像付く定番の事態に、堪えて冷笑を買うしかなさそうだ。


「…………大丈夫、安心して。ちゃんと戻ってくるから!」


 含み笑いに紛れ、小さな声が耳に届く。瞳を開いた視線の先には、困り眉に片目ウインクのベストマッチが映る。

 一昨日も状況は違うにしろ同一の虐待を受けた。のちに説明されたが、コレが彼女の練った最も有力な伝達方法なのだ。もっと他に遣り口は無かったのかと違和感を覚えるも、以前教えてもらった情報を基に納得せざるを得ないと諦める。

 というのも、兵士軍の中には誰彼構わず人のメールを作成の段階から覗き見するプライバシーセキュリティー無視な輩が最低でも二人いるそうだ。


 仮にトークメニューから俺との履歴が露見すればそこまで。事前の呼び出しはメールが除かれればアウトだし、口頭であればマドカが制してくる。常に不穏な様子を想定しての作戦を考え、自身のイメージを保ちつつ俺との意思疎通を図る最善の選択が〝指を額に押し当てて顔との距離を詰める〟な訳だ。

 そして白倉に挨拶を促されている俺は、飽くまで演技に付き合う形で口元を動かす。


「ねぇ、聞いてんの~?」

「ああ、聞こえてるよ……」

「だったら~、アタシたちがこうやって帰る時は何て言うんでしょうか~?」

「……さようなら」


 要求に応じたらギャラリーから笑われた。もうこれ訳分かんねぇな。


「最初っからそう言えば良いのよ~。変にアタシの機嫌悪くしてさ、キモオタのバァカ!」


 制服のポケットに両手を各サイド突っ込み、傲慢な態度で罵倒を上乗せしてくる。

 これが素でないのだから賞賛したいところ、三年間の生活を平穏に過ごす為とは言え、彼女の演技力は逸材だ。

 去年辺りだったか読者モデルにスカウトされたと自慢を耳にしたことがあるが、どちらかと言うと女優のほうが向いているかもしれない。後程こっそり教えてあげても良いかもな。


 取り敢えず現状は、教室をあとにした白倉が戻ってくるまで適当に時間を潰しておくか。

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