俺は彼女を……

「ああもう。十回以上もやってんのに何でマジック出てこないの!?」


 導火線に火が点き始めたのは察したが、爆発までが早過ぎてびびった。


「落ち着けよ……」


 大型家電量販店のカプセルトイコーナー。

 人気アニメのストラップや、掌サイズに立体化された日用品コレクションなどの多種多様な小型自動販売機がずらりと並ぶ。

 そのひとつ【マスクド戦士 カプセルラバーマスコット】を、現役高校生男女が人目もはばからず占領していた。


 かれこれ一回目に出ると自信満々に硬貨を投入してから三十分。俺の手の中はカラフルなカプセルケースで埋め尽くされている。視認して大体二十五個か?

 中身はいずれも願望に反し、三蓮ダブったキャラもあった。

 白倉の欲するマジックが当たる確率は単純計算で十分の一、というか元から入っているのかも怪しくなってきたぞ。


「あああぁぁぁ! ハンターこれで四個目! もうコイツ嫌い!」


 ただ運命に導かれて手元に降りてきただけなのに嫌悪感抱かれるとか理不尽にも程がある。

〝暴走〟と〝獣〟を題材に、戦闘中は呻き声しか発さないハンター本人も素で『解せぬ』と発言するに違いない。


「ああ、百円玉無くなった。モッキー、両替してきて!」

「よく言えたな……?」


 カプセルを大量に持たされた俺は絶賛バランスゲーム実行中と比喩しても過言ではない。

『一個でも落としたら首を落とす……』とまで、五寸サイズの釘を刺されてもあるから、気が気でない深刻的な状況に追い込まれている。

 数分前も重力に従ってコロコロと落下寸前になった際、過去味わった経験のない悪寒を感じた。ニュートン、今だけ涙目になってくれ。


「だってキープしとかないと誰かに取られる可能性あるじゃん」

「なら俺が待ってるから早く行ってこい。この量見ろ。どう考えても硬貨十枚持てる手じゃないぞ……」

「たかがそんな事で弱音吐かないでよ。男なら一度全部上空に放り投げて落下前に両替済ませてくれば良い話でしょ!?」


 驚いた。世の中にこんな無茶苦茶な提案してくる人間が存在したのか。

 異性への過大評価も限度を超えている。


「じゃあもう俺の財布使え。確か九枚近くあったと思うから」


 カプセルトイの残り数は一見で四個、料金は一回毎に二百円、充分に事足りる。これでお目当てが出なかったら無駄出費は否めないが、試す価値はありそうだ。


「え、良いの?」

「構わないから早くしてくれ。もう腕が限界なんだよ……」


 長いこと筋肉を固定したおかげで震えが生じてきた。あと十分間経過したら首落としの刑は免れないだろう。


「ひゅ~、モッキー太っ腹~♪」

「分かったからポケットから出せ。腕を解放してくれ」


 必死な訴えに『はいは~い』と上機嫌に返してきた。

 只で百円玉を恵むのは癪だが、じわじわと両腕が麻痺してきたし一刻も早く解放されたい。優先度が自身であるのなら、この際我慢するしかって、ちょ、ちょっと……?


「あれ~、財布無いよ?」


 白倉は確かにポケットに手を突っ込んでいた……ズボンのポケットに。


「ばっかお前。そこじゃない。ブレザー、ブレザーのほうだって!」

「え、あ、嘘ッ!?」


 布越しにしろ、白倉の感触は太腿に伝わってきた。

 自分の手とは比較できない柔らかさ、小さいからこそ自由に動く指、それでいてすぽっと抜かれた際の解放感。全てがその……新鮮で気持ち良かったです。


「め、めんごめんご。じゃ、じゃあ、有り難く貰うね!」

「あ、ああ……もう好きにしろ……」


 彼女も自然な流れとはいえ、男のズボンに手を入れた事実に顔を赤らめ、後ろめたさからか前半ヤル気に満ち溢れていたガチャガチャを、後半戦は俯きつつレバーを回していた。

 お目当ての景品でなくても、先ほどの絶叫は欠片も無い。

 五回終わるまで、終始お互い沈黙を貫き通した。


「ねぇ、ままぁ。あのおにいちゃんとおねえちゃん、えっちなことしてたね?」

「……しッ! 見てはいけません!」


 幼気いたいけな少女にお下劣な光景を視界に映らせてしまった事、本当に申し訳ない。


 ▲▲▲


 マジックのラバーストラップは最後に当たった。

 そこに辿り着くまでに計三十も回し、機械を空にしてしまったのは誰が見ても明らかだ。

 しかも俺が数日間掛けて叶えたコンプリートを、白倉は異例の一日で達成しやがった。


 嫉妬はひとまず切り離しておいて、出た当初はそれこそ嬉しさの共有を求めて振り向いてきた。だが直ぐにも目を背けられてしまう。赤面させた顔は、ラスト四回前のハプニングを思い出させてくれた。

 まあ、異性のポケットまさぐったら誰だって恥ずかしくはなるよな。

 ましてやブレザーならぬズボンなのだから。かく言う俺も度肝抜かれたし。

 それからは視線こそ交わされなかったものの、軽薄にも要望の上乗せをされた。


 中身の取り出し作業だ。

 開けたそばから空きカプセルをリサイクルボックスに入れ、ビニール袋とミニブックを俺がまとめて回収。景品を白倉が次々に鞄へ仕舞っていく。

 一連の流れは四十分にもおよび、店舗を去る頃には夕方六時を回っていた。

 帰宅中、無言はなおも続行。分岐地点に着くまで押し黙る情景は異様だっただろう。


「じゃあ……明日また学校で……」


 重く堅苦しい空気を突き破らんと、意を決して別れの挨拶を通常よりも低めに述べる。


「ね、ねぇ……!」


 すると、しばらく言葉を発さなかった分、俺とは対照的な大きい声を張り上げてきた。


「きょ、今日は……ありがとね……。ガチャガチャに付き合ってくれて……」

「まあ……そういうお願いだからな……」


 正直もやもやは根付いているが、ぐちぐち呟くのはハッキリ言ってカッコ悪い。

 引き分けを取り消したところで、既に白倉の要望は具現化させてしまった。

 今更いちゃもんを付けても後の祭。ここら辺りで素直に今回の勝敗結果を受け入れる姿勢を取った。


「次はそっちが約束守る番だからな……。すっとぼけんなよ?」

「もち。今度の土曜日、絶対行こうね!」


 そう言うと彼女は、手を後ろで組んでからの前のめりであどけなく振舞ってきた。

 …………え、何この気持ち。心臓……ばくばく言ってんだけど。

 息苦しさも覚え、肺が胸壁に張り付いたみたいだ。呼吸も、意識しないと上手くできない。

 吸ったり吐いたりの簡単な運動に集中しなければ、多分死ぬ。


「モッキー……大丈夫? 顔真っ青だし、苦しそうだよ……?」


 店内では白倉に視線を逸らされたが、次は俺が咄嗟にスライドさせる。

 面と向かって話せない。合わせるのが怖いとか、そういう類じゃない。もっとこう……なんだろうな。は、恥ずかしいって部類か?


 いやいや、恥ずかしがる要素がどこにあるんだ。

 ついさっきまで普通に見れていたじゃんか。

 もしかして……いや、無い。絶対有り得ない!

 首を高速で左右に振りたかったが、不審を回避せんと口走らせる。


「大丈夫、大丈夫だって。それより今の台詞忘れんなよ。忘れたらあの、あれだよ……もう話し相手になってやんないからな~。それじゃあ、俺行くからお前も気を付けて帰るんだぞ。バイバイ、さいなら!」


 空気から脱したい一心で半場強引に白倉との時間を引き裂き、早足に帰路に就く。

 発した言葉のひとつひとつを鮮明に思い返すと、明らかに焦っていたし、語彙力も欠けていた。極め付けに捨て台詞が『話し相手になってやんないから』って、何歳だよ……。


 立派な黒歴史案件だから、一気に消滅させる呪文を帰宅後調べなきゃ。

 にしても、さっきの俺……どんな感情を抱いてた……?

 白倉に……好意を。


 待て待て落ち着け。素因数分解を数えて安定させるんだ。

 う~ん、素因数分解は良いぞ。数え方知らんけど。


「ふぃ……」


 よし、落ち着いた。

 取り敢えず一旦冷静に考えて、俺は彼女のせいで一年間苦い経験を送らされてきたんだぞ。しかも事の発端は、自分の身と地位を守るという何とも勝手な理由から。

 下手すれば高校生活まで奪われていたかもしれない。そんな相手を意識し始めただと?


 は、バカバカしい。

 いくら握手会に行くまでの仲になったからって、アイツは元敵だ。

 第一、人目を浴びている時の白倉は、ゴミを投げてきたり嘲笑してきたり挙句の果てには脛を蹴ってくると、非人道的な悪事をやりたい放題やってくる。今日だって三回蹴られた。


 だから先ほどと同じく例え今後ふらっと心が揺れても、俺は断固として彼女に好意なんか持たない。

 そう内心に言い聞かせ、俺は進める歩の速度を上げた。

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