不正
今日の放課後は俺が急用、白倉が取り巻きたちとの付き合いと、双方の都合が一致して解散する方向となった。久し振りの定時下校に、どことなく懐かしさを感じる。
「ソウちゃん。土曜日に、女の子と歩いてたって本当なの?」
その途中、唐突にマドカから質問を投げ掛けられた。特定の人数しか把握してないトップシークレットをどこで入手したのか、思わずギョッとする。
「そうだけど……どうして知ってんだ?」
「…………否定しないんだ」
辺りを
「大丈夫か。お腹痛いのか?」
「ううん、大丈夫。心配してくれてありがとう」
「あ、ああ……。じゃあ改めてだけど、なんでマドカがそのこと知ってるんだ?」
「……あの下品なヤツから教えてもらったのよ」
脳裏に浮かべるのも屈辱と仄めかす雰囲気に、一瞬で該当者が割り当てられた。
「村上か……」
「ええ。ソウちゃんが席をはずしてから直ぐに近寄ってきて、その旨を伝えてきたの」
そういや、どっかのタイミングで喋ってやるとか言ってたっけか。報告したところでマドカには何の支障も無いはず、愚行にしか過ぎないだろ。
「マドカはそれを聞いて、どう思ったんだ?」
「最初は信じられなかったかな。ヘタレに抵抗の無い陰キャのクソッたれでヘドロなソウちゃんが私以外のお友達、ましてや女の子と一緒に歩いていたなんて、天地がひっくり返らない以上は絶対絶対絶対絶対ぜ~ったい! 有り得ないってずっと思ってたんだもん」
そこまで言うか普通……。自害パラメーターが一気にぐんと上昇したぞ。
背中が一段また一段と丸みを帯び、姿勢正しくさよならばいばいの状況に陥る。
「でもその女の子、ネットで知り合った〝おともだち〟なんでしょ?」
「何でそこまで……!?」
「リアちゃんから聞いたの。オフ会で県外から来たから、観光案内してたんだよって」
「な、なるほどね……」
情報がどこまで漏洩しているのか不安になり、動悸が止まらない。
白倉の正体が暴かれていないのが幸い。今後はリア相手にも下手にプレイベートは喋れないな。侵害され兼ねない。
「因みにさ、その〝おともだち〟とは……付き合ってたりするの?」
「え」
思わず息が止まり掛ける。不意で腹部に剣刺された気分だ。
「は、い、いや、何の関係性もないって。な、何だよ突然、んなこと聞いてきて……?」
「だって、もしソウちゃんがパートナー見付けちゃったら、私お邪魔になっちゃうんじゃないのかなって不安になってたんだ」
笑って誤魔化していながらも、表情が少し寂し気だ。なぁに抜かしてんだか。
「あ、安心しろって。例え交際関係にあっても、こんな俺とほぼ毎日つるんでくれてる人を邪魔だなんて、それこそ有り得ない話さ……!」
そもそも出来るかどうかも怪しいけどね……涙が止まらないぜ。
「ふふ、そっか。ありがと」
哀愁漂う俺とは対照的に、マドカは気分上々に回復する。夕日に照らされた笑顔は相性が良く、とても美しかった。
「それと良かった。ただの〝おともだち〟で……」
妙に〝おともだち〟を強調している気がするが、乙女に変に追及すると碌な目に遭わないと母、妹から散々忠告を受けてきた。なら、放流させておくのも賢明な手だ。
あとすみません、そろそろ……手の甲を引っ張るのやめていただけませんでしょうか。
皮膚が痛い。
▲▲▲
『みんなで選ぶマスクド戦士握手・撮影会』は、予定通り夜十二時丁度に締切られた。
「ぶふぉぉぉ…………ッ!」
同時に集中力も切れ、上半身を折り倒し机に突っ伏す。
倦怠の色が全身を包み込み、例えるなら糸の切れた人形のようなクタクタ状態だ。
帰宅後直ぐに夕食を準備した俺は部屋に籠り、四角い画面を長時間睨み続けた。
リアが食事をする傍ら腹の根を必死に抑え、入浴までパス。とにかくマウスとキーボードを一瞥もせずモニターのみに集中し、眼球を四方八方動かした。
俺が取り掛かった作業、それはズバリ『多重投票』だ。
ブラウザのデータを削除する事で禁忌の〝一日複数投票〟を可能にし、ノベルトを越すまで何度も何度も繰り返し行う。
これは過去、インターネット上で起きた騒動と同じ手法だ。
人気投票に対するマイナー候補に、ある集団が全力を注いでそのキャラクターを二位にまでのし上がらせた。大量投票行為という名のイタズラだ。
しかしこの手口は利用できると浮かび、実行に至った。
最初こそマジックの為ならと余裕綽々にクリック作業に徹していたが、さすが俺。直ぐにダウンした。
データを削除して再度投票、これをワンセットとし費やす時間は大体五、六分。
一時間でようやく十一票。
予想外の少数に落胆し、諦めモードは全開。おまけに空腹と生理現象が重なり、歯を食い縛って堪える姿は客観視して病気路線確実だ。
白倉との勝負に負けるのかと過るほど後ろ向きになってしまった。
唐突に思考が働いたのはその時だ。
そうだ、アイツらに頼もう。
SNSを利用していれば多少なりとも類友が集まってくる。
フォロワーは五百と微妙な数だが、五分の一が協力してくれれば充分に稼げそうではあった。制限時間残りわずかの中、快く引き受けてくれそうなフォロワーさんもとい悪友たちを選別。要件と目的、手法をダイレクトメールにて送り付け、返事を待った。
内何人かには断られ、招集に応じてくれたのはたったの三十。
だが渡りに船、その三十名のフォロワーさんが更に情報を広め、ねずみ算式に人数を跳ね上がらせてくれた。しかも見返りすら求めてこない。泣かせるじゃねぇか。
締切まで残り三時間二十分で協力者及び共闘者は二百に達し、マジックの票は十分間に三百近くも伸びた。
おかげで席を立つ余裕も生じ、ストレスも軽減されメンタルも前向きに上がる。
タイムラインを覗くと、現象にざわつくテキストが目立ち、中には投票してくれる人も現れた。
運命の一分前。
票数は既にノベルトを抜き、参加者は実に二千九人。
震える指をマウスに乗せ、押したところで日付が変わった。
「ぐあああぁぁぁ……ッ! づがれだあああぁぁぁ……ッ!」
以上の成果を得て、現在に至る。
瞬きの動作も忘れる一心さから、目玉はかさかさ。筋肉ひとつひとつがぶち壊されたのかと錯覚する壮大な疲労感は、従来味わった事のない経験だ。
あととにかく眠い。泥が詰まったように頭の中がぼんやりしている。
ベッドに移動するのすらしんどく、怠惰がこれでもかと前進した。
それだけ頑張ったのだと、
眠気は徐々に膨大し、ついに意識は遠退いた。
▲▲▲
【投票の結果……『マスクド戦士マジック』に決定しました! たくさんの投票ありがとうございます!】
当選が掲載されたのは午後四時頃。
分かり切った結果なのだから早々に発表すれば良いのにと文句垂れるが、集計含めてその他すべてを自動で
そして現在、放課後で空っぽになった教室内で、記事を一読した白倉は歓喜の声を上げた。
はしゃぐ姿は、さながら欲しい物を買い与えられた子供と似ている。
「マジック、マジックが来るよッ!」
無邪気にも数回跳ね、その度におさげが上下にふわふわと揺れる。同時に甘い香りも漂った。
「可愛いな……」
…………あ?
「は、何か言った?」
「いや……別に……」
慌てて窓の景色に目を向け、頬をぽりぽりと掻く。
今俺……無意識に言わなかったか……。ま、まあ……そうだよな。
可愛い。白倉は入学当時見掛けた時から可愛いよ。そこは否定できない。
だけど本人を目の前に面と向かって言う台詞ではないだろ。しっかりしろ、俺。
話題変更だ、話題変更。
「ところでよ、約束は忘れてねぇだろうな……?」
そう、喜ばしい事態だがこれは勝負。俺の勝利は確定だ。
というか、まだ俺が勝った際の報酬を聞いてない。まずはそこからだ。
「もちよ~。でもさ、ちょっと引っ掛かってるのよね~」
「……あ?」
おいおいおい、この期に及んで負け惜しみか。
こちとら自由賭けてたんだぞ。現状維持だけど。だけどこれ以降訂正しない。メンドイ。
「だってさ、元々勝負の内容ってMDに頼み込んで当選させるっているのが目的でしょ?」
「そうだぞ。だから彼が声掛けしてマジックが選ばれた。何ら間違ってない」
要領良く話すも、『う~ん』と不服な音を上げてくる。
「けどね~、最初こそその傾向はあったけど、アクシデント続きで結局のところ誰の力で今回の結果に繋がったのか分かったもんじゃないじゃ~ん?」
「……何が言いたいんだ?」
「だ~か~ら。今回の勝敗は〝引き分け〟って事で☆」
…………どうやら俺は、無駄な体力を消耗しちまってたようだ。
上げた片側の口角が元に戻らない。図々しさもここまで甚だしいと清々しいな。
準備万端だった抗弁すら呆れて旅立ちやがった。薄情者め。
「モッキーもそれで良いでしょ?」
「ああ……もう好きにしてくれ」
脳みそも仕事放棄しそうだ。
「でさ、せっかくドローになったワケだし~、お互いのちょっとしたお願いを聞くってのはどうかな~?」
「……お前それが目的だったんだろ」
そもそもこの選挙戦だって白倉が持ち掛けてきた依頼なのに、達成させた挙句更にお願いを聞いてもらおうってのか。笑止千万、片腹痛いわ。
「まあまあ、些細な事は気にしないで。モッキーのだって聞いてあげるんだから」
「そりゃそうだろ」
俺の希望だけ無効だったら怒り通り越して泣くわ。
「じゃあまずアタシからね」
しかも敗北者のお前から先攻かい。
「今日の帰り、ガチャガチャに付き合うこと!」
寄り目でも作らせるのかとばかりに指を至近距離まで突き付けてきた。
セ〇コ、それお願いやない。命令や。
「ガチャガチャって……なに回すんだよ……?」
「もち、マスクド戦士よ。アンタのストラップ見てたら欲しくなったから、ゲットしに行きたいの」
「どうして俺がそれに付き合わなきゃならないんだよ……」
「え、誰かに見付かったら『ガチャガチャしてるモッキーからかってた』で誤魔化せるから」
この子は毎度カモフラージュに使われる俺の複雑な気持ちを察しようとは思わないのだろうか。思ってないから言えるんだろうな、うん。
「分かった。それぐらいなら付き合うよ……」
「ホントに? やっり~♪」
フィンガースナップを利かせ、白い歯を覗かせてきた。
……やっぱ可愛いな。って違う、そうじゃない。今度はこっちの番だ。
「それじゃあ次は俺の」
「分かってるって」
「……は?」
「一緒に握手会に行こう、でしょ?」
お、おう? 自由権盗難されたぞ? 主張はどこ行った?
「モッキーやっぱモッキーよね~。いくら独りぼっちだからって最近仲良くなったアタシを誘うとか、マジきも~」
心底蔑んだ目で情け容赦なしに、タブーという名の弾丸をガラスのハートに連射してきた。
ば、ばっかお前。い、いるもん。探せばいるもん!
えぇっと……えぇっと……リア。浮かんだ人物、実の妹だけかよ……。
「え、ごめん……。本気で泣くとは思わなかった……」
「な、泣いてないもん……」
冷たい雫が頬を通過し、床にぴちょんと落ちる。本当に欲しいよ……気兼ねなく付き合える特撮仲間が……。
「だ、大丈夫だって。アタシも当日は誘おうとしてたから。結果的に二人で行けるんだし落ち込まないで!」
同情はやめてくれ、余計悔しさで溢れてくる。いっそ体内の水分を全部涙に変換してやろうかと叶わぬ希望にふけっていると、白倉が会話を続行した。
「ほ、ほら。お互いのお願いも聞き入れたってワケだし、早くガチャガチャ回しに行こうよ」
気まずさを誤魔化してか、指で片方のおさげをくるくると巻き付ける。目は俺以上に泳ぎ、バタフライする勢いで焦っていた。
出来ればもう帰りたい。
だってさ、これだけメンタル傷付けられたのに仮に知り合いと遭遇したら演技でもからかわれなきゃならないんだよ……。
これなら次は悲哀通り越して爆笑か? 黄色い救急車で運ばれる未来が安易に予想できた。
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