彼女は推しと握手したいが為に相談を持ち掛けてくる。
相談事
土曜日はスタンプラリー、日曜日は映画と、俺にしては珍しいアウトドアな休日を過ごして月曜日を迎えた。その為か、いつにも増して朝陽が眩しい気がする。
基本土日は家事に追われての自宅に監禁、外出と言っても買い物に行くのが精々だった。特に抵抗は無かったけど。
人と出掛けるとすればマドカかリアの二択で、大体は一方的な用事ごとに連れまわされるのが最早テンプレ化していた。
それが今回は、常日頃お高く止まる虐めっ子との出歩きだったのだから、未だに夢か幻かと困惑している。実際、この短期間で白倉薺との関りが急増した。それこそ今年最大の困惑だ。
ついこの間までは人の趣味を嘲笑し、自分の同調に応じなければ暴行を加えるなど、関係性は最悪のまま高校生活を終えると考えていた。
の、はずが……ふとした偶然でマスクド戦士好きが判明。無理矢理にも彼女の特撮仲間に加えられ、今振り返っても理不尽極まりない。
だがフタを開けてみると、案外悪くはなかった。これは事実だ。
最初こそ白倉面々一同で俺をからかっているのかと半信半疑抱いていたが、細かな設定や推しの形態があるなど、数日間では頭に叩き込めない愛好の知識を披露してくれた。
放課後の空き教室、学校外でも我を忘れて熱弁した経験は楽しかった記憶として記録されている。
しかし飽くまで特撮好きの彼女は、俺と二人切りの時にしか表に出ない。
校内での白倉薺という存在は『オタク嫌いの虐めっ子』の皮を被っている。
なので、本日も。
「おいモッキ~。ジュース奢れよ~」
俺への虐めと称し、一芝居打って声を掛けてきた。
誘ってきたのは相談、あるいは会話のどちらかだろう。
法則をしっかりと理解しているから、何の抵抗もなく向かいたいのだが……。
「ソウちゃん……!」
いささか面倒になりそうだ。
「この前約束したでしょ。もう言うこと聞いちゃダメ」
割って入ってきたマドカが保護者張りに釘を刺してきた。
「は? なんだよそれ……いみふめい~」
負けじと白倉も傲慢な態度を取る。
昨日のリベンジか、女王様とお嬢様による因縁の対決に、入室前まで明るかったクラス内は森閑する。一部を除いて。
「お、今日も朝からやってんなぁ」
「ナズナ~、負けんなよ~」
「いけいけぇ、ナズっちぃ」
二年B組に築き上げられた『王国』こと白倉グループの面子たちだ。
彼女を筆頭に構成された五人一組は、スクールカーストの上位を前面にアピールしている。
音を絞ったように静寂に包まれる中、あの集団だけがうるさく賑わった。
『…………』
そしていつもの通り、グループ外のクラスメイトからは非難が注がれる。
彼ら彼女らが騒いだ根源、その基を絶たなければ注視はおろか二人の攻防も続く。
優先順位は当に決まっている。先週の金曜日に、マドカから白倉に耳を貸さないよう念を押された。
彼女の本性を把握している俺としてはこの場を去りたいのだが、圧力に屈して返事をしてしまったのなら裏切る訳にはいかない。人間性にも欠けるし、信頼も失われて本当の独りぼっちになってしまう。
小さく深呼吸し、思考を整理してから言語化させる。
「ごめん。今日は、持ち合わせが無いんだ……」
「…………は?」
思い掛けない俺の返答に、魂が飛び出た抜け殻の如く眼を空虚にする。
数秒後の展開は読めた。いいぜ、来いよ。
友人との約束事を守る為なら、それぐらいの痛み屁でも。
「ふんッ!」
「いったあああぁぁぁ……ッ!?」
ダメでした。
電撃が走るように、激痛が脳に直行する。
クリーンヒットした。これまで以上にクリーンヒットしたって。
本当にボドボドになっちゃう。
「はあああぁぁぁ! 気分わる! このクソキモオタク! 死ね!」
つま先を脛に減り込ませ、罵詈雑言の限りを尽くして白倉は退室していった。
取り巻き連中は笑い転げ、便乗した生徒数名も抑え込めずに嘲り笑う。
「なに笑ってるの……?」
聞いた者の身を竦ませる冷酷なマドカの声に、一瞬で静けさが戻ってきた。
「ソウちゃん、大丈夫!?」
脛を気に掛けたマドカが前に回ってくる。表情も声もすっかり元通り。戻すのが早い。
「まあ、一応な……」
まだじんじん痛みますけど。
「良かった……。それにしても、あの女やっぱ最低ね!」
俺の代わりに怒ったマドカが、眉間に不機嫌なシワを作り出す。そもそも邪魔をしてくれなければケガを負う事態には発展しなかった。
なぁんて言ってしまえば終わりだ。彼女はこんな俺なんかを守る為にわざわざ喧嘩役を担ってくれている。その聖人さは否定してはならない。
因みに先ほど持ち合わせが無いと言ったな……あれは嘘だ。二人の諭吉はまだ財布の中で息をしているぜ。
▲▲▲
≪次の休み時間、屋上自販機前に集合≫
二限目開始直後に白倉からのメールを受け取り、要望……よりかは命令に従って屋上に足を運ぶ。
昼休憩時には賑わっている定番のスポットも、短い時間中は人の出入りが無い。
自販機前をチョイスする理由は、いついかなるとき誰に見られても強請と言い訳がスムーズに行えるから……らしい。
考案された作戦は爪の甘さが無く、彼女の頭の働きが数倍上回っている事を物語っている。
反面、人が来れば以前と同じように容赦なく俺の金が飛ぶ。相当なデメリット付だ。
「あの女狐邪魔。今度からこの呼び出しにする!」
「出来ればそうしてくれ……」
雰囲気は悪くなるわ、クラス中から睨まれる。あんな光景を毎朝繰り返されれば、胃が重たくなって通院生活待った無しの日常に誘われてしまう。
「で、今日はなんだ?」
話の本題を問うと『あ、そうそう』とポケットから折り畳まれた紙が取り出された。
「モッキー、コレ知ってる?」
広げられた用紙のタイトルには【みんなで選ぶ! マスクド戦士 握手・撮影会】と記載されてあった。
「あ、ああ……もちろん」
今週の土曜日『ヒーロー記念館』にてマスクド戦士の握手会が開催される。
対象はマジックからノベルトまでの主人公を務めた計十名の戦士。その中から投票で一名を選び抜き、票数の多い戦士が来館するといった選挙形式のファン必見イベントだ。
投票方法は公式サイトから進み、対象を選択して票を入れていく。
一ヶ月半ほど前から投票は開始され、今日の分も既に早朝済ませてきた。
「やっぱ知ってたよね~、さすがモッキー」
「まあな。そう言う白倉は?」
「アタシは昨日知ったんだ~……。ファンとして失格だよ」
そこまで責める必要無いだろ。
「SNSとかでは確認してなかったのか?」
「まったく。学校メインと趣味で二つアカウント作ってたけど、しばらく趣味のほうは全然開いてない。マウント取られるし、嘲笑されるし~」
この前言ってたな。界隈の中で一番質悪いのに引っ掛かったのは同情するよ。
「だけど良かったじゃないか。明後日の夜十二時が締切だから、三回は投票できるぞ」
「それじゃあダメなのよ……」
軽く励ましたつもりが、深く重い溜め息を目の前で吐かれた。
物足りないのか?
「モッキー、今出てる結果ちゃんと見た……?」
「ああ。だけど……ありゃ勝てないな」
話が噛み合い、揃って嘆息を漏らす。
現状、期間中で最も投票数の多い戦士が『マジック』と『ノベルト』だ。
始まりVS終わりの人気度は接戦で、ノベルトが一歩リードしている。
彼に勝つには、合計三千近くの票が必須。でなければ突破は見込めない。
毎日欠かさずマジックを選択し、一時期はダントツ一位に君臨し歓喜するも、翌日には余裕で追い越される始末。
とどのつまり、諦めている。
「仕方ないって、ノベルト人気なんだから……」
実際『ド』の付くファンが身内にいるし。
「だとしても諦めきれないよ。アタシ絶対握手したい!」
残り数センチまで距離を縮められ、視界が顔に埋め尽くされる。
ホームルーム前の血気盛んだった形相が、今やお困りの猫同様に可愛い。
「ねぇ、どうしよう……」
「どうしようって言われても……」
投票回数は一日一回、連日の数を含めても足りないのは画像から一目瞭然。
ぶっ飛んだ案として、サイトをハッキングしてから票の操作も有りだが、そもそも誰がやるんだって話。
ひとつ心当たりがあるとすれば……。
「白倉。『MDさん』って、知ってるか?」
「え、うん……マスクド戦士界隈じゃあ有名な人でしょ……?」
「そうそう」
「知ってるけど、なんで……?」
「俺あの人とSNS上で相互フォローになってるからさ、協力要請してみるよ」
五万人もフォロワーがいるから、一度ツイートを流せば協力者獲得は確実。少し卑怯な手段だが、課題をクリアするには適任だ。
「はあ!? あんなヤツの手なんか借りなきゃなんないの?」
突然感情を爆発させてきた。可愛かった猫が虎に進化したぞ。
「な、なんだよ……何に不満があるんだ……?」
「不満も大不満。そいつに以前煽られたんだからね!」
以前……。煽られ……。
「…………あ、もしかしてこの前言ってた?」
「そう! 『にわかオツ』って送ってきた元凶よ。そんなヤツの手なんか借りたくもない!」
いつ誰かが様子を見に来てもおかしくない声の荒らげ方だ。
辛酸をフラッシュバックさせてしまい、忌諱に触れてしまった俺はただ狼狽える。
「だ、だけどよ、他に方法が無いんだぞ……? 少しぐらい我慢しても」
「ぜえええぇぇぇったい、イヤアアアァァァ!」
「いやだから……」
「きいいいぃぃぃっ!!」
この暴走機関車停まってくれねぇ、終点まで快速だ。
余程悔しいのか、壁を蹴り続ける足がまあ止まらない。
やめて、壁のライフはゼロよ!
「それに、去年あいつ色々暴走したから、未だにアンチ絶えてないじゃない!」
「ま、まあ……そうだな……」
ぐ、痛いところ突いてきたな……。
『マスクド戦士観てない奴らは人生損してる』。一部では賞賛されたが、それを上回る批判の数は相当だった。朝の報道番組でも取り上げられた際はぎょっとしたな。
「でもな、冷静に考えてもみろ。いくら嫌う相手でも力を借りなきゃ逆転は皆無なんだぞ。それでも良いのか?」
「もち。あいつに頼るぐらいなら血涙流してでも我慢する!」
暴走機関車に翼が生えて暴走飛行機に進化したド進化だ。嫌悪感丸出しだな。
「それに協力してもらうったって、どうせアンチどもに邪魔されて終わり。頭下げるだけプライドも傷付くし無駄通り越して大無駄よ」
お、それは聞き捨てはならない発言だぞ。
「そこまで言うなら……賭けてみるか……?」
「は? 賭け?」
気になるワードに反応を示し、眉をぴくっと動かした。
彼女の目を見据え、詳細を口頭で伝える。
「そう……MDさんに頼み込んで、マジックが当選されれば俺の勝ち。票数が傾かなければ白倉の勝ちってところだ」
「なんでそうなんのよ……。マジいみふなんだけど……」
意図が掴めないとばかりに、理解への力量を低下させる表情を浮かばせてきた。
片目は細く、反対は大きく開く……地味に性癖に刺さるんだよな。って、そうじゃない
「ここまで見下されたんじゃあ後に引けないからな……。俺のMDさんを貶した罪は重いぞ……」
「『俺の』って……一体どういう仲なのよ……?」
「そういう仲だ……」
他に説明のしようが無い。
「あ~親友的なポジションね……。はいはい、良いわよ。その勝負、乗ってやろうじゃん!」
捉え方はどうにしろ、挑発に応じてくれたのは確かだ。単純で助かった。
「で、アタシが勝ったら、モッキーは何をしてくれるのかな~?」
「何でも言うこと聞いてやるよ」
ん、今なんでも……ってお決まりのフレーズは無し。動画のコメントで見飽きた。
「え、えらく大きく出たわね……」
白倉が一歩引く。
女王様にしては世にも珍しい、怖気付いた様子が窺えた。
出るのも当然。自尊心が火と同様にのぼせ上がるのは……負ける気がしないからだ、
「分かった。じゃあモッキーが負けたら、一生アタシの奴隷ね~!」
しかし直ぐにも調子を取り戻し、己の要求を高らかに告げてきた。胸の中央に指を突き付ける挑発行為、それがスイッチとなって俺の闘争心が一層即発される。
「おう、受けて立とうじゃねぇか!」
「言ったね。言質取ったからね!」
どうやって取った。ボイスレコーダーでも仕込んでんのか。それとも搭載してんの?
もしかして白倉薺はロボット!? なんて脱線した妄想は自分の中だけで処理する。
今は二年B組の滾る女王と怯まず睨み合い、火花を散らす。
「いやぁ、今から楽しみ~!」
さも優勢な態度を取り、出口に向かいだした。
「オイ。まだお前が負けた時の約束聞いてないぞ?」
「おっしえな~い!」
止まる気配も見せず屋上を一方的に立ち去り、ぽつんと自販機前に一人残される。
風を制服越しから身に受けるも、湧き上がる闘志に全身が火照り、寒くは感じなかった。
ぜってぇ負けねぇ……っ!
つうか、よくよく考えたら白倉が欲する勝利した際の報酬って……〝いつも通り〟じゃねぇか。
▲▲▲
≪んんwww お久し振りの介でござりまするなマスモリ殿www≫
≪んんwww ご無沙汰ですなMD氏www 頼みたい事がありまするwww≫
≪んんwww 何でございましょるか?≫
≪わて、マスクド戦士マジックと握手したい!!!≫
≪主語ごっそり取られているのに伝わるミラクルさwww≫
≪さすがMD氏www≫
≪投票のアナウンスですよな? 任せんしゃいにんぐwww≫
≪ありが十匹いいいぃぃぃっ!!!≫
≪は? クソつまんな冷めたわ≫
≪奇遇だなワタシもだ≫
≪大しゅき!≫
≪しゅきしゅきいいいぃぃぃwww≫
なぁんて遣り取りは存在しない。
「お、もう三桁切ったか」
時刻は午後八時十分。
自室でパックのアイスコーヒーを啜りながらパソコンの画面と向き合う。
【やはりマスクド戦士の原点であるマジックと是非とも握手したい! 投票のご協力お願いします!】
前記のテキストがタイムライン上に流れてから三百近くあったノベルトとの差は、一時間とちょっとでだいぶ縮まってきた。やっぱ影響力強いな。
言わずもがなアンチ共のコメントは後を絶たず、『人気の乱用』や『ノベルトが可哀想』などのエゴがフォロワーさん経由でちらほら表示された。
確かに姑息で正規の手法とは程遠い。そこは自覚する。
最悪ノベルトファンから殺害予告も近い内に出されるだろう。
『ざけんなよクソMD。滅びろ死ねカス!』
証拠付けるように、隣の部屋からリアの泣き叫ぶ声が轟く。
彼の当選は確実も同然だった為、イベントには前夜から待機して一番目に握手すると先週から計画を練っていたらしい。
『絶対……絶対許さない! ノベルト様あああぁぁぁ!』
非常に迷惑だが、騒音を注意しに安易に部屋を訪れれば数倍の逆ギレで命を落とし兼ねない。よって、指で耳穴を塞ぐだけに留める。
『殺す。絶対殺す。びえええぇぇぇんッ!』
ノベルトと同じ度合いに崇拝していた信者が一気に敵と化した。
しばらく可愛い顔は拝めなさそうだ。
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