プリンと板チョコ
「ぐ……くふ……そういう事だったのかよ……。粋なサプライズしてくれるじゃねぇか!」
上映時間百二十分。そこに詰め込まれたストーリーに気が付いたら前のめりに食い付き、終盤はほとんどカッコ良さと感動からボロ泣きもボロ泣き。
退館後も俺は目頭を熱くさせ、袖を濡らした。
「まさか……まさか最後に登場してきてくれるだなんて……!」
何度も思い返しては余韻から涙を流す。
マジック亡き後、人類は警視庁が開発した強化スーツを駆使し生き残ったジーペットに対抗していた。しかしそれも最終戦の中盤に破壊されてしまう。
先の展開が読めないハラハラドキドキした絶対的なピンチ……。そこへ一時的に実体したマジックが現れた。
ネットでも知り得なかったゲストの登場は観客をどよめかせ、館内を揺らす。俺も例外じゃない。恐らく誰よりも一番動揺したと思う。
そこから感動の再開も虚しく、敵に向け拳を構えだすマジック。
生前と同様暴力を振るう事に抵抗を示す素振りがいくつも見られたが、それでもなお戦うしかない状況に、変わらない熱意を味わった。
敵を撃破後は変身を粒子に似た形で解き、かつての仲間たちに笑顔を向け、光とともに消える……。あの演出は、何年後に観ても泣けると断言しておこう。
「あ~泣いた泣いた。脚本家さん最強過ぎるでしょ。二人はどうだった?」
「う~ん、そうねぇ……。総合では良作の部類だけど、もう少し鮮血描写とかが欲しかったかな?」
あれ以上の血をお求めですかお嬢様。歴代マジック作品でも今作かなり多めなのに、更にグロテスク要素取り入れたら完全R18指定されちゃう。
幼馴染の感性が少し怖くなってきた……。
「は? どうも、お、思ってないんだけど。マジでキモ、し、死ねば~?」
対照的に白倉から暴言をもらう。
横で人よりも数倍鼻水と涙を垂れ流していたとは思えない変化っぷりだ。両目真っ赤だぞ。
マジック登場と戦闘BGMが鳴ったと同時に、ハイタッチをせがんできた純粋無垢さは一体どこへ。特撮嫌いを演技中だから仕方ないか。取り敢えず、好評なのは認識した。
二人の感想を聞き終えると、小腹の空く音が鳴る。時刻はお昼時を示していた。
「じゃあ丁度お昼の時間だし、何か食べに行こうか。どこ行きたい?」
「ワクドナルド!」
「ストロベリーアームズかな」
今後二人に問い掛けるのをやめようと思う。
「なんでイタリアンなんだよ。腹の足しにならないっつうの!」
「こっちだって、ジャンクフードなんてお断りよ。あんな悪魔の食べ物、世の中から消し去りたい気分なんだから!」
昔のお前を作り上げた元凶だしな。リアと三人でよく通ってたのに、今じゃ見向きもしない。
「モッキーはどっちにするの~?」
「そうよ、ソウちゃんが決めて」
選択権が与えられ、両者の睨みが俺を容赦なく襲う。
う~ん、イタリアンとジャンクフードか。
安く済ませたいのなら後者だが、マドカの服装は明らかな場違い。日曜で子連れも多そうだし、彼らはよく店内を走る。
テーブルに運ぶ際中にぶつかられでもして服にかかって汚れたらそれこそ可哀想だ。
胃の中は溜まらないが、前者を選ぶか。
「だったら、イタリアンで」
「は!?」
「ホントに? やった……!」
小さいガッツポーズに愛おしさを覚え、白倉からは
次は脛へのダメージが大方予想できるから、早いとこ目的地に向かおう。
「モッキーに朗報。映画公開記念で、今マジックのファイト・ライジング限定カードがワックでもらえるんだってさ~」
なん……だと……。
「そんな情報聞いてないぞ……?」
「もち。だってワックの専用アプリで、たった今公開されたんだも~ん」
チクショウ、そんなの有りかよ……。あとでインストールしとこ。
「で、どうすんの~。それでもイタリアンに行くっての~?」
「ぐ……」
限定カード……既にネットで取り上げられているだろうし、転売ヤーたちがまとめて回収するのも時間の問題。ぐずぐずしていたら呆気なく在庫切れになってしまう。
欲しい、超欲しい……。
「……ソウちゃん?」
「すまないマドカ……ワックに変更で良いか……?」
「……え?」
ぽかんと腑抜けた顔に、視線を逸らす。
何て俺は正直なダメ男なんだ……。でも分かってくれ。これがオタクだ。
「…………どうしてその女のほうに行っちゃうの。まさかそんな……いや!」
機械仕掛けのように口元をぱくぱくさせ、一点を集中しだす。怖い、怖いよマドカさん。
「よ~し、そうと決まればレッツゴー。アタシ、ビッグワック食べたいな~」
一方自身の選択を優先され満足した白倉はというと、既にメニューが決まっているそうで、妄想から食事を楽しみ始め笑みが浮き出ている。
こいつの事だから、絶対ポテトにドリンクのお高いセットで頼むはずだ。俺の財布を労われ。
「ソウちゃん……」
そして間髪入れずに試練発生。
背後から二オクターブぐらい下げた声が掛けられた。反応するのが恐ろしい……。
一度ぬか喜びさせるだけではなく、自分がもっとも嫌う飲食店に連れていかれるのだから憤怒を抱くのも無理はない。選択肢を間違ったのは猿でも分かる。
けど、欲しいモノは欲しいんだ……。
友情の亀裂は免れない。ビンタも腹を括っている。さあ、どうぞ。
「…………ッ!」
って…………へ?
マドカは俺の腕に抱き着いてきた。頬を赤く染め、柔らかいなにかの間に挟むようにして。
「ま、マドカ……?」
突然のシチュエーションに、脳内が白く塗りたくられる。高校生にしては持ち過ぎた質量が二の腕を飲み込み、力を吸収していく。
重味と柔らか味を兼ね備えた感触に、俺の顔にも熱が上昇してきた。
「な……な……ッ!?」
その光景は白倉の目にも留まった。
「ちょ、ちょっと女狐……。なに大胆な行動取ってるのよ!?」
わなわなと人差し指を向けてくる。するとマドカの口元が緩み、言葉詰まりに話し出す。
「な、なにって……私は、じ、自分の持つ最大限の魅力を出してるだけよ……?」
何故それを俺に使う。作戦か、俺を油断させる為の作戦か。なんの?
「ねぇ、ソウちゃん……」
「ひゃ、ひゃい!?」
声音が上がるだけならまだしも、たかが返事で噛んだ。
「私、お洒落なお店で、パスタが食べたいなぁ……」
妙に色気を帯びた声を、温かい吐息と組み合わせて耳元に掛けられる。
え、なに。そこまでしてイタリアン食べたいの?
「ねぇ、そっちに行こうよ。お願い、優しい優しいソウちゃん……」
挟む力が倍になり、腕の感覚が麻痺に陥りそうなレベルで興奮度が増していた。
マドカよ……その豊満な乳房は……凶器だ。
「なあああ! ゆ、誘惑するなんて卑怯じゃない!」
「脳みそが腐り落ちたような言い掛かりはやめて。さっきも言ったけど、私は自分の持つ最大限の魅力を出しているだけよ。もしかして……あなたには対抗できる魅力ってものが無いのかしら……?」
胸囲の格差社会に、圧倒的な戦力の差を見せ付けた幼馴染が勝ち誇る。
左腕はどんどん圧縮され、可能なら右腕にもこの癒しを共有してあげたい。
「あああん!? 嘗めんじゃねぇ! やってやろうじゃんか!」
慎ましい胸元の女王様が易々と挑発に乗り、早足に寄ってきた。涙目なのは本人の為にも指摘しないでおこう。
「アタシにだって少なからずあるんだからな!」
ほっとかれた右手が持たれ、服越しから胸部に持っていかれる。
確かに弾力はあった。だけど……。
「ど、どうよモッキー……」
…………うん。
「う、嬉しいでしょってオイ。なんで目の光が失われてんのよ!」
恥辱と怒気を融合させ、声を荒らげてきた。
だってさ…………うん。マドカ〝の〟をプリンで例えるなら、白倉のは……板チョコ。
侘しい……悲しい……寂しい……彼女にはどれが当て嵌まるのだろうか。
口にすれば殺されるだろうから、この思考は捨てる。
まずは至福の一時を味わっておかなきゃ。左手は胸に挟まれ、右手は直接掴む。
一生に一度あるかないかの体験は、テンションを総揚げしてくれた。
厄介なのは、男性陣に憎悪の念を向けられている事だ。
▲▲▲
『昼食論争』は『胸囲の格差社会』に差し替えられ、ボインとペタンを両手でエンジョイ。
肝心の飲食店は、ふと近場のコーヒーショップチェーン店が過り、提案したところ満場一致で決まった。
限定カードは入手できないにしろ、白倉の望むハンバーガーや、マドカが食べたがっていたパスタもメニューとして提供されている。
なおかつお洒落でもあるから、幼馴染との亀裂は生まれなかった。
一安心から胃袋が食べ物を求め、サンドイッチを二人前も平らげる。
付いてきたコーンクリームスープが、一段と美味さを引き出してて癒された。
「学校でいっつも思ってたけど~、モッキーってよく食べるよね~?」
「そうか。普通だと思うぞ」
寧ろ周りが食べてないだけだ。成長期なんだからもっと食べなさい。
「ソウちゃん、私の家でよく激しい運動してるから。人より食べるのも当然と言えば当然かしらねぇ」
一口含んだスープが鼻から出そうになる。
隣で大人しそうにコーヒーを飲んでいたマドカが、突然澄ました顔で会話に参戦してきた。
ちょっと待ってくれ、だいぶ語弊があったぞ。
「はあ!? ちょ、どういうこと!?」
ピュアに言葉を捉えた白倉が、茹蛸の如く赤く染まった。俺の入る余地は無さそうだ。
「どうもなにも、夜たまに私の家に来てはびしょ濡れになるまで動いてるだけよ」
態度を一切改める気ゼロで、コーヒーを飲み続ける。
なんだ、到頭マドカも敵サイドとなって俺に嫌がらせをする方向になったのか。
「おいキモオタ、この女狐と変な事でもしてるってのか!?」
興奮度が急上昇MAXした白倉が、顔をずいっと近付けてきた。
何をそんな慌てているのだろうか……。
「落ち着けってば。お前が考えてるヤラしい事なんかゼロ、運動場を借りに行かせてもらってるだけだってば……」
「本当なの?」
「嘘なんか吐いてないって。そもそも俺とマドカはそんな関係じゃない。ただの幼馴染だ」
一体俺は何回この台詞を伝えれば良いのだろうか。確かに常時一緒にいるが、付き合ってはいない。友達以上恋人未満だ。
マドカには地味な男よりも、爽やかなイケメンのほうが似合っている。陰キャのヘタレで地味な男は、大人しくヒーローだけを愛して孤独に生きるよ。
「…………いつか絶対その枠超えてやるもん!」
幼馴染の声は、真隣のはずなのに小さ過ぎて全然聞き取れなかった。
口の中でもごもごと、もしかして俺を埋める作戦の続きか?
だとしたら最後の昼食これかよ……。あとでオムライスも頼んで一時の幸せを噛み締めるしかない。
「それ前も聞いた~。ていうかさ、モッキーってどんな子タイプなの~?」
「なんだよ唐突に……」
「だって、こ~んな可愛い子を前に一切取り乱さないじゃん」
自分で言うな自分で。当たってるけど。
「俺の好みなんか聞いて誰が得するんだ?」
少なくとも俺は得しない。言うだけ恥だ。
「アタシは聞きたいな~」
顔に喜色を表し、挙手してきた。絶対からかうネタにする気だなコイツ。その手には乗らん。
「わ、私も聞きたいな」
おや、おかしいな。なぜ俺の恥ずかしい答えを引き出すのには一致するんだ?
やっぱ仲良いだろキミら。
「ほらモッキー、答えろよ~」
「そ、そうだよ。複数いるんだから大丈夫!」
何が大丈夫なのか詳しく教えてくれマドカさんよ。
「ほら早く~」
「ちょっとだけ、ちょっとだけ教えて……ね?」
積極的過ぎやしませんか御二方。意見の分かれで争っていたあの時間は幻想だったのか。
「絶対イヤ」
せめて『だ』まで言わせてくれ。死角の分、不意度が増して脛の痛覚もより刺激される。
額をゆっくりとテーブルに密着させ、獣めいた声で呻く。
「次言わなかったら反対側ね~」
ぐ……脛を人質(?)に取られた。卑怯だぞ。マドカ、ヘルプミーっ!
「私は肘行くね」
バカな、味方がいなくなっただと。何故、こんな事になってしまったんだ……。
「ほら残り十秒前、九、八……」
「三、二……」
俺の知ってるカウントダウンと違う。削り取られた!
「分かった! 言います、言いますから!」
脛と肘の身を守らんと、白旗を挙げて降伏を示す。女子って怖い。
「そうこなくっちゃ~」
「ど、どんな子がタイプなの……?」
「え、えっと……」
二人の動じない眼差しは、圧迫感にじわりじわりと押し付けられて非常に息苦しい。
コーヒーを飲んで一度落ち着かせ、彼女たちとは反対の斜め横に眼球を固定しながら呟く。
「…………特撮好き」
意を決して口にすると、耳に届いたであろう女性陣が制止する。まさしく心ここにあらず。
「ぷ、あっはっはっはっはっは!」
その静黙を打ち砕いたのが、白倉の吹き出しと笑いだ。
「さすがモッキー、期待通りの解答~。真面目に答えちゃってまじキッモ~!」
公の場にも関わらず腹を抱え、人の純粋さを貶す一言が添えられる。脛と肘を犠牲にしていればよかった。
「…………今晩からノイズ見直さなきゃ!」
マドカに至ってはまたボソボソと……今なら穴に入りたいから埋めたいなら埋めてくれ。
あ~黒歴史が増えた音~。
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