仲が良いのか悪いのか

 諭吉七人を懐に収めてきた。

 三人分の映画代、ドリンク代、昼食代を全額受け持つのだから、これぐらい用意するのは紳士として当の然。血涙が止まらないぜ。

 前半二つなら諭吉一人で余裕だが、一番の障害は昼食時だ。


 マドカは少し金銭感覚を狂わせる外観の場を何気無く選ぶと思うし、白倉に至っては容赦がないから四人の諭吉がぽ~んと飛ぶに違いない。

 万が一に備えて『万』を引き出して来たって訳さ。全然面白くないぞ。


「ほらモッキー、な~に泣いてんの。さっさと買えよ~」


 催促と、オプションで脹脛を蹴られた。今の……芝居だよな?


「ちょっと……いくらなんでも今のは」

「大丈夫だってばマドカ。ほら怒んないで怒んないで!」


 ただでさえ券売機前は混雑しているんだから、また面倒事になったら後方の行列客たちからチケットよりもまず反感を買ってしまう。しかも返品不可。

〝なるべく穏やかを継続させる〟……それが現在俺に課せられたミッションだ。


「で、二人は何を観たいんだ……?」


 考えてみればタイトルすら決めてなかった。

 優先するべき二人が意見を合わせるとは到底思えないけど。


「私はこれ観たいな」

「アタシはこれ!」


 モニターに表示された作品集に指が差される。勿の論、別々だ。


 マドカが選んだのは【キミをガブッと噛みたい】。所謂『恋愛映画』だ。

 高校を舞台に、ヒロインが幼少期から慕う男の子と付き合うまでの過程が描かれた純愛ラブストーリーもの。主人公の純粋さと、彼を求めるあまり若干ヤンデレ化してしまう描写が売りであるとネット記事に書かれていた。


 原作は小説からで、去年マドカが愛読していたのを覚えている。

 実写化されたのなら観たい気持ちは充分に伝わってくるが、恋愛とはかけ離れた生活を送り続けている俺としては僅かな足踏みが生じてしまう。

 追加で文句を垂らすと、この手の映画はカップルで鑑賞する事に意味がある。

 元々仲睦まじい男女がこの作品をきっかけに一層愛を深め、のちに結婚、即ちゴールインまでの経緯をワンセットとしているのが定番だ。そうだ、そうに決まってる。滅びろ。


 一方、白倉の選んだ作品は【マスクド戦士マジック 十三年の時間とき】。俺が超観たかった映画だ。

 テレビシリーズから十三年後の現代を舞台とし、第二の主人公と呼称されている刑事の『織神輝おりかみひかるさん』視点で物語が進行していく。


 ドラマ最終話で交通事故により命を無くしたマジックこと述宮さん亡き後、新たに登場したジーペットの謎を追う展開に目が離せないと、昨日観てきたリアが教えてくれた。

 ラストにはサプライズもあり、それは本編を確認してからのお楽しみらしい。

 正直メッチャ行きたい。優先度プラス三だ。


「何であなたがこれを? 興味無いんじゃなかったの?」

「財布にご褒美与えるのも悪くないからね~」


 その誤魔化し方はあんまりだが、白倉の特撮オタクがマドカに露見しないには最適な嘘だ。

 知られればどう動くかも把握し切れないし、今は二人だけの秘密にするのが妥当だろう。


「ソウちゃん、どっちにするの?」

「キモオタならこれが一番よね~」


 葛藤が続いている。

 本音としてはマジックに傾けたいが、それはマドカに対して失礼だし、何より敵である白倉を優先したとあらば疑いの雲がかかる確率は極めて高い。


 しかし恋愛映画は俺のジャンルには当てはまらない。

 恐らくマドカは一人での鑑賞に抵抗があり、気軽に頼める異性として俺を仕方なく誘ってきたのだろう。

 公開までに意中の相手と巡り合わせられなかったのは、こんな俺とつるんでいるのが原因なんだ。半分近くの責任があると言っても間違っていない。

 ならばラブストーリーものが、いややっぱ熱い展開を直に観たい。


「ねぇ、どっち?」

「早く決めろよオタク~」


 よし、決めた。


「こっちで……」


 自分の気持ちに従い…………マジックを選んだ。


「やっり~!」

「…………」


 あ……人殺しの目だ。確実に俺を埋める計画を即行脳内で立てているな。


「ほら、そうと決まったなら買った買った~!」


 背中をばしばしと、馴れ馴れしい親父に似た言動で購入を促される。

 パネルをタッチし、対称メニューを躊躇わず押していく。


「…………どうして、どうしてその女のほうを選んだの?」


 右横から呪詛が聞こえてきた。埋める場所を決めてるのかもしれない。


「…………落ち着くのよ。ソウちゃんと映画が観れるだけでも良しなんだから!」


 地元周辺は人目に付きやすいのと足が直ぐ判明したりするから、県外を越えた山中辺りが適切かもしれない。今日が命日か、意外と早かったな。

 将来は結婚して家族全員でマスクド戦士を堪能する暖かい家庭を目標にしてたけど、それも叶いそうにないや。最後の晩餐ならぬ最後の鑑賞を目一杯楽しむぞ。


「せ、席はどこを取ろうか……?」

「やっぱ端っこでしょ~」

「なに言ってるの。真ん中以外に有り得ないわ」


 おっと、座席指定でも別れ道が構成されたか。


「はあ? 真ん中だと自由に移動できないじゃんか!」

「どうしてわざわざ動く必要性があるのかしら。一度座ったら最後まで居るのが普通じゃなくて?」

「色々あるからだよ!」


 百歩譲ってお手洗いだろ。真ん中だと他のお客さんの邪魔をする羽目になるし、出来れば俺も端っこを取りたい。

 だが、白倉の肩を持ち過ぎるのも賢明ではない。飲むの控えるか。


「場所は?」

「観やすい後ろ!」

「ポジションの綺麗な中央ね」


 アンタら一度ぐらい同じ方向に進んではくれませんか。


「お前ホントめんどくせぇな!」

「あなたってムードが無いのね。幻滅するわ……」


 理想的と現実的が衝突し合う。ばちばちされると、挟まれている俺がかなりの重傷だ。


「じゃあ……後ろで真ん中ってのは?」


 最後列なら立ち上がった際の妨げも軽減できる。双方の意見を取り入れるなら、打って付けではないのだろうか。


「ま、まあ……それでも良いよ~」

「そ、そうね。ソウちゃんが決めて良いんだよ?」


 最終判断は俺に委ねられ、座席指定はあっさりと終わる。

 そして最後の料金投入。高校生一人で千円、締めて三千円。やっぱ痛いな。ばいばい、諭吉。


「あ、そうだ。アタシ、クーポン持ってたんだった~」

「クーポン?」

「そうそう、はいコレ~」


 白倉のスマホ画面には、当施設の割引サービスが表示されていた。

 会員登録限定にしか与えられない利益は、今の財布には救いの手も同等だ。

 えっとなになに。十六歳以上から使用可能。対象は男女各一人ずつ……って。


「お前これ……カップル割じゃねぇか……」


 タイトル横にも堂々と【リア充御用達】って皮肉に書かれてある。


「そうだよ~。なにか問題あるの~?」

「問題もなにも、カップルじゃねぇぞ……」


 女王様と奴隷の関係性だ。それか特撮仲間。


「別に良いじゃ~ん。少しでも安くなるんだし~」

「まあ、そうだけど……」


 年齢はクリアしてるし、使えない事はない。

 しかも五割引と破格の得だから、千円分も安くなる。

 ただ〝カップル〟ってのがなぁ……。


 通常チケットは一人一枚ずつだが、ペアチケットともなると一枚でまとめられるから入場時はパートナーだと証明しなければならない。

 実際の交際関係なら脇目も振らずに出せるが、違うからルール違反も相まって恥ずかしい感情は芽生えて来るはず。でも、そんな悠長に考えてる余裕も無いか。


「本当に使って良いんだな?」

「もち~。これだけ残ってて困ってたからね~」

「ちょっと待って……ッ!」


 ほぼゴールが見え掛けたタイミングで、冷酷な声が響く。

 盛り上がりを妨害するなと言いたげに、白倉が舌打ちをかます。


「そのカップル割って……誰が対象になるの……?」


 目元のみで怒気を表している。冷房でも掛けたのかと疑う寒さが襲ってきた。


「あ? アタシとモッキーに決まってるだろ」

「どうして……。恋人同士でもない癖に……」

「別に構わないでしょ。少しでも安くなるんだしさ~」

「納得できない……ッ!」


 的を射た回答にもマドカは噛み付いてくる。こちらとしては有り難い値引きなのに。

 自分だけ対象じゃない事に仲間はずれでも感じているのか?


「じゃあどうしろってんのよ女狐。余計に払わせようっての~?」

「そういう意味じゃ……。ただ私は、ソウちゃんとあなたが……」


 顰めっ面が沈み、両目にうるうると涙を溜め始めた。

 え、千円なままなのがそんなに気に入らないのか。払うの俺なのに。

 というかマズい。二人の口論で既に視線が集まってるし、マドカがしゃくり上げた事で倍に増えた。


『え、あいつ女の子泣かしたぞ』

『可愛い子二人も連れて片方悲しませるとか、強欲だろ』

『ギブグギギ……』


 どこからか殺意の波動を感じ取った。


「え、なにマジ泣きしてんの? キモ、引くわ~」


 暴言を畳み掛けんな。余計に胃に穴が開きそうだ。

 にしても、この状況をどう打破していこうか。

 極端な話、マドカが取り乱したのは仲間はずれが主な原因。それなら彼女にもクーポンを適用して安くするのが解決の糸口だ。しかし白倉はカップル割以外を持ち合わせていない。

 だからといってマドカに与えるのは、持ち主本人が報われないし可哀想。


 そしたら……方法はひとつしかない。


 ▲▲▲


 上映時間十分前に劇場内に入り、指定した座席に腰掛ける。

 位置に関しては、俺を挟んで右に白倉、左にマドカの並びとなった。

 シートの背もたれに全身を預け、売店で買ったアイスティーを肘掛けのドリンクホルダーに差し込む。これで鑑賞の準備はパーフェクトに持ち込めたも同然だ。

 約束通り二人にもドリンクを奢り、マドカは珈琲、白倉はコーラを注文した。


 ひとつ気になるのは、どうしてキャラメルポップコーンLLサイズも追加されているのでしょうねぇ、白倉女王様。


「あっま~。うっま~!」


 このチャッカリさにあと何回左右されるのか、今は知る由もない。


「いやぁ、無事座れて良かったな」

「え、そ、そうね……」


「あ~あ。これから縁も所縁もないカップルでの入場をモッキーに体験させてあげようとしたのに、どっかの我が儘が泣き出したせいで変に思われる結果になったじゃんか~」


「悪かったわね……私だって出来れば避けたかったわよ……。でもね仕方ないじゃない、あなたとソウちゃんが」

「はいはい喧嘩は御仕舞い。せっかく〝二人とも〟格安で特別に入れてもらえたんだから、今は楽しも」


「「ふん!」」


 一難去ってまた一難。やっぱ水と油は永久に交われなさそうだ。

 事を搔い摘むと、女の子同士のカップル割は許されるのかとスタッフに聞いてみた。

 半ば自信皆無だったが、超絶な満面の笑みで了承を得れたのがこの結果だ。

 近年同性の恋愛も快く受け入れられる時代に変わり、今では寧ろ求められているらしい。


 その為、入場時はスタッフだけに留まらず他の観客も涎を垂らしながら二人を見送っていた。かく言う俺も本の数ミリ興奮が湧き上がってきたが、そこは内緒にしておく。

 本人たちに知られれば、会場内よりも先に視界が真っ暗になる可能性が高いからだ。


「そう言えばマドカ。昨日村上にナンパされたみたいだけど、大丈夫だったか?」

「え、なんで知ってるの?」

「本人に聞いたから……」


 俺の応答に、小さく『あ~なるほどね』と頷かれた。


「大丈夫。私、あんな奴にはほいほい付いて行かないから」


 微笑を口角に浮かべた表情に、いつも通りのマドカを感じる。


「そ、そっか」

「うん。だって私、大切な人をバカにする人間が大っ嫌いだから。その隣のドブ猫も例外じゃないけどね」

「むっ!」


 ポップコーンを大量に頬張った白倉が、おたふく風邪並みの顔付きで挑発に乗った。

 まだ上映時間に達していないのに凄い減りようだ。


「なに、やろうっての……?」

「上等よ、表に出なさい……ッ!」


 両者どちらもぴきぴきと血管を鳴らす。


「劇場内での喧嘩はおやめください……」


 映画観てもいないのに疲れた。

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